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山内絵美子

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やまうち えみこ
山内 絵美子
本名 山内 恵美子[1]
生年月日 (1953-12-17) 1953年12月17日(70歳)
出生地 日本の旗 日本北海道函館市[1]
職業 女優歌手
ジャンル 映画テレビドラマ
活動期間 1973年 -
主な作品
ネオンくらげ』(東映
番格ロック』(東映)
高校教師』(東京12チャンネル
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山内 絵美子(やまうち えみこ、1953年12月17日[1] - )は、日本女優歌手北海道函館市出身[1]。身長164cm、B88cm、W59cm、H88cm(1975年3月)[2]

人物・来歴

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遺愛女子高等学校卒業[1]。1972年に上京後、スカウトされモデルとしてデビュー[1]1973年東映に所属となり、山内えみ子の芸名でデビュー[3]

映画デビュー作『ネオンくらげ』でグラマラスなヌードと体当たり演技を披露し注目され、以後セクシーかつ不良の香りのする役で『番格ロック』、『ネオンくらげ 新宿花電車』に主演。

1974年、映画『聖獣学園』に助演後、歌手としてもデビュー。ロングヘアーの黒髪が印象的な女優だったが、歌手活動後の70年代後半にはショーカットのスタイルにしている。

1980年代後半までテレビドラマなどで活躍。なお、芸名表記は、映画デビュー作『ネオンくらげ』の時点で山内えみこ。その後、山内恵美子山内絵美子と変遷している。

逸話

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山内えみこがデビューした当時、東映のドル箱といえば実録ヤクザ映画で、その併映(B面番組[4])はスケバン映画というのが一般的だった。しかし、スケバン映画のスター、池玲子杉本美樹は何度も引退宣言を繰り返しており、東映は第三のスター養成を急いでいた[5]。その期待を背負ったのが山内で、主演第2作『番格ロック』(1973年9月25日公開)は『仁義なき戦い 代理戦争』の併映に選ばれた。

しかし、東映の岡田茂社長が『燃えよドラゴン』を日本での一般公開前に試写会で観劇し千葉真一主演でカンフー空手に置き換えた"和製カラテ映画"[6]製作の指示を出し[7][8][9]激突! 殺人拳』(1974年2月2日公開)が作られ大ヒットすると[6][10]立て続けに"カラテ映画"製作を指示した[9]。するとそれまでスケバン映画が独占してきた実録ヤクザ映画のB面番組枠を"カラテ映画"が奪ってしまった[5][6][11][12]

特にやはり岡田が千葉真一と鈴木則文とで売り出した[12]志穂美悦子が大人気となると山内の出番はなくなり[5]、山内は東映テレビ室に送られることとなる[5]。山内は1974年に歌手としてもデビューするが[13]、1974年以降の映画は『サーキットの狼』など3本に助演するに止まり、テレビドラマがメインとなった[5]

もしも志穂美悦子がデビューしていなければ、山内えみこは今もなお栄光のスケバン女優OGとして映画史に名をとどめていたのでは、とも評される[5]

出演

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映画

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テレビドラマ

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音楽番組

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※以上何れも「太陽は泣いている センセーション'78」の歌唱で出演。

ディスコグラフィ

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シングル

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# 発売日 A/B面 タイトル 作詞 作曲 編曲 規格品番
山内えみこ 名義
キングレコード
1 1974年
9月
A面 熊ん蜂 ちあき哲也 高田弘 BS-1857
B面 おんな虫
2 1975年
1月
A面 哀愁 橋本淳 鈴木邦彦 竜崎孝路 BS-1882
B面 真夜中のふたり 高田弘
3 1975年
7月
A面 悪の華 都倉俊一 BS-1938
B面 黄昏のモンテカルロ
4 1976年
2月
A面 錆びた心 藤公之介 川口真 あかのたちお BS-1998
B面 チャイナタウン
山内恵美子 名義
5 1977年
2月
A面 笑わせるじゃないか 中島みゆき クニ河内 GK-81
B面 ほっといてよ
ビクター
6 1978年
6月
A面 太陽は泣いている
センセーション'78
[14]
橋本淳 筒美京平 SV-6441
B面 涙は紅く[15] 筒美京平 高田弘
7 1979年
2月
A面 凍土シティー ちあき哲也 馬飼野康二 SV-6549
B面 ザ・プライベート 川口真 松井忠重

デュエット・シングル

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発売日 デュエット A/B面 タイトル 作詞 作曲 編曲 規格品番
ワーナー・パイオニア
1983年
7月23日
石立鉄男 A面 優しさゲーム 中里綴 高山狭 安川ひろし L-1627
B面 チェイス

アルバム

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  1. 優しさゲーム1983年、ワーナー・パイオニア) ※石立鉄男とのデュエットアルバム。

脚注

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  1. ^ a b c d e f 週刊テレビ番組(東京ポスト)1987年8月21日号「プロフィール」44頁
  2. ^ “ルミちゃん"初出し" アン・ルイスらと水着姿競う”. サンケイスポーツ (産業経済新聞社): p. 15. (1975年3月4日) 
  3. ^ 週刊プレイボーイ』1973年6月12日号、グラビア「東映期待のホープ/山内えみ子」。
  4. ^ 黒沢清四方田犬彦・吉見俊哉・李鳳宇(編)「日本映画とやくざ、あるいは『不良性感度映画』の時代 内藤誠」『日本映画は生きている 第四巻 スクリーンのなかの他者』岩波書店、2010年、279頁。ISBN 978-4-00-028394-6 
  5. ^ a b c d e f 『セクシー・ダイナマイト猛爆撃』洋泉社、1997年、266-268頁。ISBN 4-89691-258-6 
  6. ^ a b c 「東映不良性感度映画の世界」『映画秘宝』、洋泉社、2011年8月、62頁。 
  7. ^ 小沢茂弘・高橋聡『困った奴ちゃ―東映ヤクザ監督の波乱万丈生』ワイズ出版、1996年、91-92頁。ISBN 9784948735576 
  8. ^ 春日太一『あかんやつら 東映京都撮影所血風録』文藝春秋、2013年、342-345頁。ISBN 4-1637-68-10-6 
  9. ^ a b 『映画界のドン 岡田茂の活動屋人生』文化通信社、2012年、44-46頁。ISBN 978-4-636-88519-4 
  10. ^ 「ラスト・スケバン・スタンディング6」『映画秘宝』、洋泉社、2009年7月、99頁。 
  11. ^ 『悪趣味邦画劇場(映画秘宝2)』洋泉社、1995年。ISBN 978-4896911701 
  12. ^ a b 鈴木則文『東映ゲリラ戦記』筑摩書房、2013年、142-153頁。ISBN 978-4480818386 
  13. ^ 『歌謡曲番外地 Vol.1』シンコーミュージック・エンタテイメント、2007年、160-161頁。ISBN 978-4-401-75112-9 
  14. ^ いしだあゆみの「太陽は泣いている」のカバー。
  15. ^ 山本リンダの同名曲のカバー。

関連項目

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