ワルシャワ地下鉄
| ワルシャワ地下鉄 | |||
|---|---|---|---|
ビエジブノ駅
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| 基礎情報 | |||
| 所有者 | ワルシャワ市 | ||
| 所在地 | ワルシャワ | ||
| 種別 | 地下鉄 | ||
| 路線数 | 1 | ||
| 駅数 | 21 | ||
| 日乗客数 | 553,000(2009年の平日) [1] | ||
| 運営 | |||
| 開業日 | 1995年 | ||
| 運営者 | Metro Warszawskie | ||
| 仕様 | |||
| 路線総延長 | 23.1 km | ||
| 軌間 | 標準軌 (1,435 mm) | ||
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ワルシャワ地下鉄(ワルシャワちかてつ、ポーランド語: Metro warszawskie)は、ポーランドの首都ワルシャワで運行されている地下鉄である。ワルシャワの都心と、人口の多い北部および南部の郊外を結ぶ南北の路線1本で構成されている。最初の区間は1995年に開業し、徐々に延長を繰り返して、2008年10月に当初計画された全長に達した。数年内に、建設中に省略された2駅を追加で建設する計画がある。東西を結ぶ2番目の路線の最初の区間の建設契約は2009年10月28日に結ばれ[2]、2010年8月16日に着工されて[3]、2013年末に完成する計画となっている。
目次 |
歴史[編集]
ワルシャワに地下鉄を建設する計画は、ワルシャワがポーランドの首都の地位を回復した1918年にまで遡る。地下の鉄道が、建物が密集する都心部の交通問題を解決する方法として期待された。ワルシャワの路面電車当局は、地下鉄を1920年代末には着工する計画で、1925年に事前計画とボーリング調査が開始された。しかし世界恐慌によってこの計画は葬り去られた。ステファン・スタジンスキ (Stefan Starzyński) が1934年にワルシャワの新市長に選出されると、地下鉄計画は再開された。市長は1920年代に作られた地下鉄計画に若干の修正を加え、1930年代末には建設に着手することを計画し、当時計画されていた2本の路線のうち最初の方は1940年代半ばまでに完成する予定となっていた。その時点で、地下鉄網の計画は2路線で構成されていた。A線は南北方向に走っており、全長7.5 kmでこんにちの路線におおむね沿っていた。南端はモコトゥフ (Mokotów)、北端はジョリボルシェ (Żoliborz) であった。この路線は、新しく建設されるワルシャワ中央駅やそれに続く都市を東西に横断する鉄道トンネルと交差する計画になっていた。B線は東西方向に走っており、全長6.3 kmで西端のボラ (Wola) からフウォドナ通り (Chłodna) に沿って進み、サスキ宮殿 (Saxon Palace) の下にあるpivotal駅を通って、ヴィスワ川の急斜面に達する。そこから路線は地上に出て、ヴィスワ川に新しく架けられた橋を渡り東端のワルシャワ・フスホドニャ駅 (Warszawa Wschodnia) に達する。合計して、35年で7路線が建設されることが計画されていた。工事はついに1938年に開始されたが、第二次世界大戦によりこの工事は中止となってしまった。1938年に建設された短いトンネルは、現在ではワインセラーとして使用されている。
第二次世界大戦ではワルシャワは大きな被害を受けた。大戦前の計画のほとんどは戦争中に中止に追い込まれたが、計画を策定した技術者のほとんどは戦争を生き延びて、計画の再開に参画すべくワルシャワに戻ってきた。しかし大戦後のポーランドの共産政権は、大戦前の構想とはまったく異なる都市計画を描いていた。理想的な共産主義者の都市として、ワルシャワは分散化され都心へ通勤する必要性はあまりなくなった。このためワルシャワ復興事務所は多くの技術者を、深い掘割で町を通過する高速都市鉄道 (SKM: Szybka Kolej Miejska) の計画の準備に割り当てた。大戦前のA線の計画に大半の点で沿っていた計画であったが、中央駅のみが地下に設置されることになっていた。しかし1940年代末にはこの計画は中止された。この代わりに1948年に異なる計画が検討された。今度はSKMは深さ15 mを通る地下鉄として計画された。提案された南北方向の路線は、都心部で並行な3本の支線を持ち、ヴィスワ川に沿って発展する都市計画に沿っていた。しかしこの計画は着工されず、再び計画は破棄された。
1950年代には冷戦が激しくなり、ソビエト連邦の戦略計画により、ヴィスワ川を渡る安全な交通機関が必要とされた。これを達成する1つの手段として、ワルシャワに深さ46 mにおよぶ深層の地下鉄網を建設する方法があり、地上の鉄道網と接続して兵員輸送手段とすることができた。計画では最初の路線は全長約11 kmで南北方向になり、ヴィスワ川を横断する支線を都心部で分岐することになっていた。川の両岸の合計17箇所で同時にこの工事は着手された。1953年までに771 mの長さのトンネルが建設された。しかしヨシフ・スターリンが死去してデタントが始まると、技術的問題という理由ですべての工事が凍結された。その後数年間は、分岐点のトンネルと1箇所のシールドトンネルだけが建設を続けられた。こうした工事は、ワルシャワの地下の地層を掘りぬく最適な方法を検討するために実験的に行われていた。第四紀の土壌の下に鮮新世の粘土が広がる構造になっていたのである。最終的に1957年にすべての工事が中止となった。
