三菱石炭鉱業大夕張鉄道線

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三菱石炭鉱業大夕張鉄道線
大夕張炭山駅(1971年)
大夕張炭山駅(1971年)
路線総延長 17.2 km
軌間 1067 mm
停車場・施設・接続路線
STR
JR北石勝線
BHF
0.0 清水沢駅
exSTRrg
exBHF
0.4 新清水沢駅 -1947
exBHF
4.1 遠幌駅
exWBRÜCKE
4.2 遠幌加別川橋梁 65.5m
exBHF
7.6 南大夕張駅
exTUNNEL1
8.5 青葉隧道 444m
exBHF
10.2 シューパロ湖駅
exHST
10.3 (臨)農場前駅 -1957
exTUNNEL1
11.3 吉野沢隧道 175m
exWBRÜCKE
13.3 明石沢橋梁 18.5m
exBHF
13.6 明石町駅
exWBRÜCKE
13.7 旭沢橋梁 72.3m
exBHF
15.0 千年町駅
exBHF
15.8 大夕張駅
exBHF
17.2 大夕張炭山駅
exKHSTe
南大夕張駅(1985年)
客車内のダルマストーブ

大夕張鉄道線(おおゆうばりてつどうせん)は、北海道夕張市にあった清水沢駅大夕張炭山駅を結んでいた三菱石炭鉱業鉄道路線である。

目次

[編集] 概要

1911年(明治44年)開業の大夕張炭礦専用鉄道(清水沢 - 南大夕張)の経営主体が三菱合資・三菱鉱業として代わったのち、炭鉱の北部開発により延長され1939年(昭和14年)に三菱鉱業株式会社線(清水沢 - 大夕張炭山)として地方鉄道に改組・開業した。1950年(昭和25年)には美唄鉄道株式会社の吸収により「三菱鉱業大夕張鉄道」となり、1956年(昭和31年)6月国鉄との清算を美唄鉄道との併合清算に変更、「三菱鉱業大夕張鉄道線」となった。

沿線炭鉱の石炭輸送や、夕張岳山麓から森林鉄道により運び出された林産品の輸送に活躍する一方、道路が未整備だった昭和30年代後半まで沿線住民にとっては貴重な足であった。その後炭鉱の経営主体の変遷により1969年(昭和44年)10月には三菱大夕張炭礦株式会社、1973年(昭和48年)12月には三菱石炭鉱業株式会社に譲渡され、相次ぐ閉山・合理化により1987年(昭和62年)7月に廃止された。

[編集] 路線データ

  • 路線距離(営業キロ):清水沢 - 大夕張炭山間17.2km
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:8駅(起終点駅含む)
  • 複線区間:なし(全線単線)
  • 電化区間:なし(全線非電化
  • 閉塞方式:タブレット閉塞式

[編集] 運行形態

鉄道院運転管理下の専用鉄道時代の詳しい運行状況は不明だが、夕張機関庫に所属する機関車が入線し、残された写真から7200形9030形9050形等が入線し石炭輸送に当たっていたことがわかっている。

自営運転開始、地方鉄道化後は9200形9600形C11形が混合列車や貨物列車の牽引に活躍したが1973年(昭和48年)には国鉄DD13形と同等の社形DL55形が導入された。保存目的を別にすると、日本の私鉄で旅客営業に蒸気機関車を用いた路線はここが最後であった。

気動車を導入したことは無く、廃線まで機関車が客車・貨車を牽引する方式だった。混合列車は1967年時点では1日7往復(内1往復は区間列車)、1987年(昭和62年)の廃止直前時点では1日3往復運転されていた。冬季、客車暖房にはダルマストーブが使用され人気を集めた。他に数本の貨物列車があった。

