昆虫
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| 学名 | |||||||||
| Insecta Linnaeus, 1758 | |||||||||
| シノニム | |||||||||
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| insect | |||||||||
| 亜綱 | |||||||||
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伝統的分類 系統分類 |
昆虫(こんちゅう)は、節足動物門汎甲殻類六脚亜門昆虫綱(学名: Insecta)の総称である。昆虫類という言葉もあるが、多少意味が曖昧で、六脚類の意味で使うこともある。なお、かつては全ての六脚類を昆虫綱に含めていたが、分類体系が見直され、現在はトビムシなど原始的な群のいくつかが除外されることが多い。この項ではこれらにも触れてある。
昆虫は、硬い外骨格をもった節足動物の中でも、特に陸上で進化したグループである。ほとんどの種は陸上で生活し、淡水中に棲息するものは若干、海中で棲息する種は例外的である。水中で生活する昆虫は水生昆虫(水棲昆虫)とよばれ、陸上で進化した祖先から二次的に水中生活に適応したものと考えられている。
世界の様々な気候、環境に適応しており、種多様性が非常に高い。日本の国立科学博物館によれば、2018年時点で知られている昆虫は約100万種で、確認されている生物種の半分以上を占める。未発見・未分類の昆虫も多いと推測されている[1]。
目次
形態[編集]
以下は昆虫の一般的な特徴である。しかし、寄生性昆虫などには、これらの特徴から大きく逸脱した種もいる。
節足動物の体は、体節と呼ばれる節(ふし)の繰り返し構造でできている。昆虫の成虫では、体節がいくつかずつセットになり、頭部、胸部、腹部の3つにまとまっている。胸部には肢が6本ある。呼吸器官として気管がある。
ほとんどの昆虫は胸部に2対の翅を持ち、空を飛ぶことができる。空を飛んだ最初の動物は昆虫だとされている。昆虫の翅の構造は、グループによって様々に特化し、彼らの生活の幅の広がりに対応している。
感覚[編集]
特別な感覚器官としては、眼と触角が挙げられる。それ以外の各部に小さな受容器を持つ。
大部分の昆虫は頭部に1対の複眼と少数の単眼を持つ。両者を有する場合、片方だけの場合、ごく一部に両方とも持たない例がある。複眼は主要な視覚器として働き、よく発達したものでは優れた視覚を持つと考えられる。また、紫外線を視覚する能力を持っている。すなわち解剖学的に、昆虫の目には紫外線を感知する細胞がある。ヒトの眼ではオスとメスの色の区別ができない昆虫(たとえば、モンシロチョウの翅の色)でも、実際にはオスとメスの翅で紫外線反射率に大きな差がある。そのため、モンシロチョウ自身の目には、ヒトの目と違って、オスとメスの翅は全く別の色であると認識できているものと推察される。また単眼は明暗のみを感知する。
化学物質の受容、つまり味覚と嗅覚は触角、口器、および歩脚の先端部である附節にある。いくつかの昆虫は個体間の誘因などの役割を担うフェロモンを出すが、その受容は触角で行われる。
聴覚に特化した器官を持つ例は多くなく、コオロギやセミなど一部に限られる。
発生[編集]
多くは卵生だが、フタバカゲロウのような卵胎生、ツェツェバエのような胎生昆虫もいる。
