Intel Pentium (1993年)

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Pentium
Intel pentium 90mhz p54.jpg
Pentium 75MHz
生産時期 1993年から1999年まで
生産者 インテル
CPU周波数 60 MHz から 300 MHz
FSB周波数 50 MHz から 66 MHz
プロセスルール 0.8μm から 0.25μm
命令セット x86
マイクロアーキテクチャ P5マイクロアーキテクチャ
コア数 1
ソケット Socket 4
Socket 5
Socket 7
コードネーム P5.
P54
P54CS
P55C
Tillamook
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Pentium(ペンティアム)は、インテル1993年5月から出荷を開始した、x86アーキテクチャのマイクロプロセッサ(CPU)ファミリーのブランド名である。

名称[編集]

Pentiumは、同社のプロセッサであるi486の後継製品である。当初は80286や80386、i486に続く新たなプロセッサの名称としては"80586"または"i586"が予想されたが、短い数字とアルファベットの単純な組み合わせだけでは商標として認められず、ブランド名として確立するために、"5"を意味するギリシア語のPentaと要素を表すラテン語のiumからPentiumと造語した。インテル社の主張では、Pentiumという単語は形容詞であるため必ず形容される名詞を付けるものとしている。たとえばプロセッサ自身はPentiumプロセッサと表現する。

ブランドとして確立に成功したことから、これに続く幾つかの後継プロセッサでもPentiumという語を含むブランド名を採用した。

特徴[編集]

i486プロセッサとの大きな違いは以下の通り:

  • スーパースケーラ構造により、最短5ステージでのパイプライン処理を行う2つの命令実行部を持ち、1クロックで1つ以上の命令発行が可能
  • ハードワイヤード制御の命令を増やした[1]
  • 64ビット・データバスによるメモリへのアクセス・スピードの向上
  • ハーバード・アーキテクチャを採用し、キャッシュメモリも命令・データに8Kバイトずつ備えた
  • パイプライン化された高速な浮動小数点演算能力
  • 対称型マルチプロセッササポート
  • トランジスタ数は310万個の0.8μmのBiCMOSプロセスの採用
  • 後期型ではMMX拡張命令セットが加わった

UパイプとVパイプの2ウェイのインオーダーのスーパースケーラ構成であり、整数パイプラインは5段(MMX Pentiumでは6段)、浮動小数点パイプラインは8段であった。マイクロコードで内部実行する複雑な命令はUパイプでしか実行できず、マイクロコード命令実行中はVパイプで命令は実行できない。データキャッシュからのデータパスを整数演算部と浮動小数点演算部で共用していたため、整数演算命令と浮動小数点演算命令はスーパースケーラ実行ができない。

第一世代[編集]

第一世代製品はインテル社内の開発呼称よりP5と呼ばれる。システムクロックと同じ速度で動作する66MHzと60MHzの製品がリリースされたが、量産効果により十分コストが低下した486システムとは違って新規開発のシステムが必要でコストがかさむ上、BiCMOSプロセスだけでなく5V動作であるため消費電力が大きかった。しかしIntelの486系プロセッサがDX2-66MHz版までしかなかった当時はサーバや一部のハイエンド向けPCで使われた。

のちに後述の3.3V版Pentium(90MHz版)が出回るようになると従来の5V版Pentium(特に60MHz版)は一部のミドルレンジ向けPCにもラインアップされるようになった。しかしこの頃には486系にIntel DX4が登場しており、性能的優位もさほど大きくはなくなっていた。やがて75MHz版のPentiumが登場するとその役割を終えた。

この世代のみSocket 4が使われ、以降のPentiumはSocket 5またはSocket 7が使われていて事実上互換性が無かった。Socket 4向けのオーバードライブプロセッサとしては2倍のクロックで動作する133MHz版のみ提供され、60MHzのPentiumと置き換える場合には120MHz動作となった。

第二世代[編集]

Pentium 100MHz動作の第二世代製品

第二世代は、プロセスを微細化したP54CP54CS といったコードネームの製品がリリースされた。システムクロックの1.5倍で動作する90MHzと100MHzが登場する。
Intel 430FXと呼ばれるPentium用チップセットにより新設計のシステムアーキテクチャPeripheral Component Interconnect (PCI) が一応の完成を見、PCIと共にPentiumの普及が加速される。

