中国の大市場

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Band in Chinaから転送)

中国の大市場』(ちゅうごくのだいしじょう)、原題で『Band in China』(直訳:中国のバンド)はアメリカコメディ・セントラルのテレビアニメシリーズ『サウスパーク』の第299話(シーズン23第2話)である[1]。2019年10月2日に放送された。監督・脚本は共にトレイ・パーカー

「Banned in China(中国による禁止)」とも読めるタイトルの通り[2][3]、ストーリーは中国における検閲、およびハリウッドを始めとするアメリカのエンターテイメント業界が中国での商業展開のために中国政府におもねって自己検閲を強める現状を風刺している[4]

あらすじ[編集]

ランディは自身の大麻事業を拡大するため、中国に大麻を輸出する構想を家族に明かす。一方、大麻まみれの生活にうんざりしたスタンは、自身のデスメタルバンド「クリムゾン・ドーン」の新曲を構想していた。

さっそく商品をスーツケースに詰め、中国へ向かうランディであったが、その飛行機の中にはGoogleNBAのビジネスマン、果ては白雪姫ソーストームトルーパーといった映画のキャラクターたちまでが同じような目的で乗り合わせていた。一行は無事中国に到着するも、大麻は中国で厳しく取り締まられているため、ランディはすぐに逮捕されてしまう。

ランディが送られた刑務所は劣悪で、略式処刑や強制労働労働教養)、拷問洗脳などが横行していた。その中でランディは、刑務所に収監されていたくまのプーさんとピグレットを発見する。2人は、誰かが「習近平総書記はプーさんに似ている」と揶揄したせいで中国当局に逮捕され、違法な存在となっていた。

クリムゾン・ドーンはサウスパークで行われたイベントで曲を披露。数日後、その噂を聞きつけた敏腕音楽プロデューサーが現れ、スタンらに契約を求める。快く了承するスタンらであったが、プロデューサーはもはや音楽業界は従来の方法では儲けることができず、伝記映画などを作ってプロモーション活動をしなければならないと主張。その上、「中国政府の検閲に引っかかるような要素を入れたら中国で売れない」と言って、スタンらのアイデアを理不尽に否定していく。

一方、中国ではランディの裁判が行われていた。彼は劣悪な囚人の扱いなどについて、中国政府を公然と批判する。これを知ったミッキーマウスは、ランディを他の映画キャラクターもろとも立ち並ばせ、「お前が中国を批判するせいで中国展開に支障が出る」と激怒する。ランディは圧力に屈して媚びを売るべきではないと言い返し、ミッキーと共に習近平総書記に直談判するも、結局は圧力に屈して媚びを売った。

それでも大麻が認められるわけもなく拒絶され、不貞腐れる2人であったが、ミッキーが「プーさんを何とかすれば問題はすべて解決する」と提案。それに賛同したランディは、蜂蜜でプーさんをおびき寄せると血塗れになりながらワイヤーで絞殺する。一方、クリムゾン・ドーンの伝記映画の撮影は中国の検閲官が臨席した状態で進められていた。片っ端からアイデアを否定されていく状況に、スタンのいらだちは限界に達していた。

スタンはバンドメンバーと話し合い、中国政府が認めるのは「陳腐でつまらないもの(vanilla and cheesy)」という認識に至る。そこにちょうど、町を離れていたカイルとカートマンが合流し、スタンは新しいアイデアを思いつく。それはかつてカートマンが金目当てで組んだアイドルユニット「フィンガーバン」の再結成だった。オリジナルメンバーのスタン、カイル、カートマン、ケニーに加え、クリムゾン・ドーンのメンバーも演奏として参加し、ライヴエイド会場を模したセットで、もはやデスメタルとは無関係のポップな曲と格好でパフォーマンスを行う。プロデューサーや検閲官からは好評だったが、スタンはそのパフォーマンスに虚しさを感じ、「いくら金が欲しくても中国のために妥協することはできないし、そうやって自分を曲げる奴らには価値が無い」と断じる。

ランディの大麻ビジネスは中国で認められ、ランディは大金を積んだトラックと共に帰ってきた。スタンは、血と蜂蜜に塗れた父の格好に疑問を呈し、そこでランディは悪びれることもなく、プーさんを殺したことを話す。スタンは静かに食卓から離れると、父親についての曲を書くため部屋に戻るのだった。

解説[編集]

  • 本エピソードは物語が前回から続いており、カイルとカートマンは難民収容所に収監されていたため、終盤まで登場しなかった。
  • 中国では、天安門事件や民主主義関連等当局の信頼に関わる内容がネット上では検閲され、タブーとなっている。『くまのプーさん』も作中で解説されている通り、プーさんと習近平を比較するインターネット・ミームがあったため、実際に禁止されている。
  • 作中の中国人は台湾アクセントで喋っている。また、中国の空港のシーンで登場する”CHINA AIRLINES"は塗装が異なるものの実在する台湾の航空会社名である。
  • 終盤に登場したユニット「フィンガーバン(手マン)」とは、シーズン4第8話「Something You Can Do with Your Finger(邦題:君にフィンガーバンッ!)」にてカートマンが結成した1話限りのもの。当時のメンバーは主人公の4人とウェンディであったが、今回はウェンディのかわりに演奏のバターズとジミーが加わった。また、前回とは違い国家が関わり十分な予算や技術提供があったためか、コーディネートはカートマンの構想をほぼ忠実に再現している。
  • なお、サウスパークはこれまでも中国を度々揶揄してきたが、本作のような直球の非難は初めてである。

評価[編集]