昆虫の場合、幼生は幼虫と呼ばれる。成虫に似た姿のものも、かなりかけ離れた姿のものもあるが、基本的には幼虫も昆虫としての姿を備えており、その意味では直接発生的である。生育過程で、幼虫が成虫に変化する変態を行う。変態の形式により、幼虫が蛹になってから成虫になる完全変態をするグループと、幼虫が直接成虫に変わる不完全変態を行うグループ、そして形態がほとんど変化しない無変態のグループに分けられる。成虫になるときに翅が発達するが、シミ目など翅の全くない種類も少なからずいる。
生態[編集]
昆虫の生態的な多様性は極端に大きい。樹上や洞窟を含めた地上、土壌中、淡水中にごく普通に生息し、さらに一部の例外を除いて空を飛ぶことが出来る。分布は世界中にわたり、高山から低地までどこにでもおり、やはり熱帯域での多様性が高い。しかし、海には潮間帯のウミユスリカや海水面上のウミアメンボなどごく少数の例しか生息していない。一説には、これは海洋でのニッチが昆虫の祖先である甲殻類によって占められていたためと言われる。
最小の哺乳類や鳥類(1 - 2g)を超える体重を持つ昆虫は少数であり、小さいものは0.2mm、5μg以下と大型の原生動物(大型のゾウリムシなど)を下回る。食性の上でも、草食性、肉食性、雑食性など様々である。草食性では餌とする植物の種に特異性を持つ例も多く[2]、そのため植物の種ごとに決まった昆虫がある、という状況が見られる。寄生性のものもあり、カエルキンバエやラセンウジバエなどは脊椎動物に寄生する。他の昆虫に寄生する種では、捕食寄生という独特な寄生の型を持つ例も多い。
変温動物である種が多いが、群集性のものにはハナバチ類の一部など0℃の気温時に30℃以上の体温を安定して保てるような、ほぼ完全な恒温性のものも存在する。多くの昆虫は3℃以上の環境でないと、成長が行われず、冬眠状態となる。また、成虫の場合、一般に-3℃以下、または45℃以上の環境にさらされ続けると死滅する。卵の状態では温度耐性の範囲が大きくなる例が多い。セッケイカワゲラやヒョウガユスリカのように0℃以下の低温に適応したものもあり、南極でも昆虫が生息している。
昆虫の一部は、植物の受粉と深い関係がある。花粉の媒介方法としては風と動物がほとんどを占め、動物媒は虫媒のほかに鳥やコウモリによる媒介も含まれるが、動物媒の中で最も多いものは虫媒である[3]。虫媒のみに頼る、または一部を虫媒とする花は16万種に及ぶとされる[4]。動物媒の花は虫を花に引き付けるために、風媒花と異なり美しい花や強い香り、豊かな蜜などを発達させたが、なかでも虫媒花は虫の強い嗅覚を利用するため、香りが強いものが多いことが特徴となっている[5]。(鳥は嗅覚が弱いため、鳥媒の花には香りは必要なく香りは弱いものとなっている)[6]。こうした虫の多くは花の蜜腺から分泌される蜜を食料とするほか、彼らの体につく花粉そのものも重要な食料としている[7]。
生体[編集]
バッタ、イナゴ、蝶、ハチなど多くの昆虫の血糖はトレハロースであり、体内で分解酵素・トレハラーゼの作用でブドウ糖(グルコース)に変わることによって利用される。また、スズメバチとその幼虫の栄養交換液の中にもある。
昆虫の血糖としてのトレハロース濃度は、400-3,000 mg/dL(10-80 mM)の範囲にある[8]。この値はヒトのグルコースとしての通常の血糖値100-200mg/dLに比べてはるかに高い。この理由の一つとして、トレハロースがタンパク質に対して糖化反応を起こさずグルコースに比べて生体に有害性をもたらさないためである[9][10]。
分類[編集]
種類数の多いグループとしては、以下のようなものがある。
- 甲虫目(鞘翅目) - カブトムシ、ゴミムシなどの仲間、35万種
- チョウ目(鱗翅目) - チョウ、ガの仲間、17万種
