森山加代子

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森山 加代子(もりやま かよこ、1942年2月23日 - )は、北海道函館市出身の日本の歌手。夫がいる。

目次

[編集] 概略

1960年代は洋楽をベースとしたコミカルなイメージのカバー曲を中心に数多くのヒットソングを歌い、1970年代に入ってからは「白い蝶のサンバ」の歌謡曲が大ヒットした。ニックネームは「かよチャン」。

1958年夏、札幌のジャズ喫茶『ロータリー」で歌っていたところを、マナセプロダクション社長の曲直瀬正雄にスカウトされて上京する。水原弘率いる『水原弘とブルーソックス』の専属シンガーとなる。1959年12月の日劇ウエスタン・カーニバルに初出場。

1960年6月、イタリアの歌手ミーナmina)の『月影のナポリ』(Tintarella di luna)の日本語カバーでレコード・デビュー。『月影のナポリ』は50万枚を売り上げて、いきなりの大ヒットとなる。続く『メロンの気持』『月影のキューバ』などヒットを連発。ミュージック・ライフ誌の人気投票女性部門で第1位に選ばれる。また新人としては異例の早さで同年のNHK紅白歌合戦に初出場。以降『じんじろげ』『パイのパイのパイ』など歌謡曲やカバー曲で数々のヒットを飛ばす。特に1961年リリースの作詞渡舟人、作曲中村八大の『じんじろげ』は、その年の流行語になる。27歳で結婚。結婚後もクラブやジャズ喫茶でライブ中心の活動をしていた。

1970年にリリースした作詞阿久悠、作曲井上かつおの『白い蝶のサンバ』は、早口言葉のような出だしのサンバの軽快なリズムにのせた純国産のポップな歌謡曲で、大ヒットしてミリオンセラーとなる。前年、出演中の新潟のクラブの楽屋にやって来た水原弘に、もう一度メジャーでやってみないかと励まされ、数曲の候補曲の中から森山自身が選定し再起を期してリリースしたのが『白い蝶のサンバ』である。この曲でこの年のNHK紅白歌合戦に、8年振り4度目の出場。その後も、舞台やショーで歌手として活動。

[編集] 代表曲

[編集] NHK紅白歌合戦出場歴

  • 第11回 (1960年12月31日、日本劇場(日劇)) 『月影のキューバ』
  • 第12回 (1961年12月31日、東京宝塚劇場) 『シンデレラ』
  • 第13回 (1962年12月31日、東京宝塚劇場) 『五ひきの仔ブタとチャールストン』
  • 第21回 (1970年12月31日、東京宝塚劇場) 『白い蝶のサンバ
    • このうち、第21回は映像が現存し、2008年8月17日放映の『BSまるごと大全集 作詞家・阿久悠の世界 時代を作り、時代を紡いだ歌』(NHK)の中でも、森山の歌唱シーンの映像が全編紹介されている。

[編集] 映画

  • 俺の故郷は大西部(1960年)
  • 俺たちに太陽はない(1960年)
  • 悲しき60才(1961年)
  • 黒い十人の女(1961年、市川崑監督) - *キネマ旬報ベストテン第10位
  • 可愛いめんどりが歌った(1961年)
  • アワモリ君売出す(1961年)
  • アワモリ君乾杯!(1961年)
  • アワモリ君西へ行く(1961年)
  • 九ちゃん音頭(1962年)
  • 歌う明星 青春がいっぱい(1962年)
  • その結婚異議あり(1963年)
  • 夕陽が呼んだ男(1970年)

[編集] ドラマ

[編集] テレビ番組

[編集] 脚注

  1. ^ 一般的にはペレス・プラードのアレンジによるローズマリー・クルーニーの英語詞による歌唱で知られるが、森山のバージョンは当時契約していた東芝音楽工業が発売権を有していたフランク・プゥルセルのアレンジによるスペイン語でのフランス録音を底本とした。
  2. ^ 当時のアルマ・コーガン盤の日本盤のジャケットには『Pocket Transistor』、レーベルには『Pocket Transistor (Just Couldn't Resist Her With Her)』と表記されていた。

[編集] 関連項目

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