ライフリング

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ロイヤル・オードナンス L7 105mm戦車砲のカットモデル。ライフリングが観察できる。

ライフリング(rifling)とは、銃砲銃身内に施された螺旋状の溝を意味し、日本語では施条(しじょう)、あるいは腔綫(腔線)(こうせん、綫は線の別体。常用漢字でないため「線」と書くこともある)、もしくは腔施と呼ぶ[1]。この螺旋状の浅い溝で銃身内で加速される弾丸に旋回運動を与え、ジャイロ効果により弾軸の安定を図り直進性を高める目的で用いられる。

概要[編集]

ライフリングの転度(周期)をライフリング・ツイストまたはライフリング・ピッチと呼び、銃身の能力を表す。「1/12」や「1-12」などと表記され、この場合は弾頭が銃身腔内を12インチ移動して1回転することを示す。基本的には、安定した弾道を確保するために、より重い弾頭の使用を想定したライフリングの方が転度が大きい(周期が短い)。そのため、民生用よりも重い弾頭を使用する上にさまざまな弾頭への対応能力も必要な軍用銃の方が転度が大きいのが一般である。ただし、同じ弾頭の場合には転度が大きい方が若干初速が劣る。

銃身の内径は銃弾の外径よりも狭いため、発射された銃弾にはライフリングによって跡が刻み込まれる。これがライフルマークで、日本語では施条痕、線条痕と呼ぶ(姉小路祐著「旋条痕」をはじめとして、小説などでしばしば「施」の字が「旋」となっているが誤記、誤植である)。複数の銃身に同じ工作機械(カッター)でライフリングを刻んでも刃こぼれが起きるため、ライフリングは銃1挺ごとに微妙に異なっている。そのため指紋と同様に銃弾から発射した銃器の種類だけでなく個々の銃まで特定することができ、犯罪捜査に利用できる。 ただ、現代では銃身を芯金(マンドレル)に打ち付けてライフリングを刻む工法になっているため、弾頭に同じライフルマークを残す銃身が、理論上、少なくとも数十本は存在することになる。この場合でも、銃ごとに、発砲のたびにライフリングがわずかずつそがれ、独自性を持つために、固体判別は可能とされている。

歴史[編集]

銃身にライフリングを施すことは15世紀終わりにすでにウィーンのJaspard Zollerによって発明され、その後1520年にウィーンの武具師August Kotterが改良を加えていたが、旋条を刻み込む工程のための製作費の高さや、弾丸が旋条に食い込んで回転するという仕組み上、やや大きめの弾丸を押し込まねばならず、この弾込めの手間による発射速度の遅さなど多くの問題からすぐには普及することはなかった。

ミニエー弾の構造
ミニエー弾各種

状況が変化したのは、1849年にフランス人陸軍大尉のクロード・エティエンヌ・ミニエーが、ある形状の弾丸を考案したことによる。この弾丸は、当時一般的であった球形ではなく、いわゆる現在一般的な弾丸形をしており、球形の弾丸と同じように銃口から込められ、内径より小さめで押し込めやすく、発射時には火薬の爆発で生じた圧力により弾丸が膨張し、それによって弾丸が旋条に押し付けられ回転するのである。フランスではミニエー銃は直ちに試験され、いくつかの実戦を経た後、1857年にはフランス陸軍の制式装備となった。

他国もこれに追従し、イギリス陸軍は1851年にミニエー弾丸の特許を購入、プロイセン陸軍は1840年代から独自規格のライフル銃を製作していたが、1854から56年にかけてミニエー銃を導入、アメリカ陸軍は1855年にライフル銃に切り替えた[2]

ねじれ率[編集]

エマニュエル・カレッジ、ケンブリッジの数学者ジョージ・グリーンヒルはライフリングのねじれ率を計算するための経験則を開発した。公式は以下の通り。

Twist = \frac{C D^2}{L} \times \sqrt{\frac{SG}{10.9}}

  • C=150(砲口速度が2800フィート/秒(=853.44メートル/秒)より高速であれば180を用いる)
  • D=弾丸の直径(インチ)
  • L=弾丸の長さ(インチ)
  • SG=弾丸の比重(鉛芯の弾丸であれば10.9を代入し、方程式の後半を約分する)