- ハエ目(双翅目) - ハエ・カ・アブなどの仲間、15万種
- ハチ目(膜翅目) - ハチ、アリの仲間、11万種
- カメムシ目(半翅目) - セミ、カメムシなどの仲間、8万2千種
- バッタ目(直翅目) - バッタ、コオロギなどの仲間、2万種
- トンボ目(蜻蛉目) - トンボの仲間、5千種
甲虫類は実際に種類が多いとされているが、飛翔能力が他の昆虫に比較して弱く、発見、採集が容易なため、種の同定が進んでいるのだとも言える。甲虫同様、生態が多様なハエ目やハチ目の昆虫は、実際には甲虫目を上回る種が存在するのではないかとも言われている。
2002年に、翅がなくナナフシに似た外観を持つカカトアルキ目(マントファスマ目)が新目として設立された[11]。
進化[編集]
昆虫は地球の歴史上、4億年前、動物の陸上進出が始まった頃に上陸した動物群の一つである[12]。なお2014年11月の学説では、陸上植物が出現して間もない4億8千万年前には原始的な昆虫が現れ、翅で飛ぶ昆虫は約4億年前、完全変態昆虫は3億5千万年前に出現した[13]。3億6,000万年前に上陸した脊椎動物の両生類よりも早い時期であった[12]。
昆虫の生活様式、形態は非常にバラエティに富んでおり、様々な環境ニッチに適応して繁殖しており、その種類も非常に多い。恐竜登場前の2億-3億年前には、現在のゴキブリやトンボなどの祖先が既に登場していた。
伝統的な系統学では、多足類とともに触角類としてまとめられ、甲殻類、鋏角類とともに、節足動物の三つの大きな群をなすと考えられてきた。この説では、多足類の先祖が陸上進出し、その一部から昆虫が進化したとする。
これに対して、根本的にこれを否定する説も浮上している。2010年2月の『ネイチャー』によると[14]、遺伝子を解析して海や陸に住む昆虫を含む節足動物の進化系統を調べたところ、まずウミグモやカブトガニ、クモ、サソリなどの鋏角類、続いてムカデなどの多足類が分岐・出現した。その後にウミホタル類、その次にミジンコやエビ・カニなどの甲殻類、それからムカデエビ類などが分岐・出現し、最後に昆虫などの六脚類が出現したという[15]。
位置づけ[編集]
- 汎甲殻類 Pancrustacea
- (略)
- 六脚亜門 Hexapoda
- 内顎綱 Entognatha
- 昆虫綱
昆虫綱は、単系統の汎甲殻類に含まれる。汎甲殻類には他に、甲殻類(側系統)、昆虫以外の六脚類が含まれる。
昆虫綱以外の六脚類は、顎が体の中にあるなど共通の性質を持つため、内顎類と総称される。内顎類および六脚類は単系統とする説が主流だが、一部の分子系統では異論もある。
昆虫綱の大分類[編集]
昆虫綱の中では、比較的原始的な、翅のない無翅類と、翅を腹側へ畳めない旧翅類がまず分けられる。しかし、無翅類は原始的な形質でまとめられた側系統だという説が1960年代頃から有力となり、それを反映した次のような分類が普及しつつある。ただし、有翅「下綱」などの修正された階級については研究者の見解は必ずしも一致していない。
- 昆虫綱
- 単関節丘亜綱 : イシノミ目
- 双関節丘亜綱
- 無翅下綱 : シミ目
- 有翅下綱
- 旧翅節 : カゲロウ目、トンボ目
- 新翅節
旧翅類の単系統性にも疑問が持たれており、カゲロウ目とトンボ目のどちらかが先に分かれた可能性がある。ただし、それを反映した分類はまだ確立していない。
現生昆虫の目[編集]
分類体系によって異なるが、(狭義の)昆虫綱 Insecta は30目を含む。以下のものは『岩波生物学辞典 第5版』[16]による。命名者名は省略。
- 六脚亜門 Hexapoda(広義の昆虫類 Incecta s.l.)
