とみさわ昭仁

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

とみさわ 昭仁(とみさわ あきひと、本名:富沢 昭仁1961年8月3日 - )は、日本のゲームシナリオライター・芸能ライターデザイナー東京都墨田区出身。

来歴[編集]

テクニカルイラストレーターとして会社勤務の傍ら、同人誌『よい子の歌謡曲』に投稿者として参加したのちにスタッフとして加入、その活動に目をとめた『季刊リメンバー』の高護の紹介でライターの仕事をするようになる。ライターデビュー後は、『東京おとなクラブ』の遠藤諭中森明夫の紹介で仕事を増やしていき、その後、会社を退社し正式にフリーライターとなった。当初は雑誌でアイドルへのインタビューや記事を担当していたが、遠藤の紹介で『スコラ』誌のゲーム記事を担当したのがきっかけでゲーム関連の仕事も始めるようになった[1]

アスキーに入社した遠藤により『ファミコン通信』の仕事を紹介してもらい「ファミコン出前一丁」というコーナーを担当。この時代に『ファミコン通信』で仕事をしていた田尻智と面識を得て、自らの事務所スタジオパレットを解散し、田尻が代表のゲームフリークに1991年夏から契約社員として所属し、ゲーム関係の記事を引き続き執筆。1992年4月には正社員になり、出版部主任を務めた[1]

週刊少年ジャンプ』のコンピュータゲーム紹介記事『ファミコン神拳』には「カルロス」という外国人のキャラクター設定で参加した[2]

2009年にゲームフリークを退社し、フリーになった[2]

2012年より珍本メインの古書店「マニタ書房」を経営。

人物[編集]

蒐集原人」「日本一ブックオフに通う男」を自称。古本映画グッズをはじめ、アイドル・歌謡曲や覆面歌手のレコードトレーディングカードなどのコレクター

ゲームシナリオ等の他、ゲーム攻略本や自身のコレクションに関する記事・書籍を多数執筆。

おもな参加作品[編集]

著書[編集]

  • 『ゲームブック 妖怪道中記 たろすけの大冒険』1989年7月20日、電波新聞社(原案:木越郁子)
  • 『コミック版 妖怪道中記』1989年10月20日、電波新聞社(作画:細貝明男)
  • 『底抜け!大リーグカードの世界』2000年8月31日、彩流社
  • ゲームフリーク』2000年9月1日、メディアファクトリー
  • 『人喰い映画祭(満腹版)』2010年6月30日、辰巳出版
  • 『人生のサバイバルを生き抜く映画の言葉。』2012年4月30日、美術出版社
  • 『無限の本棚 手放す時代の蒐集論』2016年4月1日、アスペクト

共著[編集]

  • 『ザ・シングル盤 50's〜80's』1983年12月10日、群雄社
  • 『キャプテン翼 栄光へのスーパーシュート!!』1988年4月30日、ホーム社(共著者:きむらはじめ)
  • 『イース・グローバル・ガイドブック』1989年8月18日、冬樹社
  • 『80's アイドル・ライナーノーツ』1991年2月15日、JICC出版局(共著者:宝泉薫、松井俊夫、真鍋公彦)
  • 『ポケットモンスター図鑑』1996年4月5日、アスペクト(共著者:川本ひろし、林英明)

編書[編集]

  • 新明解ナム語辞典』1987年12月1日、ソフトバンク(著者:西島孝徳)
  • 『ファイナルファンタジー竜騎士団』1992年9月30日、JICC出版(著者:ゲームフリーク)
  • 『ファイナルファンタジー竜騎士団2』1993年5月23日、JICC出版(著者:ゲームフリーク)
  • 相原コージのゲームデザイナーへの道』1994年5月20日、双葉社(著者:相原コージ、竹熊健太郎、ゲームフリーク)
  • 『電視遊戯時代』1994年6月20日、ヴィレッジセンター(著者:桝山寛、大森望、佐藤大、他)
  • ジェームズ・ディーン 青春に死す』1994年11月25日、ソニー・マガジンズ(著者:ジョン・ハウレット、吉福逸郎)

出典[編集]

  1. ^ a b 山猫有限会社編「ゲームフリーク 富沢昭仁」『ごくらくゲーム業界 メーカーだけが業界じゃない!』光栄、1994年、pp.86-89
  2. ^ a b さくまあきらホームページ:仕事人裏日記 2009年8月28日 月刊デジタルさくまにあ

外部リンク[編集]