方式[編集]

普通のライフリング(左)とポリゴナルライフリング(右)

溝を切る通常のライフリングのほか、次のような方式もある。

メトフォード・ライフリング
溝を切る代わりに波状の曲線を用いる方式。大日本帝国陸軍が採用した。
ポリゴナルライフリング
銃身内部の形状をよれた多角(六角柱が多い)にする方式。ドイツH&K社が採用した。一般的な溝形状のライフリングに対して、弾頭と銃身 (ライフリング) が線ではなく面で接触する。装薬の燃焼ガスが逃げにくいため初速が上がる、摩耗しにくく銃身の命数が上がる、異常な腔圧を受けても破損しにくい、清掃が簡単などのメリットがある。反面、弾頭と銃身との接触面が増え、面圧が下がるため、弾頭に旋回運動を与える力に限度がある。そのため大口径の火砲には用いられていない。

施条砲と滑腔砲[編集]

:砲腔内の施条溝を追従するよう、周囲にリベットを設けたライット・システムの砲弾図解
戊辰戦争で使用された四斤山砲の砲弾。ライット・システムである

施条砲に対してライフリングの施されていない銃砲を滑腔銃(砲)と呼び火縄銃散弾銃迫撃砲などがその例である。つまり現代では小型拳銃やほとんどの重火器はすべてライフリングの施された「ライフル」銃であり、その中で小銃のみを「ライフル」と呼ぶのは本来奇妙なことと言える。これはライフリングが普及した19世紀後半に、施条銃をライフルと呼んでそれ以前のマスケット銃から区別したことに由来する。

前装式の大砲はミニエー弾の様なブリチェット式の砲弾をそのまま使う訳にも行かず、ライフリング開発後も長らく球形弾を飛ばす滑腔砲であったが、長弾の弾頭にリベットを付け、施条と噛み合わせて旋転するライット・システムが19世紀に開発された。無論、現代の施条砲に比較すれば(砲口が六角形であるゆえの)間隙のせいでガス漏れは多く、発射の際のエネルギーロスは大きかったが、施条によって射程距離を伸張し、長距離をより正確に砲撃することが可能になった。だが砲口からの砲弾装填の面倒さもあって滑腔砲を駆逐するには至らず、完全に施条砲が普及するのは、アームストロング砲を初めとした後装砲が実用化された19世紀末頃になる。

20世紀になると砲の大半は施条砲となったが、この流れを変えたのが冷戦期であった。戦車の主砲(戦車砲)にも施条砲が用いられていたが、ソ連では徹甲弾の初速を上げるため、発射ガスがライフリングのすき間から漏れて威力が削がれるという理由からT-62戦車以降はライフリングのない滑腔砲を採用したのである。砲弾は主にAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)で弾道の安定は旋転ではなく安定翼で取るが、横風の影響が出るので施条砲に比較して精度的にはやや劣るともいわれる。

西側諸国でもライフリング回転の不要な(むしろライフリングが威力を落とすことになる)HEAT弾やAPFSDS弾が主流となった1970年代以降は滑腔砲を採用した。その中でイギリス軍は最新の主力戦車・チャレンジャーでは命中精度の優れる120mmライフル砲を装備していたが、2014年現在では同砲専用砲弾の生産停止や他国との互換性の問題から滑腔砲への切り換えが検討されている。

火薬[編集]

弾丸が銃身の中を進む速度よりも火薬のガスが膨張する速度のほうが速く、弾丸がライフリングに食い込むようになると火薬の力が無駄なく伝わる反面、銃身内部の圧力が高くなりすぎるようになった。従来の黒色火薬では燃焼速度が高すぎることが問題になったので、燃焼速度の遅い褐色火薬が発明された。 後にコルダイトなどの無煙火薬が使用されるようになっても火薬の燃焼速度は重要な問題であり、燃焼速度を調節するために火薬は粒子状や棒状などに加工されている。

脚注[編集]

  1. ^ 銃の科学』(かのよしのり著 サイエンス・アイ新書 2012年)18頁「1-05 ライフルとはなにか」
  2. ^ マクニール (2002) p.313-315

参考文献[編集]

関連項目[編集]