全線廃止直前時点での運賃は初乗り40円、清水沢 - 南大夕張間が60円で、北大阪急行電鉄と並ぶ日本一の低運賃であった。


[編集] 歴史

大夕張炭坑開坑時の二股駅(1912年)
9237号・大夕張炭山駅(1955年)
南大夕張駅の排雪列車(1956年)
さよなら列車・南大夕張 - 遠幌間(1987年)
  • 1911年(明治44年)6月1日 大夕張炭礦専用鉄道 清水沢 - 二股(のちの南大夕張)間7.6km開業(21日説あり)
  • 1916年(大正5年)2月17日 大夕張炭礦が三菱合資会社に合併
  • 1918年(大正7年)4月10日 三菱合資会社炭坑部を分離し三菱鉱業設立
  • 1929年(昭和4年)1月22日 二股駅を南大夕張駅に、北部駅を大夕張駅に改称
  • 1929年(昭和4年)6月1日 南大夕張 - 通洞間9.6km開業
  • 1938年(昭和13年)10月20日 通洞駅を大夕張炭山駅に改称
  • 1939年(昭和14年)4月20日 清水沢 - 大夕張炭山間17.2kmを専用鉄道から地方鉄道に変更。大夕張 - 大夕張炭山間は貨物営業のみ
  • 1940年(昭和15年)9月1日 遠幌加別駅開業
  • 1942年(昭和17年)8月1日 遠幌加別駅を遠幌駅に改称
  • 1945年(昭和20年)5月6日 (臨)農場前駅(初代)開業
  • 1945年(昭和20年)9月1日 大夕張鉱業所に鉄道課設置
  • 1946年(昭和21年)2月1日 (臨)第二農場前駅開業。農場前駅を第一農場前駅に改称
  • 1947年(昭和22年)1月16日 清水沢駅乗入れ。新清水沢駅廃止
  • 1950年(昭和25年)4月25日 三菱鉱業が美唄鉄道を吸収・合併。三菱鉱業大夕張鉱業所鉄道課による「三菱鉱業大夕張鉄道」となる
  • 1950年(昭和25年)11月1日 千年町駅開業。第一農場前駅を通年営業とし明石町駅に改称。第二農場前駅を農場前駅(2代)に改称
  • 1953年(昭和28年)12月25日 大夕張 - 大夕張炭山間旅客営業開始
  • 1956年(昭和31年)6月1日 国鉄との清算を美唄鉄道との併合清算に変更。「三菱鉱業大夕張鉄道線」となる
  • 1962年(昭和37年)6月1日 シューパロ湖駅開業
  • 1969年(昭和44年)10月1日 シューパロ湖駅廃止
  • 1969年(昭和44年)10月1日 清水沢 - 大夕張炭山間を三菱大夕張炭礦に譲渡。三菱大夕張炭礦大夕張鉄道となる
  • 1973年(昭和48年)12月15日 三菱大夕張炭礦が三菱高島炭礦と合併し三菱石炭鉱業に社名変更
  • 1973年(昭和48年)12月16日 三菱大夕張炭鉱閉山に伴い南大夕張 - 大夕張炭山間廃止
  • 1987年(昭和62年)7月22日 三菱南大夕張炭鉱の合理化に伴い、清水沢 - 南大夕張間7.6km廃止

[編集] 駅一覧

清水沢駅 - 新清水沢駅 - 遠幌駅 - 南大夕張駅 - シューパロ湖駅 - (臨)農場前駅 - 明石町駅 - 千年町駅 - 大夕張駅 - 大夕張炭山駅

[編集] 接続路線


[編集] 廃止後の状況

今も残る旭沢橋梁(2002年)

1987年に廃止されたため、およそ20年余を経て沿線の変化は激しい。国道の防災工事や現在進行中の夕張シューパロダム建設工事の影響もあり鉄道の痕跡は確実に消滅しつつある。清水沢駅構外の大夕張炭山駅方にあった転車台跡にはシューパロダム建設に伴い大夕張地区(鹿島)から移転した住民のために集合住宅が建設されている。清水沢・遠幌間にあった葡萄山トンネルも国道の防災工事により消滅した。