- 内顎綱 Entognatha
- (狭義の)昆虫綱 Incecta s.s.(外顎綱 Ectognatha)
- イシノミ目(古顎目) Archaeognatha
- シミ目(総尾目) Thysanura
- カゲロウ目(蜉蝣目) Ephemeroptera
- トンボ目(蜻蛉目) Odonata
- ガロアムシ目(非翅目、欠翅目) Grylloblattodea
- カカトアルキ目(踵歩目) Mantophasmatodea
- ハサミムシ目(革翅目) Dermaptera
- カワゲラ目(襀翅目) Plecoptera
- シロアリモドキ目(紡脚目) Embioptera
- ジュズヒゲムシ目(絶翅目) Zoraptera
- ナナフシ目(竹節虫目) Phasmatodea
- バッタ目(直翅目) Orthoptera
- カマキリ目(蟷螂目) Mantodea
- ゴキブリ目(綱翅目) Blattodea
- シロアリ目(等翅目) Isoptera
- チャタテムシ目(嚙虫目) Psocoptera
- シラミ目(裸尾目) Phthiraptera
- アザミウマ目(総翅目) Thysanoptera
- カメムシ目(半翅目) Hemiptera
- ラクダムシ目(駱駝虫目) Raphidioptera
- ヘビトンボ目(広翅目) Megaloptera
- アミメカゲロウ目(脈翅目) Neuroptera
- コウチュウ目(鞘翅目) Coleoptera
- ネジレバネ目(撚翅目) Strepsiptera
- シリアゲムシ目(長翅類) Mecoptera
- ノミ目(隠翅目) Sihonaptera
- ハエ目(双翅目) Diptera
- トビケラ目(毛翅目) Trichoptera
- チョウ目(鱗翅目) Lepidoptera
- ハチ目(膜翅目) Hymenoptera
人間とのかかわり[編集]
生物世界で最も種類の多い動物群であり、何等かのかかわりなしに生活することが不可能なほどに、あらゆる局面でかかわりを生じる。直接に人間の役に立つものを益虫、人の健康、財産、家畜、農作物などに害を与えるものを害虫と言う。ただし、実害はない不快害虫もいれば、日常生活で益虫・害虫扱いされるものの分類学的には昆虫以外の小動物も含まれる。
昆虫採集や飼育は趣味の一分野として有名である。昆虫標本などは博物館などの展示物として人気があり、倉敷昆虫館(岡山県倉敷市)[17]のような専門施設もある。
また、季節や天候を知るために昔から観察されることもあり、24節気のひとつ啓蟄として残っているほか、北海道では雪虫は初雪を告げる昆虫として知られている。
古代エジプトでは、一部の甲虫がスカラベとして崇拝対象となった。
ペットとしての昆虫[編集]
採集その他の手段で入手した昆虫を集めたり飼育したりする娯楽は古くから存在する。ダーウィン、ウォーレス等の泰斗を輩出している博物学の祖国イギリスで顕著であるが、広くヨーロッパにみられ、チョウの幼虫やオサムシ類を飼育する例が多い。現代ではナナフシの人気が高く、観葉植物感覚で飼育される。
日本においては、平安時代の貴族階級において、スズムシ、マツムシ、コオロギ等の「鳴く虫」(直翅目)の飼育、鳴き声の観賞がはじまり[18]、江戸時代中期にはそれらを行商人が売り歩く商業も確立、江戸町民を中心に鳴く虫飼育の文化が広く普及した。鳴く虫のほか、蛍も同様に広く取引された[19]。こうした虫売り文化は昭和初期には最盛期を迎えたものの、戦後は衰退した[20]。元々これらの文化は、中国から伝播したとも、独自に並行発生したともいわれるが定かでない。また、中国では鳴き声の鑑賞のみならずコオロギの格闘を楽しむ娯楽「闘蟋」も古くから親しまれてきた。闘蟋の歴史は唐の玄宗期にさかのぼるとされ、南宋の宰相である賈似道はこの趣味が高じて世界初のコオロギの百科事典『促織経』を著した[21]。一方、児童年齢の子供がカブトムシやクワガタムシ等に相撲を取らせる古典的遊びも、江戸時代からあり、それらの昆虫は「サイカチ」「オニガラ」「オニムシ」などと呼ばれた。
