デイビー・クロケット (戦術核兵器)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
M-388 デイビー・クロケット メリーランド州アメリカ陸軍兵器博物館(日本での通称は「アバディーン戦車博物館」)の展示品

M-388 Davy Crockett(デイビー・クロケット)アメリカ合衆国が開発した戦術核兵器の一つ。

名称はアラモの戦いで玉砕した英雄デイヴィッド・クロケットの名に因む。

開発の経緯[編集]

第二次世界大戦後のアメリカは、ソ連が戦争行為を仕掛けてきた場合、即座に戦略核兵器で報復攻撃を行うという「大量報復戦略」を取っていた。しかし、この戦略では大国間の直接戦争は抑止できても、朝鮮戦争のような、大国同士が直接戦争行為を行わない「小さな戦争」、大国の同盟国間において行われる「局地戦」は抑止することができなかった。このため、「小さな戦争(局地戦)」から「大きな戦争(全面戦争)」まで、様々な段階に対応した核兵器のバリエーションを増やすことが必要だと考えられた。

歩兵部隊が手軽に運用できる大きさの核兵器を装備することは、NATO軍に比べ圧倒的に数的優位をもっていたソ連軍に対する抑止力として大いに期待され、威力が小さくとも通常兵器と同じように使える「手軽な核兵器」の開発が急務とされた。

開発[編集]

運用試験中のデイビー・クロケット 1961年3月メリーランド州アバディーン性能試験場での撮影

こうして開発計画は高い優先順位を与えられて開始された。当初は既存の無反動砲の弾頭として通常の無反動砲弾薬と同じように装填・発射される「無反動砲用核弾頭」であったが、人力もしくは軽車両によって搬送できる大きさの無反動砲の弾頭のサイズの核弾頭を開発することは困難であり、また既存の無反動砲では確保できる射程が必要とされる核弾頭の威力半径を下回ってしまうため、計画は専用の発射装置として開発する新型無反動砲を用いた外装式の弾頭に変更された。

発射装置である無反動砲は兵士が肩に担いで運用できる小型のものと、三脚架台に載せる、もしくは軽車両に搭載して運用する大型のものが構想され、前者はXM-28 4インチ無反動砲として、後者はXM-29 6インチ無反動砲として試作品が完成したが、サイズ、重量的にXM-28を個人が肩担して運用することは不可能で、XM-28も地上設置もしくは車両搭載型の無反動砲として完成した。

計画の要である小型核弾頭の開発は難航したが、1961年にはアメリカの核兵器開発の権威であるセオドア・ブリュースター・テイラーによって当時世界最小(装置総重量23kg)の核弾頭であるW54が完成し、これは即座にこの計画に応用され、M-388“Davy Crockett”として完成した。

配備[編集]

M-388は開発が終了した1961年からただちに生産が開始され、総数2,100発が製造された。生産された弾頭及び発射装置は1961年から1971年にかけて主に西ドイツに駐留する米軍に配備された。

冷戦終結にともないアメリカは1991年9月にヨーロッパからの地上発射式戦術核の撤去を宣言した。こうしてM-388は一度も実戦で使用されることなく廃棄された。

構造[編集]

M-29に装着されたW-54弾頭(展示用模擬弾)アメリカ陸軍兵器博物館の展示品

M-388は無反動砲W54核弾頭を外装式に装填し運用する外装式砲弾システムである。無反動砲は口径4インチ(102mm)のM-28と6インチ(152mm)のM-29の2種類があった。M-28の最大射程は約2km、M-29は約4km。W54核弾頭の核出力は0.02kt(TNT火薬20トン相当)であった。

弾頭の威力は主に強烈な放射線の効果によるものである。低出力の設定でも、M-388核弾頭は150メートル以内の目標に対し即座に死亡する強さの放射線(10,000レムを超える)を浴びせる。400メートル離れていてもほぼ死亡するレベル(およそ600レム)に達する。

M-28及びM-29は車載もしくは地面に三脚で設置して発射する。両方共に構造的には水平弾道で直接射撃を行う「直射砲」ではあるが、核砲弾運用時には破壊範囲を最大にするために最適高度で弾頭を空中炸裂させる必要上、射撃時には角度を調整して野戦榴弾砲迫撃砲のように大きな仰角をつけた状態となり、発射した砲弾が曲射弾道を描く「曲射砲」として照準・発砲される。そのため、「核迫撃砲」と称している資料もある。

登場作品[編集]

メタルギアソリッド3