清水沢駅
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 清水沢駅 | |
|---|---|
駅舎(2012年8月)
|
|
| しみずさわ - Shimizusawa | |
|
◄Y22 南清水沢 (1.5km)
(6.6km) 鹿ノ谷 Y24►
|
|
| 所在地 | 北海道夕張市清水沢三丁目 |
| 駅番号 | ○Y23 |
| 所属事業者 | 北海道旅客鉄道(JR北海道) |
| 所属路線 | 石勝線(夕張支線) |
| キロ程 | 8.2km(新夕張起点) |
| 電報略号 | シミ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面1線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
20人/日(降車客含まず) -2005年度- |
| 開業年月日 | 1897年(明治30年)2月16日 |
| 備考 | 社員配置駅 |
| 清水沢駅 | |
|---|---|
| しみずさわ - Shimizusawa | |
|
(4.1km) 塩幌►
|
|
| 所属事業者 | 三菱石炭鉱業 |
| 所属路線 | 大夕張鉄道線 |
| 開業年月日 | 1911年(明治44年)6月1日 |
| 廃止年月日 | 1987年(昭和62年)7月22日 |
1976年の夕張線(当時)の清水沢駅と周囲約1km×1.5km範囲。上が夕張方面。下が紅葉山方面及び右上へ向けて大カーブを切る三菱石炭鉱業大夕張鉄道南大夕張方面(上)及び北炭清水沢炭鉱の石炭積み込み線(下)。ホームは夕張に向かって右側にある駅舎に接する大夕張鉄道の単式ホーム1面1線と、間に4本の留置線を挟んで夕張線用の島式ホーム1面2線が長い跨線橋で連絡するという、国鉄側が駅舎から遠い一風変わった配線になっている。大夕張鉄道のカーブの下には転車台が残されている。北炭の積み込み施設は沼ノ沢の夕張新炭鉱に先立つ1980年の閉山後暫くして解体された。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
清水沢駅(しみずさわえき)は北海道夕張市清水沢3丁目にある北海道旅客鉄道(JR北海道)石勝線(夕張支線)の駅である。駅番号はY23。電報略号はシミ。
目次 |
駅構造 [編集]
単式ホーム1面1線のみを持つ地上駅。交換を行っていた時代は島式ホーム1面2線であった。現在は旧2番のりば(旧下り線)を使用している。ホームと駅舎との間に跨線橋があったが現存しない。駅舎のあたりと線路の向こう側との間に、歩道橋がある。
新夕張駅管理の社員配置駅である。営業時間は7時10分 - 14時00分(日曜・祝日休み)。みどりの窓口はない。
三菱石炭鉱業大夕張鉄道線のほか、北炭清水沢炭鉱専用側線も接続して多数の側線を有していた。
駅周辺 [編集]
1940年代までは農業地帯であったが、その後炭鉱開発により発展した。かつては東部の大夕張地区との接点でもあり賑わったが、現在はその面影も少ない。
歴史 [編集]
かつては石炭を運ぶ貨物列車が多く往来し、三菱大夕張炭鉱、南大夕張炭鉱の両鉱から石炭を運び出す三菱石炭鉱業大夕張鉄道線との結節点として栄えたが、両鉱の閉山により石炭輸送は廃止され、現在は旅客列車のみが発着する。
新夕張 - 清水沢間は北海道最後のタブレット閉塞方式の鉄道路線で、日本国内でも数少なくなった腕木式信号機が使われていた。2004年3月7日限りで交換設備は廃止され、北海道からタブレット閉塞と腕木式信号機は同時に姿を消した。
- 1897年(明治30年)2月16日 - 北海道炭礦鉄道紅葉山駅 - 夕張駅間に新駅として開業(当初は貨物扱いのみで1901年末に旅客扱いを開始したとする説もあり)。
- 1906年(明治39年)10月1日 - 北海道炭礦鉄道の鉄道路線国有化により、国有鉄道に移管。
- 1909年(明治42年)10月12日 - 国有鉄道線路名称制定により、夕張線に属する。
- 1911年(明治44年)6月1日 - 大夕張炭礦専用鉄道(後の三菱石炭鉱業大夕張鉄道線)が開業。
- 1947年(昭和22年)1月16日 - 三菱鉱業大夕張鉄道線乗入れにより共同使用駅となる。
- 1981年(昭和56年)10月1日 - 夕張線が石勝線に改称。石勝線支線に属する。
- 1987年(昭和62年)
- 2004年(平成16年)3月7日 - タブレット閉塞扱い及びスタフ閉塞扱い廃止、閉塞方式を新夕張 - 夕張間を1閉塞とする特殊自動閉塞(軌道回路検知式)に変更。これにより運転要員が不要となり、終日社員配置から平日の日中のみ配置に。
隣の駅 [編集]
参考文献 [編集]
- 奥山道紀・赤城英昭 『三菱鉱業大夕張鉄道』 ネコ・パブリッシング〈RM LIBRARY 47〉、2003年、ISBN 4777050025
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
|
|||||
|
|||||