1955年からは、浅い地下鉄の計画に再び戻ってきた。しかし計画策定は遅々として進まず、また経済状況から以降の共産政権は大きな事業を実際に開始することができなかった。最終的に1984年に、計画は政府に承認されて、最初のトンネルが建設された。資金の不足、問題のある計画、冗長な官僚主義のためにこの工事の進捗はとても遅く、1日に2 mを超えることは無かった。地下鉄は1995年に合計11駅で開業した。路線は2011年時点で約20 kmの長さで全部で21駅ある。
将来計画[編集]
ワルシャワを東西に横断し、ヴィスワ川の東岸のPragaで北に向きを変える、2番目の路線が計画されており、またPragaから南へ向かう短い3番目の路線も計画されている。どちらも初期の計画にあった路線を短縮したものである。建設は2010年に着手され、2013年末に完成予定となっている。
1番目の路線(1号線)は初期に提案されていた、より東や西へも伸ばす計画(そのうち一方は計画中の4号線になる)に比べて妥協して、市内でも重要な場所のいくつかには行かない計画となった。たとえば、ワルシャワの主な観光地であるが公共交通の不十分なワルシャワ旧市街は直接通っておらず、その西側およそ600 mのところを通っている。また、ワルシャワ中央駅も通っておらず、最寄り駅は400 m以上東にある。計画中の2号線も中央駅を通らず、最寄りの駅は約400 m北にある。さらに1号線、つまり直近でのワルシャワでの地下鉄網は、ヴィスワ川の西岸に限られており、ワルシャワの都心と東岸を結ぶ大きなボトルネックとなっているヴィスワ川の橋の問題を解消することができない。オケンチェ空港(ワルシャワ・フレデリック・ショパン空港)へ結ぶ3号線の計画は、見通し可能な将来の範囲では破棄されている。
交通計画の担当者は、ワルシャワの西部郊外を走るワルシャワ通勤鉄道 (WKD) はワルシャワの路面電車網または地下鉄あるいは将来的な近郊鉄道網とより緊密に統合することができると提案している。最初のそうした計画は1930年代末に準備されており、都心部を東西に抜ける鉄道トンネルはそうした鉄道と地下鉄が共用できるようになっていた。1990年代半ばにワルシャワ通勤鉄道、ポーランド国鉄、ワルシャワ地下鉄は一時的に統合されて、ワルシャワのトラベルカードは近郊鉄道でも有効となった。しかしこの提案は、1999年に経済的な問題から破棄されてしまった。
運行上の特徴[編集]
車両[編集]
1つだけの車両基地が、カバティ駅 (Kabaty) の南にある。ポーランド国鉄のワルシャワ=オケンチェ駅と車両基地を結ぶ単線の連絡路線が存在する。この路線は電化されておらず、時折車両の交換に使用されているだけである。
当初は、すべての車両はロシア製であった。この車両は旧ソビエト連邦からの供与として地下鉄が開通する5年前の1990年にワルシャワへ到着したもので、モスクワ近郊のムィティシにあるメトロワゴンマーシュ (Metrovagonmash) で製造された、81-717.3/714.3型10両である。追加の車両として、サンクトペテルブルクのエゴロフ工場 (Yegorov) から1994年に81-572/573型32両が、そして1997年に81-572.1/573.1型18両が届いた[4]。
1998年にアルストムに108両の新車が発注された。これらの車両は2005年までに納入された[5]。このうち24両がバルセロナで、残りがホジュフで製造された[6]。2006年には追加車両がロシアに発注され、2007年中に納入された。これは既存のロシア製編成に追加して編成を長くするためのものであった。
2011年現在、40編成中15編成がロシア製の古い車両で、7編成がロシア製の新しい車両で、18編成がアルストム製の車両となっている。ロシア製とアルストム製の車両は互換性が無く、同じ編成に連結して使うことはできない。
2011年2月には、シーメンス製の"Inspiro"を35編成発注する契約が結ばれた。このうちのかなりの部分は、ポーランドのNewagが製造を担当することになる。
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シフィエントクシスカ駅 (Świętokrzyska Station)
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ラトゥシュ・アルセナウ駅 (Ratusz Arsenał Station)
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プル・ビルソナ駅 (Plac Wilsona Station)
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マリモント駅 (Marymont Station)
将来的な拡張[編集]
- Plac Konstytucji駅とMuranów駅は、当初の計画に含まれていながら費用削減のために省略され、2009年までに建設される計画であったがこれも建設が始まっておらず、近日中に着工の見通しは無い。[1].