The A.V. Club』のジョン・ヒューガーはエピソードに「B」の等級を付けて「強力なエピソード」と呼び、今回、パーカーとストーンが、中国政府がアメリカのエンターテイメント業界に及ぼしている影響を批判する内容としたことは、かつて2回に渡ってイスラム教の預言者ムハンマドのメディアでの描写を扱った時と同様の大胆なターゲット選択であったと評した[5]

フォーブス』の寄稿者であるダニ・ディ・プラシドは、このエピソードは「陽気で、憂鬱に洞察力に富んでいる」と述べ、スタンの倫理的な選択と、ランディの利益優先の選択は、最良の対比だと指摘した[6]

Den of Geek』の執筆者Joe Matarは、星5つ中2つとあまり好意的でない評価をした。「スタンとランディの関係をより大きな倫理的問題に結びつけたシナリオ構成は理に適っているが、それは怠惰なプロットと疲れたショックユーモアによって損なわれた」と指摘している[7]

Salon』のMatthew Rozsaは、このエピソードが、中国政府に合うようにアメリカのエンターテイメント産業が妥協している風潮を的確に批判していると述べた[7]

アメリカ空軍士官学校のジャハラ・マティセック教授は現代戦争研究所 (Modern War Institute) に寄稿した論文の中でこのエピソードを賞賛し、『サウスパーク』がアメリカの対中情報戦・政治戦を転換すべき重要性を示していると述べている。マティセクは中国で放映禁止されたこのエピソードについて「価値観の対立を露呈させているだけではなく、その争い自体が、地域や世界に権威主義的なビジョンを押し付けようとしている中国の時代に対する、米国の利益とソフトパワーを推進する手段としての役割を果たしている」と指摘している[8]

中国での公開禁止[編集]

その内容から中国政府は『サウスパーク』シリーズ全体のストリーミングサービスやソーシャルメディアプラットフォームすべてを検閲し、国内での『サウスパーク』の放送はおろかファンサイトの閲覧なども全面的に禁じた[9][10][11]。これを受けてパーカーとストーンは、2019年10月8日にコメントを公開し、選手が香港デモへの支持を表明して謝罪に追い込まれたNBAを引き合いに出して「NBAと同様、私たちは中国の検閲を歓迎します。私たちも自由や民主主義よりお金を愛しています。習近平総書記はくまのプーさんに全然似ていません。(中略)中国さんよ、これで仲直りできるかい?」と、謝罪声明という体裁で批判した[9][10][11][12]。また、後のエピソードでも何度か中国政府を揶揄する描写が見られる。

2019年10月11日に、ゼッドはこのエピソードに関するツイートにいいねを押したため永遠に中国に入国できなくなったとTwitterに投稿した[13]

出典[編集]

  1. ^ "Episode 2302 'Band in China' Press Release" (Press release). Comedy Central. 30 September 2019. 2019年9月30日閲覧
  2. ^ Clark, Travis (2019年10月7日). “'South Park' has reportedly been banned in China after its most recent episode criticized censorship in the country”. Business Insider. 2019年10月10日閲覧。
  3. ^ 李家樑 (2019年10月8日). “被中國禁播 《衰仔樂園》道歉聲明疑再諷內地:現在和好了吧?” (中国語). 香港01. 2019年10月11日閲覧。
  4. ^ Parker, Ryan (2019年10月2日). “'South Park' Episode Mocks Hollywood for Shaping Stories to Please China”. The Hollywood Reporter. 2019年10月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年10月5日閲覧。
  5. ^ South Park takes some hard shots at China as Randy grows his weed business”. The A.V. Club (2019年10月3日). 2019年10月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年10月10日閲覧。
  6. ^ 'South Park' Review: 'Band In China' Mocks Hollywood's Addiction To Chinese Box Office”. Forbes (2019年10月3日). 2019年10月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年10月10日閲覧。
  7. ^ a b Rozsa, Matthew (2019年10月3日). “'South Park' takes on Hollywood's pandering to Chinese censorship with sharp words, weak jokes”. Salon. 2019年10月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年10月5日閲覧。
  8. ^ Matisek, Jahara (2019年10月14日). “The Soft Power of an American Cartoon: South Park and the Information War with China”. Modern War Institute. 2020年5月28日閲覧。
  9. ^ a b Brzeski, Patrick (2019年10月7日). “'South Park' Scrubbed From Chinese Internet After Critical Episode”. The Hollywood Reporter. https://www.hollywoodreporter.com/news/south-park-banned-chinese-internet-critical-episode-1245783 2019年10月7日閲覧。 
  10. ^ a b Gstalter, Morgan (2019年10月7日). “'South Park' banned from Chinese internet after critical episode: report” (英語). The Hill. https://thehill.com/homenews/media/464661-south-park-banned-from-chinese-internet-after-critical-episode-report 2019年10月7日閲覧。 
  11. ^ a b Otterson, Joe; Otterson, Joe (2019年10月7日). “'South Park' Creators Respond to China Censorship: 'Xi Doesn't Look Just Like Winnie the Pooh at All'” (英語). Variety. https://variety.com/2019/tv/news/south-park-china-censorship-1203361720/ 2019年10月7日閲覧。 
  12. ^ 黒瀬悦成 (2019年10月8日). “中国、米人気アニメ「サウスパーク」を完全締め出し 中国批判の内容に反発”. 産経新聞. 2019年10月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年10月23日閲覧。
  13. ^ ZeddさんはTwitterを使っています: 「I just got permanently banned from China because I liked a @SouthPark tweet.」 / Twitter

外部リンク[編集]