ダレル・ラズナー
| 東北楽天ゴールデンイーグルス #17 | |
|---|---|
2009年8月24日(西武第二球場)
|
|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | ネバダ州カーソンシティ |
| 生年月日 | 1981年1月13日(32歳) |
| 身長 体重 |
191 cm 95 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2002年 MLBドラフト2巡目 |
| 初出場 | MLB / 2005年9月6日 NPB / 2009年4月5日 |
| 年俸 | 6,500万円(2013年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
|
|
|
この表について
|
|
ダレル・ウェイン・ラズナー(Darrell Wayne Rasner , 1981年1月13日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手(投手)。アメリカ合衆国ネバダ州出身。
目次 |
経歴 [編集]
2002年、ドラフト2巡目でモントリオール・エクスポズに入団。その後、2005年9月6日にワシントン・ナショナルズでメジャーデビュー。
2006年2月11日、ニューヨーク・ヤンキースへ移籍。9月3日のツインズ戦ではメジャー初勝利を挙げた。2007年は、相次ぐ先発の故障と不振から、シーズン序盤に先発として活躍したものの、5月19日のメッツ戦でエンディ・チャベスの打球を右手に受け、負傷降板。右手人差し指を骨折し、残りシーズンでメジャーへ復帰することはなかった。同シーズンオフにはフリーエージェントとなるものの、数日後にヤンキースとマイナー契約を結んだ。
2008年はマイナーで開幕を迎えたものの、5月4日に故障者リスト入りしたフィル・ヒューズの代役としてメジャー復帰。当日のマリナーズ戦で先発し6回2失点で勝利を飾ったが、その後は安定感を欠く投球が続き、首脳陣からローテーション降格を言い渡された。
2008年11月15日、ヤンキースがラズナーの保有権を東北楽天ゴールデンイーグルスに100万ドルで売却したことが明らかになった[1]。12月6日、楽天と1年契約、年俸125万ドルで契約を結んだ。なお2年目以降の契約は球団が選択権を持つ。
楽天時代 [編集]
2009年4月5日の対日本ハム戦で来日初登板。3回までは相手打線を1安打に抑える上々の滑り出しを見せるも、4回裏に1死後に本塁打1本を含む6連打を浴び、一挙6失点を喫して降板。[2]。続く4月12日の対西武戦で本拠地初登板を果たし、2回表に中村剛也のソロ本塁打を許した以外は7回まで1人の走者も出さない完璧な内容で、8回以降も大きく崩れることはなく、被安打3の無四球完投で堂々の来日初勝利をあげた。しかし、4月19日、対オリックス戦では、2回裏にタフィ・ローズ、ホセ・フェルナンデスに本塁打を許したのを皮切りに、4回裏にも集中打を浴びて、3回1/3を8失点で降板して来日初黒星、チームも0-15で惨敗した。その後、6月に一軍登録を抹消され二軍暮らし。9月に一軍復帰を果たすが、最終的には4勝7敗、防御率6.09という成績でシーズンを終えた。
2010年シーズンも開幕からローテーション入りを果たす。前年の倍近くのイニングを投げて被本塁打は同数と改善が見られたものの、好投するも味方の援護に恵まれないといった試合が続き、さらに中6日や中4日などローテーションの乱れもあり、5勝11敗、防御率4.48に終わった。しかし、12月1日、球団からフアン・モリーヨ、ランディー・ルイーズらと共に来季も契約を継続することが発表された。
2011年も開幕から引き続きローテーションに入っていたが、5月15日のロッテ戦にて投球中に右脚を負傷し[3]、約2ヶ月戦線離脱を余儀なくされる。7月6日に抑えを務めていたライアン・スパイアーが調整によって登録抹消されたのを受けて緊急昇格し、即日来日初となる中継ぎでの登板で復帰。そのままスパイアーに代わってクローザーを任されることとなった。先発時は140km/h前後だった直球が抑えでは150km/h近くを記録するようになった事で、持ち前のコントロールの良さが生きるようになった事がハマり、シーズン最後まで抑えを務めた結果リーグ7位の17セーブを挙げ、防御率も2.04と過去最高の成績を残し、被本塁打も53イニングで1本のみだった。中継ぎのみの成績だと29試合で防御率0.89、WHIP0.89、被安打率も先発時の.315に対して中継ぎだと.211など圧倒的な成績だった。
2012年は前年の活躍から、開幕をクローザーとして迎えた。しかし5月に股関節の故障によって離脱。その間にセットアッパーだった青山浩二がクローザーとして大活躍したため、実質的に青山と役割が入れ替えとなった。故障明けの時は起用が一定しなかったため一時期成績を落としたものの、8回を任されるセットアッパーに固定されてからは安定した活躍をするようになり、46試合の登板で1勝3敗6S17ホールド、防御率2.79の成績を残した。このシーズンは来日してから初めて先発起用が無かった。
プレースタイル [編集]
190cmを超える長身から投げ下ろされる平均球速約142km/h[4]の直球、110~120km/h台のカーブやチェンジアップ、打者の手元で微妙に変化するカットボール気味のものやツーシームなどのムーヴィング・ファストボールを持ち球とする。先発時は小さく変化する変化球を多投して打たせて取るピッチングスタイルだが、短いイニングを投げる時はストライクゾーンいっぱいを狙う最速150km/hの球威ある速球が投球内容の大半を占め、たまにカーブを交えるという力で押すピッチングスタイルである。