21世紀現在の日本には、サブカルチャー・ホビーの一つとして、クワガタムシやカブトムシなどの甲虫類に鑑賞価値を見出し累代飼育するファンが多く、10万人単位の愛好者がいるといわれる。
食材としての昆虫[編集]
今日の日本においては、昆虫食はあまり一般的ではなく、どちらかと言うとゲテモノ料理や珍味として扱われる機会が多い。その中でイナゴ(佃煮)は全国的に食べられていると言ってもよく、ハチ、セミ、ゲンゴロウ、トビケラやカワゲラ(水生昆虫の幼虫をまとめてざざむしと総称)、カイコガ、カミキリムシ等も食用とされることがある。商品として売り出されたところもある。2008年時点で、はちの子、イナゴの缶詰はともに1トン弱、カイコのサナギが300キロ、まゆこ(カイコのガ)が100キロ、ザザムシが300キロ製造されている[22]。なかには、長野県のハチの子の佃煮のように郷土料理や名物になっている地域もある。
世界的にはタガメやアリ、甲虫などの昆虫の幼虫を食べる文化を持っている国や地域、民族は多い。なかでも昆虫の多い亜熱帯から熱帯地域において昆虫食の文化は根付いている[23]。
昆虫はタンパク質やミネラルを豊富に含んで栄養価が高い上、従来の家畜に比べ飼料の転換効率がよいため、将来的に重要な食料となるとの見方を国連食糧農業機関は示している[24]。
薬材としての昆虫[編集]
中国の生薬を集めた『本草綱目』には、多種の昆虫が記載されている。一例としてシナゴキブリは、シャチュウ(䗪虫[25])の名で、血行改善作用があるとされている。学問的に薬効は必ずしも明らかになっていない例が多いが、他にも薬酒の原料としてスズメバチ、アリ、ゴミムシダマシ、冬虫夏草(昆虫の幼虫から真菌キノコが成長したもの)などが使われたり、粉末にして外用薬にされる昆虫もある。また、昆虫そのものではないが、セミの抜け殻は蝉退(センタイ)といって、解熱、鎮静、鎮痙などに用いられる。
農薬としての昆虫[編集]
日本の法律(農薬取締法)は、農作物を害する昆虫、ダニ、細菌などの防除に使われる薬剤のみならず、防除に有益な天敵をも一括して農薬と整理した。このため、農薬として登録されている昆虫、クモ、ダニ、細菌、ウイルスなどがあり、これらは生物農薬とも呼ばれる。これらは法律上は農薬であるため、用法、用量、販売にも規制がある。現在日本で登録されている天敵昆虫には、オンシツツヤコバチ、ヨコスジツヤコバチ、タイリクヒメハナカメムシ、ヤマトクサカゲロウ、ナミテントウ、コレマンアブラバチなどがある。こうした天敵農薬による生物的防除としては、19世紀末のアメリカにおいて、イセリアカイガラムシの大発生を原産地オーストラリアにおける天敵ベダリアテントウの導入によって防いだ例などが知られ、成功すれば大きな効果を上げるものの、目的の害虫以外の虫が攻撃され大被害を受けることも珍しくないため、導入には細心の注意が必要である[26]。
産業用の昆虫[編集]
歴史的に最も広範に利用されている産業用昆虫として、絹糸を生産するためのカイコガがある。絹は歴史を通じて高級繊維としての地位を確立しており、これを生み出すカイコを育てる養蚕は産業の一つとして成立している。カイコは家畜化された歴史が長いためすでに野生では存在せず、人間の手を離れては生きられなくなっている[27]。なお、カイコ以外にも絹糸を生成できる虫はヤママユ(テンサン、天蚕)やその亜種であるサクサン(柞蚕)などいくつか存在し、野蚕と総称される。ミツバチ類は蚕と並んでもっとも重要な産業用昆虫であり、蜂蜜やロイヤルゼリー、さらに蜜蝋の採取目的で飼育されている[28]。ミツバチのもう一つ重要な用途としては果樹や野菜といった虫媒花の受粉が挙げられる。受粉は農業上非常に重要であり、養蜂は蜂蜜採取よりも授粉用の需要の方が大きくなっている[29]。授粉用昆虫としては、このほかにマルハナバチ類も多用される。カイコとミツバチは昆虫でありながら家畜になっているといえる。イボタロウムシも蝋の生産に重要である。
