番禺区

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中華人民共和国 広東省 番禺区
余蔭山房
余蔭山房
簡称:番、潘、翻


番禺区の位置
番禺区の位置
簡体字 番禺
繁体字 番禺
拼音 Pānyú
カタカナ転記 パンユー
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
広東
副省級市 広州市
行政級別 市轄区
面積
総面積 770.13 km²
人口
総人口(2005) 93.08 万人
経済
GDP(2008) 727.60 億元
電話番号 020
郵便番号 511400
ナンバープレート 粤A
行政区画代碼 440113
公式ウェブサイト http://www.panyu.gov.cn/

番禺区(ばんぐうく)は中国広東省広州市に位置する市轄区

地理[編集]

番禺区は広東省中南部、珠江デルタ(広州市中心部・香港マカオを結ぶ三角形)の中心に位置する。

東は獅子洋に面し、南部は珠江による沖積平野が広がり沙田区と俗称され、西は仏山市南海区、同順徳区及び中山市と、北部は広州市海珠区、南は同南沙区と接している。

歴史[編集]

番禺の名は、区内に位置する番山と禺山にちなみ、任囂城の俗称を“番禺城”と称したことによる。

紀元前214年朝が南海郡を設置した際に、その下に番禺県が設置され郡治の所在地とされた。漢初には南越国がこの地に建国されたが、南越国滅亡後は民国前期まで番禺の地名が沿襲された。

前近代における番禺は広州一帯、あるいは現在の広州市中心部に対する呼称であり、現在の番禺とは範囲を異にする。1921年に広州市政庁が設置され、広州市が正式に発足する。番禺県府は広州市内にとどまった。1933年に県府が現在の番禺区内の新造に移る。1958年1月に禺東、禺北地区が広州市に編入され、同年12月には番禺と順徳県が合併し番順県が誕生したが、半年後には番禺県が再度設置され、中山県の大崗、南沙、黄閣などの地域が新たに番禺県に入った。1992年県級市番禺市となり、2000年に広州市に編入され番禺区となった。2005年には南沙区が分立した。

行政区画[編集]

11街道、5鎮を管轄する。

  • 街道
    • 市橋街道、沙頭街道、東環街道、橋南街道、小谷囲街道、大石街道、洛浦街道、沙湾街道、鍾村街道、石壁街道、大龍街道
    • 南村鎮、新造鎮、化龍鎮、石楼鎮、石碁鎮

経済[編集]

農業では甘蔗落花生などの栽培が盛んである。工業面では自動車関連、製靴・アパレル関連の工場が多く存在する。

交通[編集]

教育[編集]

  • 広州大学城
  • 広東工業大学商学院
  • 番禺職業技術学院