後に低価格パソコン向けとして75MHz(1.5倍のクロックで動作するため、システムクロックは50MHzである)も追加された。この世代で唯一システムクロックの低かった75MHz版は、以前のi386SXやi486SXなどと同様に、もともと廉価版に特化したプロセッサという役割があった。しかしPentiumでは高クロック製品が登場するたびに従来クロック製品が順次下位プロセッサとして流用されたため、下位に特化したプロセッサは後のCeleronの登場まで一時姿を消すことになる。

その後は、2倍、2.5倍、および3倍で動作する120MHz、133MHz、150MHz、166MHz、200MHzが発売される(166MHz以降、対応システムクロックは66MHzのみ)。オーバードライブプロセッサとしてはシステムクロック50/60/66MHz向けにそれぞれ125MHz、150MHz、166MHzの製品が存在した。

第三世代[編集]

第三世代はMMX拡張命令セットが付加され、コードネームP55CとしてMMXテクノロジペンティアムプロセッサ(Pentium processor with MMX technology) が登場した。変化した点は、その名の通りMMX拡張ユニットの追加、L1キャッシュ容量の倍増(8KB→16KB)、分岐予測精度の向上、RSBの追加(4エントリー)、パイプラインが5段→6段(プリフェッチとデコード1の間にフェッチ段が追加)に増えた、ストアバッファの増加(1エントリー→4エントリー)、など。マーケティングではMMX拡張命令の追加による性能の向上が宣伝されたが、実際には、専用のアセンブリコーディングが必要なMMX命令の、全体に占める量は少なく、内蔵キャッシュの容量の倍増(8KB→16KB)による、従来の命令の実行性能の向上が大きかった。デスクトップ向けとしては166MHz、200MHz、233MHz、モバイル向けとしては120-300MHzが発売された。

デスクトップ向けの233MHz版はジャンパピンの設定を1.5倍とすることで3.5倍動作した。当初はCPU動作倍率の選択にも自由度があり、166MHz版(66MHz×2.5倍)を3倍設定で使うこともできた。これによりシステムクロック50MHzのPCでも、サードパーティ製の電圧変換ゲタを介して166MHz版を載せれば150MHzで動かすことができた。しかしその一方でシステムクロックを上げて定格を超える180MHzや200MHzで動かすようなオーバークロックも横行したことから、後期のロットでは倍率設定ピンが制限されるようになり、例えば166MHz版の場合は2倍か2.5倍しか選べなくなっている。すなわちシステムクロック50MHzのPCを150MHz駆動させるためには、より高価な200MHz版を買わなくてはならないなど不便も伴うものとなった。なおIntelはアップグレード用としてMMX搭載のオーバードライブプロセッサを用意していたが、システムクロック60MHz向け(150/180MHz版)と66MHz向け(166/200MHz版)しかなかった。

なお定格クロックを守っている場合、動作倍率を高くすることは必然的にシステムクロックが低いことを意味する。すなわち同程度のCPUクロックでも本来のパフォーマンスが発揮できなくなるため、安易なアップグレードパスがあることでPentiumブランドの評判に影響する可能性もあった。これに対して後継のP6世代ではCeleronという下位ブランドを立ち上げており、FSBが低くてもある程度の動作倍率を持つプロセッサが作られるようになっている。実際、一部の大手周辺機器ベンダはCeleronを利用したPentium II用CPUアクセラレータ製品を販売するなど、P6以降の世代ではCeleronがアップグレードパスにも利用された。

486向けODP[編集]

Intel 486プラットフォーム用にPentiumのコアを搭載したオーバードライブプロセッサも登場した。事前にシステムクロックの2倍、最高で66MHz版(P24T)がアナウンスされていたが、システムバス32ビットの486プラットフォームではPentiumの性能を発揮できず性能向上が限られたことから、実際の製品はシステムクロック25MHzおよび33MHzの2.5倍で動作する、それぞれ63MHz版および83MHz版での登場となった。内部キャッシュメモリも倍増している。

全数リコール[編集]