この他、海外では赤色染料の原料としてカイガラムシ類が広く利用され、なかでも良質のコチニール色素の取れるコチニールカイガラムシはアステカで珍重されて、19世紀中盤に化学染料が優勢になる前は世界で広く栽培されていた[30]。またラックカイガラムシは染料としても使用されていたが、それよりもシェラックと呼ばれる樹脂の生産で知られており、かつてはワニスなど様々な用途に使用されていた[31]。また、幼虫(ウジ)を釣り餌として利用するために累代飼育されているハエや爬虫類の餌として飼育販売されているコオロギなどのような例もある。
装飾用の昆虫[編集]
タマムシ、チョウ、ガなど、色彩や光沢の鮮やかな昆虫は、工芸品などの装飾材料にも利用される。日本で国宝に指定されている玉虫厨子は、本来タマムシの羽を装飾として使用していたことでこの名がついており、オリジナルの玉虫厨子でその装飾が失われた後も、タマムシの羽をふんだんに使用して作成当時の姿を復元したレプリカがいくつか作成されている[32]。
モデル生物として[編集]
モデル生物として重要なものもある。ショウジョウバエやカイコが遺伝学で、アズキゾウムシやコクヌストモドキが個体群生態学で演じた役割は非常に大きい。昆虫は小型で扱いやすく、狭い環境でも飼育が可能で、また短い時間で複数世代が観察できる。上記のような昆虫はそのような点でモデル生物として好適であった。また、処理のしやすさについても独特である。ハワード・エヴァンズは著書『虫の惑星』で昆虫の変態ホルモンに関する実験で複数の幼虫の首を切ってつなぎ合わせてその変態を見る実験について説明した後、この実験をネコで行うことが想像できるか?と述べている。
法医昆虫学[編集]
アメリカ合衆国などでは、クロバエなどが死体に産卵する特性と幼虫(ウジ)の成長の程度が、遺体の放置時間を推定する際の手掛かりの一つとされている[33]。
医療としての昆虫[編集]
医療、治療方法として、無菌状態にしたハエ等の幼虫のウジに患部の壊死した組織を食べさせるマゴットセラピーがある。これは1930年代にアメリカで広まったものの、1940年代にペニシリンが開発されると急速に使用されなくなっていったが、1990年代末から再び使用が増加しつつある[34]。
害虫[編集]
上記のような益虫のほか、人類に害を与える害虫も数多く存在する。一部の昆虫は媒介者として伝染病の感染源となっている。こうした媒介者の中で最も有害な昆虫はカであり、マラリアやデング熱などさまざまな伝染病を媒介して、2016年のデータでは1年で死者は830,000人にも上り、「地球上でもっとも人類を殺害する生物」となっている[35]。人間だけでなく、農作物や家畜に害を与える昆虫も多く存在する。なかでもイナゴやバッタなどは相変異を起こした大集団が周囲のすべての草本類を食らいつくす蝗害を発生させることがあり、この場合周囲の生態系は大打撃を受け飢饉が発生することもある。
ムシ[編集]
現代の日常会話では、昆虫を単に「虫」(むし)と呼ぶことが多いが、ダンゴムシやフナムシなどの用法でわかるとおり、ムシとは本来はもっと広い範囲の意味を持つ言葉で、獣、鳥、魚介類以外の全動物を指す言葉であった。
漢字の「虫」(キ、拼音: )は本来、毒蛇(マムシ)を型取った象形文字であるが、蛇など爬虫類の一部や、両生類、環形動物など、果ては架空の動物である竜までを含めた広い範囲の生物群を指す「蟲」(チュウ、拼音: )の略字として古代から使われている。
脚注[編集]
- ^ 特別展「昆虫」国立科学博物館(2018年10月14日閲覧)。
