蒲原鉄道線

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蒲原鉄道線
村松駅跡の敷地内で保管されていた頃のモハ31(2008年解体)
村松駅跡の敷地内で保管されていた頃の
モハ31(2008年解体)
路線総延長 21.9 km
軌間 1067 mm
電圧 600 V 架空電車線方式直流
最大勾配 25 パーミル
最小半径 120 m
最高速度 55 km/h
停車場・施設・接続路線
STR
国鉄信越本線
0.0 加茂駅
eABZlf exABZlg
WBRÜCKE exWBRÜCKE
加茂川
STRlf xKRZo
exBHF
1.1 陣ヶ峰駅
exTUNNEL1
exBHF
2.5 東加茂駅
exBHF
3.4 駒岡駅
exBHF
5.0 狭口駅
exBHF
6.7 七谷駅
exBHF
8.9 冬鳥越駅
exTUNNEL1
exBHF
9.4 土倉駅
exBHF
11.0 高松駅
exWBRÜCKE
exBHF
12.2 大蒲原駅
exWBRÜCKE
exBHF
13.8 寺田駅
exWBRÜCKE
exBHF
16.1 西村松駅
exWBRÜCKE
exSTR
↑1985年廃止
exBHF
17.7 村松駅
exSTRrg exABZrf
exKDSTe exSTR
村松車庫
exBHF
20.9 今泉駅
STRlg exSTR
JR東磐越西線
eABZlf exABZlg
21.9 五泉駅
五泉駅3番線脇に残る蒲原鉄道線の跡。駅から右手に延びる築堤が廃線跡
五泉市内で保管のモハ71クハ10。木造の雨除けは村松駅のホーム上屋を移築したものである
村松駅(廃線後バスターミナルとしての姿)

蒲原鉄道線(かんばらてつどうせん)は、かつて蒲原鉄道が運営していた、新潟県加茂市加茂駅から中蒲原郡村松町(現・五泉市)を経由して五泉市の五泉駅までとを結んでいた鉄道路線である。 1985年春を以って加茂 - 村松間が廃止となり、村松 - 五泉間を結ぶ、僅か4.2kmのミニ路線として知られていたが、1999年秋に全線が廃止された。

目次

[編集] 路線データ

(加茂 - 村松間廃止直前のデータを示す)

  • 路線距離(営業キロ):21.9km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数(起終点駅を含む):15駅
  • 複線区間:なし(全線単線
  • 電化区間:全線(直流600V)
  • 閉塞方式:タブレット閉塞式(東加茂 - 村松間)、スタフ閉塞式(加茂 - 東加茂間、村松 - 五泉間)
  • 最高速度:55km/h

[編集] 歴史

  • 1922年(大正11年)9月22日 蒲原鉄道設立
  • 1923年(大正12年)10月20日 村松 - 五泉間 (4.2km) 開業
  • 1930年(昭和5年)7月22日 東加茂 - 村松間 (15.2km) 延伸開業
  • 1930年(昭和5年)10月20日 加茂 - 東加茂間 (2.5km) 全線開通
  • 1984年(昭和59年)2月1日 全線の貨物営業廃止
  • 1985年(昭和60年)4月1日 加茂 - 村松間 (17.7km) 廃止
  • 1999年(平成11年)10月4日 村松 - 五泉間 (4.2km) 廃止により全線廃止、同社の路線バスに転換

