演劇集団 円
種類 | 株式会社 |
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略称 | 円 |
本社所在地 |
181-0013 東京都三鷹市下連雀4-14-32 興信三和ビル2号 |
設立 | 1975年 |
業種 | サービス業 |
法人番号 | 6010501020481 |
事業内容 | 舞台の制作・公演 |
代表者 | 橋爪功(代表取締役) |
従業員数 |
130名(演技部) 26名(文芸・演出部) 7名(演劇制作・経理部) |
関係する人物 | 芥川比呂志(創設者・初代代表) |
外部リンク | http://www.en21.co.jp/ |
種類 | 株式会社 |
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本社所在地 |
160-0022 東京都新宿区新宿1-19-11 クサマビル5F |
業種 | サービス業 |
法人番号 | 6010501020481 |
事業内容 | 俳優・声優のマネージメント |
代表者 | 山崎譲(代表取締役) |
従業員数 | 9名 |
外部リンク | http://www.enkikaku.jp/ |
演劇集団 円(えんげきしゅうだん えん)は、東京都を本拠とする日本の劇団である。関係者は「劇団」ではなく「集団」と、また所属するスタッフのことを「団員」ではなく「会員」と呼ぶ。
概要
1975年に芥川比呂志を中心に、劇団雲から独立する形で設立。現在の代表は橋爪功。所属する俳優の中心的活動は演劇集団 円の制作ならびにマネージメントによる本公演であるが、外部への舞台出演や映画・テレビドラマへの出演、さらには声優・ナレーターとしても幅広く活動している。それらのマネージメントは、演劇集団 円とは別に日本芸能マネージメント事業者協会に加盟する円企画が行っている。
公演レパートリーは幅広く多様であり、国内外の著名な劇作家はもちろん、演劇集団 円に所属する劇作家による書き下ろし作品も定期的に上演。2009年10月の『コネマラの骸骨』上演により、世界で初めてマーティン・マクドナーの「リーナン三部作」を全て上演した劇団となった。
演劇集団 円による舞台公演(本公演)は年間4~5作品のペースで行われている。特に岸田今日子の発案により始まった「円・こどもステージ」は毎年12月に行われ、別役実、谷川俊太郎、佐野洋子らにより書き下ろされた作品は大人から子供まで楽しめる舞台として好評を博している。また、毎年静岡県伊豆市で野外劇「菜の花舞台」を開催し、野外劇でありながら1日で数千人の観客を集めている。
公演は主に紀伊國屋ホールやシアターΧといった劇場で行われるが、台東区西浅草1丁目に、稽古場も兼ねた劇場「ステージ円」を独自に有している。また、同一の敷地内に円・演劇研究所を設けており、俳優や演出家、テクニカルスタッフなどを志望する研究生は原則2年間の養成期間と審査を経て正式に演劇集団 円の会員に昇格する。
2014年に西浅草の「ステージ円」を閉鎖。三鷹市下連雀4丁目に事務所、稽古場を新たに設け、円・演劇研究所も同地に移っている。
略歴
- 1975年 - 現代演劇協会より脱退した芥川比呂志を中心に、49名で「演劇集団 円」を結成。新橋に稽古場を設け、所属俳優のマネージメント会社「円企画」(代表取締役・渥美國泰)を同時に設立。
- 1976年 - 西武劇場にて、旗揚げ公演「壊れた風景」(作・別役実、演出・高橋昌也)を上演。
- 1978年 - 芥川の体調不良により結成以来延期されていた「夜叉ヶ池」(作・泉鏡花、演出・芥川)を上演。
- 1981年 - 西新宿に稽古場兼劇場となる「新宿・ステージ円」を開場。10月に代表の芥川が死去、中村伸郎が代表に就任。「円・こどもステージ」第1回公演が行われる。