- ^ 「虫と文明 螢のドレス・王様のハチミツ酒・カイガラムシのレコード」p253 ギルバート・ワルドバウアー著 屋代通子訳 築地書館 2012年9月5日初版発行
- ^ 「樹木学」p105 ピーター・トーマス 築地書館 2001年7月30日初版発行
- ^ 「虫と文明 螢のドレス・王様のハチミツ酒・カイガラムシのレコード」p254 ギルバート・ワルドバウアー著 屋代通子訳 築地書館 2012年9月5日初版発行
- ^ 「考える花 進化・園芸・生殖戦略」p13-15 スティーブン・バックマン 片岡夏実訳 築地書館 2017年8月21日初版発行
- ^ 「考える花 進化・園芸・生殖戦略」p16 スティーブン・バックマン 片岡夏実訳 築地書館 2017年8月21日初版発行
- ^ 「考える花 進化・園芸・生殖戦略」p8-10 スティーブン・バックマン 片岡夏実訳 築地書館 2017年8月21日初版発行
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- ^ 佐中孜「浸透圧物質としてのトレハロース (trehalose) にかける期待」『日本透析医学会雑誌 』Vol. 40 (2007) No. 7.doi:10.4009/jsdt.40.568
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- ^ 「虫と文明 螢のドレス・王様のハチミツ酒・カイガラムシのレコード」p212-216 ギルバート・ワルドバウアー著 屋代通子訳 築地書館 2012年9月5日初版発行
- ^ https://www.huffingtonpost.jp/2017/11/11/don_a_23273992/ 「どの動物が人間を一番殺しているのか...? ビル&メリンダ・ゲイツ財団がまとめた驚きの結果」錦光山雅子 ハフィントンポスト 2017年11月11日 2019年6月16日閲覧
参考文献[編集]
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- 石川良輔『昆虫の誕生 : 一千万種への進化と分化』中央公論社〈中公新書〉、1996年。ISBN 4-12-101327-1。
- 水波誠『昆虫 : 驚異の微小脳』中央公論新社〈中公新書〉、2006年。ISBN 4-12-101860-5。
- 巌佐庸・倉谷滋・斎藤成也・塚谷裕一 編『岩波生物学辞典』岩波書店、2013年、第5版。ISBN 4-00-080314-X。
- 藤堂明保・松本昭・武田晃・加納喜光 編『漢字源』学研、2011年、改訂第五版。ISBN 978-4-05-303101-3。
- 野中健二『昆虫食先進国ニッポン』亜紀書房、2008年、第1版。ISBN 978-4-7505-0815-3。
- 藤田敏彦 著『新・生命科学シリーズ 動物の系統分類と進化』裳華房、2010年4月25日、第1版。ISBN 9784785358426。
関連項目[編集]
- 無脊椎動物天然記念物一覧
- 昆虫類レッドリスト (環境省)
- 昆虫の構造 - 昆虫の翅
- 昆虫の分類
- 微小昆虫
- 水生昆虫
- 害虫 - 益虫
- 昆虫採集
- マゴットセラピー
- 日本昆虫学会
- ジャン・アンリ・ファーブル
外部リンク[編集]
- 九州大学大学院農学研究院昆虫学教室. “昆虫学データベース KONCHU”. 2013年7月5日閲覧。
- 独立行政法人農業環境技術研究所 (2012年12月10日). “昆虫データベース総合インベントリーシステム-INSECT INVENTORY SEARCH ENGINE-”. 2013年7月5日閲覧。
- 日本分類学会連合. “日本産生物種数調査”. 2013年7月5日閲覧。
- 稲荷山アーカイブ(稲荷山図書館)