村松 - 五泉間は磐越西線の経路から外れた村松の町と同線を結ぶ目的で開業した。なお、村松 - 五泉間は新潟県内の鉄道路線で初めての電化区間である。

[編集] 車両

1999年の全線廃止時まで使用されていたのはモハ31・モハ41・モハ61・モハ71・クハ10・ED1の6両である。

[編集] 電車

モハ1形およびデ1形(デ1、デ2)
開業時の新造車。東急(目黒蒲田電鉄)モハ1のスケッチと考えられる11m車。デ1は1952年にモハ31に改造名義で廃車、車体は村松で詰所に、台車はデ101→モハ21に転用。デ2は1952年の一斉改番でモハ1と改番、1959年に廃車、車体は同じく村松で詰所に、台車はモハ13→モハ51に転用。廃線時まで村松に残っていた木造廃車体はこの形式のもの。
モハ11形(モハ11-13)
加茂延伸時の増備車。13は後にモハ51形に改造されている。12はワンマン運転対応改造がされていた。1985年の部分廃止時に廃車。
モハ21形(モハ21)
戦後の車両不足の時期に大手私鉄が供出した車両で、1947年名古屋鉄道モ450形・モ455を譲受しデ101とした。1952年にモハ21に改番、翌年にはデ1のブリル製台車に交換した。1979年の廃車まで木造車体をとおした。
モハ31形(モハ31)
手持ち機器を流用した新造車。正面2枚窓。ワンマン運転対応改造車。
モハ41形(モハ41)
側扉がモハ31形の2扉に対し3扉となっている以外はモハ31形と同様の新造車。ワンマン運転対応改造車。
モハ51形(モハ51)
モハ10形13の車体にモハ1形の機器を付けたもの。1985年の部分廃止時に廃車。
モハ61形(モハ61)
西武クハ1231形。1958年譲受。ワンマン運転対応改造車。
モハ71形(モハ71)
元西武クハ1211形。1965年譲受。ワンマン運転対応改造車。
モハ81形(モハ81)
越後交通長岡線。1985年の部分廃止時に廃車。
モハ91形(モハ91)
山形交通三山線モハ106。1985年の部分廃止時に廃車。
クハ10形(クハ10)
国鉄キハ41000形。1950年譲受。1951年に西武所沢工場で改造され、蛍光灯化、ドアエンジン装備、前面の窓は4枚から3枚に改造された。全線廃止まで朝のラッシュ時に使用。

[編集] 客車

ハ1形(ハ1)
1927年京浜電気工業でハニ1として製造された木造ダブルルーフ単車。1948年荷物室撤去でハフ1、1952年の改番でサハ1、1957年の再改番でハ1となった。
ハ2形(ハ2)
阿南鉄道キハ101(1930年雨宮製作所製)。国鉄買収によりキハ4530となった後、1944年に譲受しクハ1としたが単端式気動車を電車の制御車に改造した例は他にない。1957年に運転台を撤去しハ2とした。

[編集] 電気機関車

ED1形 (ED1)
加茂延伸時に日本車輌で新造されたウェスティングハウス風の凸形機関車。貨物営業廃止後は除雪に使用。

[編集] 駅一覧

  • 全駅新潟県内に存在した。所在地の市町村名、接続路線の事業者名は当該区間廃止当時のもの。
    日本国有鉄道は1987年4月1日にJR各社に分割され、信越本線は東日本旅客鉄道(JR東日本)が承継した。村松町は2006年1月1日に五泉市と新設合併し、五泉市となる。
駅名(読み) 駅間営業キロ 累計営業キロ 接続路線 所在地
加茂駅(かも) - 0.0 日本国有鉄道信越本線 加茂市
陣ヶ峰駅(じんがみね) 1.1 1.1  
東加茂駅(ひがしかも) 1.4 2.5  
駒岡駅(こまおか) 0.9 3.4  
狭口駅(せばぐち) 1.6 5.0  
七谷駅(ななたに) 1.7 6.7  
冬鳥越駅(ふゆどりごえ) 2.2 8.9  
土倉駅(つちくら) 0.5 9.4  
高松駅(たかまつ) 1.6 11.0   中蒲原郡
村松町
大蒲原駅(おおかんばら) 1.2 12.2  
寺田駅(てらだ) 1.6 13.8  
西村松駅(にしむらまつ) 2.3 16.1  
村松駅(むらまつ) 1.6 17.7  
今泉駅(いまいずみ) 3.2 20.9   五泉市
五泉駅(ごせん) 1.0 21.9 東日本旅客鉄道磐越西線