1994年11月に、P5 Pentium及びP54C Pentiumの浮動小数点除算命令にバグがあることがインターネットを通じて報告された。その後日本でも新聞や一般誌によって大々的に報道され、パソコンを持っていない人にもこのバグが広く知られることとなった。インテルは当初バグの発生は演算処理のループでは90億回に1回、表計算ソフトを使った場合27000年に1回であるなどとし、この問題は深刻ではないとしたが、その後、同年12月20日には全数リコールに至った。リコールにかかった費用は膨大なものであったが、ボックス包装されたバグ対策済みPentiumがリリースされたことが広く報道された。

「Pentium」の後のPentiumブランド[編集]

従来のプログラムがそのまま使用できた上に性能が十分に向上し、加えて宣伝にも力を入れた結果、Pentiumの知名度は非常に高くなり、第6世代(Pentium ProPentium IIPentium III、第7世代(Pentium 4Pentium DPentium Extreme Edition)、モバイル向けのPentium Mと、コンシューマ向けハイエンドプロセッサのブランドとして長く用いられた。

2006年初頭に新たなブランドとしてCoreを発表し、それと同時にプロセッサのメーカーからプラットフォームを提供するという業態変更とコーポレートアイデンティティーなど、インテル自身も大規模転換を行った。併せて、13年の長きわたってインテルの看板商品であったPentiumブランドの廃止を発表した。しかし、一部地域では上位製品のCoreプロセッサよりも、下位のPentiumブランドの人気が依然として高いことから、Pentium Dual-Coreという名称でPentiumブランドの存続を決定し、Coreブランドと、ローエンドのCeleronブランドの中間に位置するブランドとして再定義を行った。後にPentium Dual-Coreは位置づけはそのままに、単なるPentiumと言う名称へと戻されることとなった。

補足[編集]

486プロセッサのアップグレード用としてリリースされたPentium オーバードライブプロセッサは63MHz版と83MHz版の2製品が販売された。しかし、当時はAMDの486アップグレード用としてリリースされたAm5x86がPentium オーバードライブプロセッサより低価格でなおかつ160MHz駆動を行うことによりPentium100MHz程度の性能を示したため、販売は、一部地域を除いて芳しくなくまた、インテルもPentiumへの移行を急いだため、日本以外の国では失敗作となった。
日本においても、486アップグレードを行うような知識がある層には、Pentium オーバードライブプロセッサは、まったく見向きもされず、Pentium オーバードライブプロセッサよりも安価で高性能なAMDAm5x86サイリックスCx486といったアップグレード用のCPUを販売しているCPUメーカのCPUを使うことによりマシンの延命を行った。

パソコンが一般消費者にも使われるキッカケとなったWindows 95AMDサイリックスなどのCPUの発売時期、Pentiumの発売時期が重なり、普及の時期が一致していたこともあってインテルは苦境に立たされた、このことは、i486を発売後にすぐにPentiumを発表、バグを抱えたままの出荷等からインテルが如何に他社の高性能CPUに恐怖心を抱いていたかが分かるだろう。また、この時期から顕著化したパソコンメーカに対してのリベートや製品出荷制限による締め付けなどが後のAMDによる独占禁止法違反告発へとつながっていく。

インテルはその後の世代のCPUにもブランドとして「Pentium」の名称を使用し続けている。2006年1月発表のIntel Coreという名称の製品シリーズの登場により、新たな展開はされずに徐々にその地位を受け渡されると予想されていた。しかし、その後Pentiumを現在のCeleronの価格帯のブランドに徐々にシフトしていくと発表した。

インテルはPentiumのブランド名をパーソナルコンピュータ(パソコン)用の主力CPUに使用しており、Celeronのブランド名を冠したCPUを低価格パソコン用として、Xeonのブランド名を冠したCPUをサーバ用として販売している。こうしたCPUの中には、各ブランドとも同じアーキテクチャをベースにしたものも多く、クロックスピードやキャッシュサイズ、パッケージ形状、ソケット形状などで差別化されている。また、異なるアーキテクチャのCPUに同じブランド名が使用されていることから、現在ではパワーユーザを中心に、開発コード名でCPUを呼び分けることもしばしば行われている。

脚注[編集]

  1. ^ ハードワイヤード制御の例では、486では42クロック掛かった32ビット乗算命令を10クロックにした。

関連項目[編集]