ミリヤナ・ルチッチ

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Australian Open 2013 - Mirjana Lucic-Baroni.jpg
ミリヤナ・ルチッチ
基本情報
ラテン文字名 Mirjana Lučić
フルネーム Mirjana Lučić-Baroni
国籍 クロアチアの旗 クロアチア
出身地 ドイツ・ドルトムント
生年月日 1982年3月9日(32歳)
身長 181cm
体重 65kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1997年
ツアー通算 4勝
シングルス 2勝
ダブルス 2勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 2回戦(1998)
全仏 3回戦(2001)
全英 ベスト4(1999)
全米 3回戦(1997・98)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 優勝(1998)
全仏 3回戦(2013)
全英 ベスト8(2013)
全米 3回戦(2013)
優勝回数 1(豪1)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全英 準優勝(1998)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 32位(1998年5月11日)
ダブルス 19位(1998年10月26日)
2013年10月31日現在

ミリヤナ・ルチッチMirjana Lučić, 1982年3月9日 - )は、クロアチアの女子プロテニス選手。1998年全豪オープン女子ダブルスでマルチナ・ヒンギスとペアを組んで優勝した。ドイツドルトムントに生まれる。自己最高ランキングはシングルス32位、ダブルス19位。WTAツアーでシングルス2勝、ダブルス2勝を挙げた。身長181cm、体重65kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。

来歴[編集]

ルチッチは4歳の時、姉がテニス・スクールで練習する姿を見てテニスを始めたという。1996年全米オープンジュニア女子シングルス部門に14歳で優勝し、1997年全豪オープンでもジュニア女子ダブルスで優勝した。同年4月末に15歳でプロ入りした後、いきなり翌週の5月4日に地元クロアチア・ボル大会で優勝する。プロ・デビュー戦の決勝でコリーナ・モラリューアメリカ)を 7-5, 6-7, 7-6 で破った。全仏オープン直前のフランスストラスブール大会でも決勝に進出し、憧れの人シュテフィ・グラフに 2-6, 5-7 で敗れた。当時の女子テニス界では、1995年1月から15歳-17歳の若年選手に対する試合出場制限が強化され、年齢に応じた段階的な出場試合数を定めていた。そのため、1997年当時のルチッチはWTAツアー大会の出場が「年間8試合」に制限されていたが、全米オープン直前には世界ランキングを63位まで上げていた。この大会で4大大会デビューを認められたルチッチは、3回戦で第3シードのヤナ・ノボトナと 2-6, 7-6, 3-6 のフルセットを戦った。

1998年全豪オープンで、ルチッチは女子ダブルスでマルチナ・ヒンギスとペアを組み、決勝でリンゼイ・ダベンポート&ナターシャ・ズベレワ組を 6-4, 2-6, 6-3 で破って初優勝した。翌週の「東レ パン・パシフィック・オープン・テニストーナメント」でもヒンギスとのペアで、ダベンポート&ズベレワ組を破って2週連続優勝を果たす。5月初頭にはクロアチア・ボル大会の決勝で再びモラリューを破り、大会2連覇を果たした。しかし、その頃からルチッチのテニスは「球種の単調さ」を対戦相手に研究されていた。早熟選手としての人気を買われて、ウィンブルドン2回戦では同じ16歳のセリーナ・ウィリアムズとの対戦でセンター・コートに立ったが、黒人姉妹の妹セリーナに 3-6, 0-6 で完敗してしまう。このウィンブルドン選手権では、ルチッチは混合ダブルス部門でインドマヘシュ・ブパシとペアを組んで準優勝している。その後、全米オープンでは2回戦で日本沢松奈生子を 4-6, 6-1, 6-1 の逆転で破ったが、3回戦ではグラフに 1-6, 1-6 であっけなく敗れた。

ルチッチの選手経歴のハイライトは、1999年ウィンブルドンでのベスト4進出である。3回戦で第4シードのモニカ・セレシュを 7-6, 7-6 で破ったルチッチは、準々決勝でも芝生コートがで得意なナタリー・トージア1998年度の女子シングルス準優勝者)を 4-6, 6-4, 7-5 で破り、準決勝では第2シードのシュテフィ・グラフから第1セットを 7-6 で奪った。しかしグラフに続く2セットを 6-4, 6-3 で奪い返され決勝進出はならなかった。この後、2000年全豪オープン1回戦でマルチナ・ヒンギスに完敗した。

ルチッチはツアーから離れた時期もあったが、2010年ウィンブルドン選手権の予選決勝でミハエラ・クライチェクを 6-3, 6-2 で破り2002年全米オープン以来8年ぶりの4大大会本戦出場を果たした。1回戦で第14シードのビクトリア・アザレンカに 3-6, 3-6 で敗れている。続く全米オープンでも予選を勝ち上がり、本戦1回戦でアリシア・モリクを 7-6(5), 6-1 で破り2002年全仏オープン以来の4大大会での勝利を挙げた。2012年ウィンブルドン選手権では予選を勝ち上がり、2回戦で第9シードのマリオン・バルトリを 6-4, 6-3 で破り2001年全仏オープン以来の4大大会3回戦に進出している。

ルチッチは2011年11月15日にダニエレ・バローニ(Daniele Baroni)と結婚し、結婚後はミリヤナ・ルチッチ=バローニ(Mirjana Lučić-Baroni)と名乗っている[1]

WTAツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 2回 (2勝1敗)[編集]

大会グレード
グランドスラム (0–0)
ティア I (0–0)
ティア II (0–0)
ティア III (0–1)
ティア IV & V (2–0)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 1997年5月4日 クロアチアの旗 ボル クレー アメリカ合衆国の旗 コリーナ・モラリュー 7–5, 6(4)–7, 7–6(5)
準優勝 1. 1997年5月24日 フランスの旗 ストラスブール クレー ドイツの旗 シュテフィ・グラフ 2–6, 5–7
優勝 2. 1998年5月3日 クロアチアの旗 ボル クレー アメリカ合衆国の旗 コリーナ・モラリュー 6–4, 6–2

ダブルス: 3回 (2勝1敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
優勝 1. 1998年2月1日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード スイスの旗 マルチナ・ヒンギス アメリカ合衆国の旗 リンゼイ・ダベンポート
ベラルーシの旗 ナターシャ・ズベレワ
6–4, 2–6, 6–3
優勝 2. 1998年2月8日 日本の旗 東京 カーペット (室内) スイスの旗 マルチナ・ヒンギス アメリカ合衆国の旗 リンゼイ・ダベンポート
ベラルーシの旗 ナターシャ・ズベレワ
7–5, 6–4
準優勝 1. 1998年5月3日 クロアチアの旗 ボル クレー 南アフリカ共和国の旗 ヨアネット・クルーガー アルゼンチンの旗 ラウラ・モンタルボ
アルゼンチンの旗 パオラ・スアレス
棄権

4大大会シングルス成績[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004–2009 2010 2011 2012 2013 通算成績
全豪オープン A 2R 1R 1R A A A A A 1R LQ 1R 1–5
全仏オープン A A 1R 1R 3R 2R LQ A A 1R 1R 1R 3–6
ウィンブルドン A 2R SF 2R LQ A LQ A 1R 1R 3R 2R 10–7
全米オープン 3R 3R 2R 1R LQ 1R LQ A 2R 2R 1R 1R 7–9

脚注[編集]

外部リンク[編集]