コントロールの良さは楽天投手コーチの佐藤義則から高く評価される反面、被本塁打率が高い。またストライクゾーンへ投げたがる癖があり、この弱点を克服するため、日本のプロ野球に向いた投球術を佐藤から指導を受けていた[5]。
詳細情報 [編集]
年度別投手成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005 | WSH | 5 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 31 | 7.1 | 5 | 0 | 2 | 1 | 2 | 4 | 0 | 0 | 3 | 3 | 3.68 | 0.95 |
| 2006 | NYY | 6 | 3 | 0 | 0 | 0 | 3 | 1 | 0 | 0 | .750 | 83 | 20.1 | 18 | 2 | 5 | 0 | 1 | 11 | 1 | 0 | 10 | 10 | 4.43 | 1.13 |
| 2007 | 6 | 6 | 0 | 0 | 0 | 1 | 3 | 0 | 0 | .250 | 111 | 24.2 | 29 | 4 | 8 | 0 | 2 | 11 | 0 | 0 | 14 | 11 | 4.01 | 1.50 | |
| 2008 | 24 | 20 | 0 | 0 | 0 | 5 | 10 | 0 | 0 | .333 | 513 | 113.1 | 135 | 14 | 39 | 1 | 5 | 67 | 4 | 0 | 74 | 68 | 5.40 | 1.54 | |
| 2009 | 楽天 | 15 | 15 | 1 | 0 | 1 | 4 | 7 | 0 | 0 | .364 | 361 | 81.1 | 94 | 13 | 23 | 1 | 7 | 52 | 0 | 3 | 56 | 55 | 6.09 | 1.44 |
| 2010 | 26 | 26 | 1 | 0 | 0 | 5 | 11 | 0 | 0 | .313 | 669 | 152.2 | 154 | 13 | 58 | 1 | 9 | 118 | 7 | 0 | 83 | 76 | 4.48 | 1.39 | |
| 2011 | 34 | 5 | 0 | 0 | 0 | 3 | 4 | 17 | 1 | .429 | 225 | 53.0 | 52 | 1 | 16 | 0 | 0 | 46 | 1 | 0 | 16 | 12 | 2.04 | 1.28 | |
| 2012 | 46 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 3 | 6 | 17 | .250 | 174 | 42.0 | 36 | 3 | 12 | 0 | 0 | 32 | 1 | 0 | 15 | 13 | 2.79 | 1.14 | |
| MLB:4年 | 41 | 30 | 0 | 0 | 0 | 9 | 15 | 0 | 0 | .375 | 738 | 165.2 | 187 | 20 | 54 | 2 | 10 | 93 | 5 | 0 | 101 | 92 | 5.00 | 1.45 | |
| NPB:4年 | 121 | 46 | 2 | 0 | 1 | 13 | 25 | 23 | 18 | .342 | 1429 | 329.0 | 336 | 30 | 109 | 2 | 16 | 248 | 9 | 3 | 170 | 156 | 4.27 | 1.35 | |
- 2012年度シーズン終了時
背番号 [編集]
- 31 (2005年)
- 47 (2006年、2008年 - 同年途中)
- 61 (2007年 - 同年途中)
- 27 (2007年途中 - 同年終了)
- 43 (2008年途中 - 同年終了)
- 17 (2009年 - )
記録 [編集]
- NPB
- 初登板・初先発:2009年4月5日、対北海道日本ハムファイターズ3回戦(札幌ドーム)、3回1/3を6失点
- 初奪三振:同上、1回裏に稲葉篤紀から空振り三振
- 初勝利・初完投勝利:2009年4月12日、対埼玉西武ライオンズ3回戦(クリネックススタジアム宮城)、9回3安打1失点無四球
- 初セーブ:2011年7月7日、対オリックス・バファローズ9回戦(京セラドーム大阪)、9回裏に4番手で救援登板・完了、1回無失点
- 初ホールド:2011年7月14日、対福岡ソフトバンクホークス12回戦(日本製紙クリネックススタジアム宮城)、11回表に2番手で救援登板、1回無失点
登場曲 [編集]
- 『My Reason』LINKIN PARK(2009年 - )
脚注 [編集]
- ^ “Yankees sell rights to pitcher Rasner for $1 million to team in Japan”. ESPN.com. 2008年11月16日閲覧。
- ^ 試合は楽天が逆転勝ちし、ラズナーに勝敗は付かなかった。
- ^ “ラズナーが右脚痛め降板 右内転筋痛め全治2、3週間”. ポーツニッポン (2011年5月15日). 2011年12月14日閲覧。
- ^ 『2012プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2012年、66頁。ISBN 978-4-905411-04-8。
- ^ “ラズナー変身!日本式で1失点無四球完投”. スポーツニッポン (2009年4月13日). 2009年5月13日閲覧。
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube
|
||||||||||||||||||||||||||