棚
棚(たな)とは、主に収納を目的した構造物、あるいは家具。究極的には上にものが置ける棚板の事である。なお、前面に扉をつけた構造物または家具を戸棚(とだな)という。家具のみならず、商品陳列に用いられる棚もある(後述)。
棚板を壁に取り付けたり、組み合わせて家具を作る。「本棚」、「食器棚」、「藤棚」など様々な棚が存在している。主にオフィス家具や什器としての棚のことを英語風に「ラック」とも呼ばれる。「移動可能な棚」と「壁設置式の棚」とに分類される(後者に書院造の「床脇棚」がある)。
こうした実用具としての棚以外にも宗教面で用いられる「神棚」(近世江戸期以降に登場)もある。
現代では棚の利用法は多様化しており、本棚であっても本を収納せず、集めたフィギュア(人形)コレクションなどの玩具を飾るといった利用法や博物館でいえば資料・標本・遺物・レプリカといった多目的なもの(見学物・実験物)を載せ、来客に見せ、理解を深めることを目的とする場合もある。博物館で用いられる棚は家具というより商品を陳列する「見世棚(みせだな)」と同様、「見せる為の棚」である(民具・家具を載せた棚もある)。博物館で用いられる棚では、ものを永く大衆に見せる為、ものを保護する必要があり、防犯対策や天災対策という観点も含めて、ガラスケースで覆われている場合がある(これは貴金属や宝石を載せる棚でも見られる)。形状も多様で、見せるものに合わせて、円柱状の棚が用いられる場合もある。また、台上に品物を載せるという意味では、屋台で用いられる台も広義では棚である。
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[編集] 日本における歴史
平安貴族の什器=日用家具の一つとして、下段に両開きの扉が付いた棚である「二階厨子(ずし)」があり、上に「唾壺(だこ)」(唾を吐き入れる器)などを置いた。また、「二階棚」も貴族にとって必需品であり、上に「半挿(はんぞう)」(湯や水を注ぐ器)を置いた。このように、平安期における棚は、器を置くものであった。
鎌倉時代になり、武家社会において書院造が登場し、南北朝から室町期に整えられていく過程で、床の間と共にその脇壁に設置された「違い棚」(「床脇棚」の一つ)が登場する事となる(壁設置式の棚)。江戸期では、客に合わせ、この違い棚にその人が好みそうな本などを置いてもてなした(古くは、上段と下段では置く物が決められていた)。近世江戸期に登場する「神棚」も分類的には、壁設置式の棚である。
「床脇棚」のような壁設置式棚の利点として、地震が起きた際、本棚のように人に向かって倒れたり、人めがけてぶつかって来るといった凶器とならない点があり、欠点としては、重量が大きいものは載せられないという点がある(棚下の空間を確保するその構造上、中腹部に脚立といった支えるものがない為)。
草庵の形式として、部屋の外に設置する「閼伽棚」が存在する(神棚と同様、宗教で用いられる棚であるが、神棚が部屋内に対し、閼伽棚は外に設置される)。
[編集] 画期的だった日本の「見世棚」商法
商店において、道側に陳列台を造り、その上に品物(売り物)を載せ、道行く人に売る方法があるが、この陳列台を「見世棚(みせだな)」という。言葉自体は鎌倉時代末頃より登場し、それは台を高くして「見せる」から「見世」となり、室町期になり、「店」となった。この見世棚を用いた商法は、当時の中国・朝鮮にはあまり見られず、永享年間(15世紀初めから中頃)に来日した朝鮮通信使の朴瑞生(ぼくずいせい)が京都の町の様子を見聞した際の報告として、「日本の市の人々は店の軒に板を使って壇を設け、物を売るから塵にまみれず、買う人も見やすい。我が朝鮮の市では魚肉などの食物も地面に置いて売っている。日本の風にならって改良したいものだ」と見世棚について感心したことが記述されている。このことからも中世の日本において登場した見世棚が衛生上と商業上の両面で東アジア各国から見ても画期的だったことがわかる。以降、現代に至るまで、商品陳列に棚は欠かせない存在となっている。
[編集] 備考・その他
- 階段状になったものを棚と表現する事もある。大陸棚、棚田など。ただし、雛人形を飾る「雛壇」(これも階段状の棚板)は通俗的には棚と呼称されない。
- 和美術の分類で棚などに配置する事を目的として作られた作品を「棚物」という。例として、「盆栽棚」がある(盆栽の項に複数棚の画像が見られる)。
- 棚という語を用いた日本のことわざとして、「棚から牡丹餅」がある。
- よく用いられる家具であることから、へそくりを隠す場所に選ばれる面がある。
- 本棚など大きく重たい棚は、地震の際、人に倒れて凶器となる恐れがあり、地震が多い日本などの国では、地震対策として固定器具といった関連商品が推奨されている。例として、「転倒防止シート」があり、歴史上、棚が人に倒れてくることが多かったゆえ発展した道具といえる。