- 1989年 - 新宿西口再開発に伴い、「新宿・ステージ円」の閉鎖を余儀なくされ、シアターサンモールに舞台の拠点を移して活動する。
- 1992年 - 代表の中村が死去、仲谷昇が代表に就任。沼袋に新たな稽古場を設ける。
- 1993年 - シアターサンモールでの常打ち公演が終了。
- 2002年 - 浅草に稽古場兼劇場「浅草・ステージ円」を開場。
- 2006年 - 代表の仲谷が死去、橋爪功が代表に就任。
- 2014年 -「浅草・ステージ円」を閉鎖、新たな事務所、稽古場を三鷹市に設ける。
所属会員
演技部
男性
あ行
か行
さ行
た行
な行
は行
ま行
や行
わ行
女性
あ行
か行
さ行
た行
な行
は行
ま行
や行
わ行
文芸・演出部
かつて所属していた会員
在籍中に死去
他の事務所へ移籍またはフリー
- 渥美国泰(1979年退団→アクト青山ドラマティック・スクール主宰→2009年死去)
- 真屋順子(1980年退団)
- 沢井孝子(1985年退団→宝井プロジェクトへ移籍)
- 神山繁(1991年退団→オフィス佐々木へ移籍)
- 高橋昌也(1987年退団→銀座セゾン劇場芸術総監督就任)
- 高木均(2000年退団→81プロデュースへ移籍→2004年死去)
- 渡辺謙(2002年退団→ケイダッシュへ移籍)
- 平野稔・有田麻里夫妻(2006年退団→個人事務所・平野企画設立)
- 水町レイコ(2006年退団→オスカープロモーションへ移籍)
- 三谷昇(2008年退団→フリー)
- 津村鷹志(ケィ・サイドへ移籍)
- 寺泉憲(フレンドシップ・プロモーションへ移籍)
- 菊池隆則(心日庵結成)
- 北見敏之(高岡事務所へ移籍)
- 河原さぶ(ホリプロ・ブッキング・エージェンシーへ移籍)
- 西凜太朗(大沢事務所へ移籍)
- 谷川俊(スターダス・21へ移籍)
- 大谷朗(アイティ企画へ移籍)
- 西脇礼門(優企画へ移籍)
- 平井奈津子(優企画へ移籍)
- 棟里佳(ラヴァンスへ移籍)
- 安藤一夫(境事務所へ移籍)
- 実相寺吾子(ハイブリッドプロダクション)へ移籍
- 山田佳伸
- 荒川大三郎
- 小森創介(フットプリンツへ移籍)
- 秦由香里
- 立石凉子(シス・カンパニーへ移籍)
- 西田健(イイジマルームに経てサーブプロモーションへ移籍)
円・演劇研究所出身の人物
- 阪本良介(プレステージ所属)
- 中野浩司(劇団青年座→引退)
- 藤敏也(文学座→マザーシップ→UPS→フリー)
- 垂水藤太(木冬社→マドモアゼル所属)
- 山内としお(オフィス斉藤所属)
- 堀之紀(青二プロダクション所属)
- 浜幸一郎(夢工房所属)
- オオタスセリ(途中退所→太田プロダクション所属)
- 石田純一(アクト青山ドラマティック・スクール→スカイコーポレーション所属)
- 芹澤名人(たけし軍団)
- 中島マリ(株式会社・仕事所属)
- 伊東佐知子
- エド・はるみ(NSC→よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属)
- 藤東勤
- 新藤栄作(東京キッドブラザース→劇団無現結成)
- 青木豪(グリング主宰)
- 福澤朗(日本テレビ→イースト)
- やのひでのり(劇団参人芝居主宰)
- 堀尾雅彦(エイチ・コラボレーション所属)
- 田中総一郎(大沢事務所所属)
- 豊川悦司(劇団3○○→アルファーエージェンシー)
- 津田健次郎(トライストーン・エンタテイメント→スターダストプロモーション・ミディアルタと業務提携)
- 久保貫太郎(ダックスープ・クロムモリブデン所属)
- 深田紗記子(旧名:深田紗規子、TABプロダクション所属)
- 津田寛治
- 沖田さとし
- 玉木雅士(アクセント所属)
関連項目
- 日本芸能マネージメント事業者協会 (円企画)