高橋 (江東区)
高橋 | |
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高橋夜店通り | |
北緯35度41分7.45秒 東経139度47分58.14秒 / 北緯35.6854028度 東経139.7994833度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 東京都 |
特別区 | 江東区 |
地域 | 深川地域 |
面積 | |
• 合計 | 0.05 km2 |
人口 | |
• 合計 | 1,540人 |
• 密度 | 31,000人/km2 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
135-0005[2] |
市外局番 | 03[3] |
ナンバープレート | 江東 |
高橋の位置 |
高橋(たかばし)は、東京都江東区の町名[4]。丁番を持たない単独町名である。郵便番号は135-0005[2]。
地理
東京都江東区の北西部に位置し、深川地域内に当たる。小名木川の北岸に当たり、北から東にかけて森下、南では小名木川を跨いで白河、西南で小名木川を跨ぐ橋梁上の一点で清澄、西で常盤と接する。西辺を清澄通りが南北方向に縦走している。主に商店街として利用されている[4]。
河川
歴史
大正期には都市スラム化しており、1921年(大正10年)に刊行された『東京市内の細民に関する調査』において前身のうち富川町・西町併せて2,416人の細民人口が計上されている[5]。戦後の高度経済成長期までは簡易宿泊街(ドヤ街)が形成されており[6]、貧困地域であった。ドヤ街は都市再開発のために現在は一部を残してほぼ解体されて、高橋および森下三丁目-五丁目に多く点在するビジネスホテル群にその名残が見られる。
地名の由来
町名は小名木川に架かる橋梁・高橋に由来する[7]。この橋梁は小名木川に架けられており、東京都道463号上野月島線が通り、北岸の高橋と白河一丁目を結んでいる。橋長は43.8メートル。
沿革
- 1934年(昭和9年):深川区東森下町の一部、東元町・富川町・西町の全部をもって深川高橋一丁目-五丁目とする。
- 1947年(昭和22年):江東区に所属。
- 1971年(昭和46年):深川高橋一丁目を高橋、深川高橋二丁目-五丁目を森下三丁目-五丁目とした。当初は森下三丁目に編入される予定であったが、住民の強い要望により深川高橋一丁目のみ高橋の名が残ることとなった。
世帯数と人口
2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
町丁 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
高橋 | 985世帯 | 1,540人 |
小・中学校の学区
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[8][9]。
番地 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|
全域 | 江東区立深川小学校 | 江東区立深川第一中学校 |
交通
鉄道
都営地下鉄大江戸線が清澄通りの地下を通るが駅は設置されていない。東京メトロ半蔵門線・都営大江戸線清澄白河駅、都営新宿線・都営大江戸線森下駅が徒歩で利用できる。
バス
- 都営バス
- 高橋停留所
道路
- 東京都道463号上野月島線(清澄通り)
- 高橋夜店通り
施設
- 江東区立深川小学校
- 江東区深川北子ども家庭支援センター
脚注
- ^ a b “世帯と人口(毎月1日)”. 江東区 (2017年12月1日). 2017年12月20日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2019年8月30日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月20日閲覧。
- ^ a b c 『角川日本地名大辞典 13 東京都』、角川書店、1991年再版、p.451, p.840, p.844。
- ^ 主なスラムにおける現住人口の死因別死亡者数(1921年)、2012年5月29日閲覧。
- ^ 田宮寛己, 「精神薄弱児(者)のスラム-東京深川高橋ドヤ街-における実態について(第8部会 都市の教育I)」 東京都江東区教育委員会, 『日本教育社会学会大会発表要旨集録』 20巻, p.37-38, 1967年10月5日, NAID 110001889291
- ^ 江東区の地名由来
- ^ “区立小学校の通学区域”. 江東区 (2019年4月4日). 2019年8月30日閲覧。
- ^ “区立中学校の通学区域”. 江東区 (2019年4月4日). 2019年8月30日閲覧。