歴史上の経緯から、列車は加茂から村松・五泉方面に向かうのが「下り」、五泉から村松・加茂方面へ向かうのが「上り」となっていた。これは加茂 - 村松間が廃止となり、村松 - 五泉間に縮小されてからも踏襲されていた。そのため、磐越西線に接続する五泉が終点で、行き止り駅の村松が起点、という珍しい設定の路線だった。

[編集] 廃線後の状況

[編集] 廃線後の代替交通機関

1985年の加茂 - 村松間廃線後、蒲原鉄道は国道290号などを経由して加茂駅と村松駅を結ぶ路線バス「加茂線」を開設した。また1999年の村松 - 五泉間廃線後、同社は村松駅と五泉駅を結ぶ路線バス「五泉線」を増便した。廃線前から路線自体は運行されており、鉄道線廃止時のダイヤに基づいて増発を行った。

五泉線はその後、村松駅と村松地区東部を結ぶ「川内線」と運行系統を統合して「五泉・川内線」に改称。加茂線を含む路線バスの運行主体は2002年11月1日から、蒲原鉄道本体から子会社の蒲鉄小型バスに移管された。その後運行区間の縮小や減便などを経て、加茂線は2009年10月1日から「加茂市営市民バス」に移管して運行区間を縮小。そして残った五泉・川内線、加茂線の残存区間だった高松線の2路線も2010年9月30日を以って廃止された。翌10月1日からは五泉市が策定した「地域公共交通総合連携計画」に基づき、五泉線は五泉・村松両市街地を循環しながら結ぶコミュニティバス「五泉市ふれあいバス」に転換され、転換後の運行業務は蒲原鉄道・新潟交通観光バス五泉営業所・泉観光バスの3社が共同で受託している。また五泉線以外の路線は事前登録・予約制の「デマンド乗合タクシー」に転換され、これにより蒲原鉄道の一般路線バスは全て廃止された。

その他詳細は「蒲原鉄道#路線」を参照。

[編集] 廃線跡

加茂駅近くの加茂川橋梁はJR信越本線と共有されていたため、複線の信越本線と併せて三線分の幅員があり、現在も蒲原鉄道の架線・レールが撤去された他は枕木などもそのまま残っている。

また、JR信越本線の加茂駅と羽生田駅の間には蒲原鉄道線が信越本線を乗り越していた線路橋の橋桁と築堤が残されており、新潟方面に向かって右手の築堤上には旧陣ヶ峰駅のホームが残されている。

[編集] 参考文献

  • 青木栄一 「昭和52年5月1日現在における補遺」『私鉄車両めぐり特輯』1、鉄道ピクトリアル編集部、鉄道図書刊行会、東京、1977年、補遺3頁。
  • 瀬古龍雄「蒲原鉄道」、『鉄道ピクトリアル』1962年3月号臨時増刊:私鉄車両めぐり2、1962年、pp. 6, 34-38。(再録:『私鉄車両めぐり特輯』1、鉄道ピクトリアル編集部、鉄道図書刊行会、東京、1977年。
  • 瀬古龍雄「蒲原鉄道(私鉄車両めぐり第2分冊補遺)」、『鉄道ピクトリアル』No. 1451963年5月号臨時増刊:私鉄車両めぐり4、1963年、p. 86。(再録:『私鉄車両めぐり特輯』1、鉄道ピクトリアル編集部、鉄道図書刊行会、東京、1977年。
  • 鉄道省 『昭和12年10月1日現在鉄道停車場一覧』 鉄道省(覆刻:鉄道史資料保存会)、東京(覆刻:大阪)、1937年(1986年覆刻)、p. 268。ISBN 4-88540-048-1

[編集] 関連項目

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