遠幌駅舎も既に無く、駅前には北炭遠幌炭鉱の事務所であった建物が残るだけである。遠幌・南大夕張間の遠幌加別川橋梁も橋台・橋脚とも綺麗に撤去されており、遠幌駅の構外側線扱いだった北菱岐線には、石炭積込のポケット(ホッパー)の基礎が残っている。

南大夕張駅跡には三菱大夕張鉄道保存会により客車や石炭貨車などの鉄道車両が保存されている。これらは2001年に「空知の炭鉱関連施設と生活文化」として北海道遺産として指定されたのに加え、2007年11月30日には経済産業省より近代化産業遺産として認定された。

青葉トンネルはシューパロダム堤体建設に伴い、国道迂回路となり拡幅使用されているが、大夕張ダム管理事務所横には崩落覆いが当時のまま残っている。シューパロ湖駅跡も階段と土台が残るだけだが明石町駅跡前後には比較的鉄道の痕跡が多く残っている。清水沢駅方には明石沢(8号)橋梁、大夕張炭山駅方には旭沢 (5号) 橋梁が残り、明石町駅跡にもホームへの連絡地下道の跡が残っている。住民が集団移転した大夕張地区(鹿島)にはダム工事のプラントが設けられ、千年町駅跡の痕跡もない。

大夕張駅跡もコンクリートの基礎が確認出来るだけであり、大夕張炭山駅跡も背後に残るずり山の存在が、かつてここに炭鉱があったことを伝えるだけである。南大夕張から先の廃線跡の大半はダムの完成時には水没する運命にある。

なお、南大夕張以北の廃線跡に並行する国道は2011年12月に新道に切替えられ、旧道はダム工事の専用道路として利用される予定である。

[編集] 保存車両

9600形No. 4号機/石炭の歴史村・SL館
キ1やスハニ6等の保存車両/南大夕張駅跡

[編集] 参考文献

  • 青木栄一 「昭和52年5月1日現在における補遺」『私鉄車両めぐり特輯』1、鉄道ピクトリアル編集部、鉄道図書刊行会、東京、1977年、補遺3頁。
  • 今井静也「三菱大夕張炭砿大夕張鉄道」、『鉄道ピクトリアル』No. 2591971年12月臨時増刊、1971年。
  • 大夕張の記憶編集委員会(編) 『写真集・大夕張の記憶』 読売新聞北海道支社、2007年。
  • 奥山道紀「三菱大夕張鉄道の現在(RM LIBRARY通信)」、『レイルマガジン』No. 2512004年8月号、2004年、 pp. 104-107頁。
  • 奥山道紀・赤城英昭 『三菱鉱業大夕張鉄道』 ネコ・パブリッシング〈RM LIBRARY 47〉、2003年。ISBN 4777050025
  • フロンティア研究所(編) 『三菱鉄道76年の軌跡・炭鉱と鉄道とまち』 ふるさと夕張会事務局、1987年。
  • 星良助「三菱鉱業大夕張鉄道」、『鉄道ピクトリアル』No. 128私鉄車両めぐり第2分冊、1962年3月臨時増刊号、 pp. 1, 9-14頁。(再録:『私鉄車両めぐり特輯』1、鉄道ピクトリアル編集部、鉄道図書刊行会、東京、1977年。
  • 星良助「三菱鉱業大夕張鉄道(私鉄車両めぐり第2分冊補遺)」、『鉄道ピクトリアル』No. 145私鉄車両めぐり第4分冊、1963年5月臨時増刊号、 p. 86頁。(再録:『私鉄車両めぐり特輯』1、鉄道ピクトリアル編集部、鉄道図書刊行会、東京、1977年。
  • 宮脇俊三 「三菱鉱業大夕張鉄道」『鉄道廃線跡を歩く』4、JTBパブリッシング、1997年。ISBN 4-533-02857-8

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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