- 2号線の最初の区間(中央部分)[2]は、7駅で構成される予定である。Rondo Daszyńskiego駅、Rondo ONZ駅、Świętokrzyska駅、Nowy Świat駅、Powiśle駅、Stadion駅、Dworzec Wileński駅である。ヴィスワ川の下をPowiśle駅とStadion駅の間でくぐる。この区間の建設資金の多くは欧州連合によって保証されており、建設工事は2010年8月に開始された。当初計画されていた、UEFA欧州選手権2012までのこの区間の完成は楽観的に過ぎ、2013年秋頃までの完成を予定している。この路線は1号線に比べて速い建設を可能とする新しい掘削技術が用いられる。全部で28駅となる残りの区間はそのあと建設される予定である。2号線用(一部1号線用)の35編成の入札が実施され、シュコダとワゴンマーシュが最低価格を入札したが[7]、シーメンス/Newagが多くの得点を得て発注業者に選ばれた[8]。
年表[編集]
| 区間 | 開業日 | 距離 (km) |
|---|---|---|
| カバティ (Kabaty) – ポリテフニカ (Politechnika) | 1995年4月7日 | 11.0 |
| ポリテフニカ (Politechnika) – ツェントルム (Centrum) | 1998年5月26日 | 1.4 |
| ツェントルム (Centrum) – ラトゥシュ・アルセナウ (Ratusz Arsenał) | 2001年5月11日 | 1.7 |
| ラトゥシュ・アルセナウ (Ratusz Arsenał) – グダンスキ (Dworzec Gdański) | 2003年12月20日 | 1.5 |
| グダンスキ (Dworzec Gdański) – プル・ビルソナ (Plac Wilsona) | 2005年4月8日 | 1.5 |
| プル・ビルソナ (Plac Wilsona) – マリモント (Marymont) | 2006年12月29日 | 0.9 |
| マリモント (Marymont) – スウォドビエツ (Słodowiec) | 2008年4月23日 | 1.0 |
| スウォドビエツ (Słodowiec) – ムウォチニ (Młociny) | 2008年10月25日[9] | 3.0 |
| 合計 | 21駅 | 23.1 km |
乗車券[編集]
世界中の地下鉄網の中でも珍しいことに、乗車券は運営している会社自体は販売しておらず、郵便局や新聞売店などで発売されている。しかしこの運賃制度は地下鉄だけではなく、バスや路面電車、近郊電車などワルシャワのすべての公共交通に共通となっている。1回乗車券、1日乗車券、週間乗車券に加えて、非接触式乗車カードもあり、1回乗車券より安く乗車することができる。
脚注[編集]
- ^ Annual Report 2009 (Raport roczny 2009) - ポーランド語および英語 page 10 (16+17) (strona 10 (16+17))
- ^ website of Warsaw Metro - Line II information and maps
- ^ PAP. “Wielka chwila: ruszają prace przy drugiej linii metra” (Polish). Gazeta.pl. 2010年8月13日閲覧。
- ^ “Метровагоны” (ロシア語). 2011年6月12日閲覧。
- ^ “Warsaw Metro”. ALSTOM Cars. 2011年6月12日閲覧。
- ^ “Przegubowiec” (ポーランド語). Tabor Metra Warszawskiego. 2011年6月12日閲覧。
- ^ “2010-10-01”. 2010年10月5日閲覧。
- ^ “Railway Gazette: Warszawa metro selects Siemens Inspiro”. 2010年10月16日閲覧。
- ^ First train to pull into Mlociny metro station. Polskie Radio. 2008年10月25日
参考文献[編集]
- various authors (1962). Jan Rossman. ed. Studia i projekty metra w Warszawie; 1928-1958. Warsaw: Arkady. pp. 391.
外部リンク[編集]
- (ポーランド語)/(英語) Metro Warszawskie ワルシャワ地下鉄公式ページ
- (ポーランド語)/(英語) Construction the second line of Warsaw Metro ワルシャワ地下鉄2号線建設公式ページ
- (英語) Urbanrail.net ^ ワルシャワ地下鉄ガイド
- (ポーランド語) Television TVPW - ワルシャワ地下鉄に関する映像
- (ポーランド語) Television TVPW - スヴォドビエツ駅開業の映像
- (ポーランド語) Television TVPW - ワルシャワ地下鉄の建設に関する映像
- (ポーランド語) Television TVPW - ワルシャワ地下鉄の信号システムに関する映像