コシャリン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
コシャリン (Koszalin)
旗 市章
位置
POL Koszalin map.svg
情報
: 西ポモージェ県
緯度: 北緯 54°11'25
経度: 東経 16°10'54
標高: 32m
面積: 83.32  km²
人口
 - 合計
 - 人口密度

107,376 人
1,288   人/km²
郵便番号: 75-900, 75-902, 75-007, 75-016
市外局番: 48 94
市長: Mirosław Mikietyński
公式サイト: 市公式ウェブサイト

コシャリンポーランド語Koszalin)は、ポーランド共和国北西部の西ポモージェ県都市低ザクセン語ケスリーン(Köslin)とも。1998年までは県都であった。市街から約10km北にバルト海に面する海岸線がある。経済が発達しており、現在では郡から独立している群独立都市となっている。北ドイツ平原に位置し、市街の周りには農地が広がっている。

歴史 [編集]

宗教改革の間の1534年、ヨハネス・ブーゲンハーゲン(Johannes Bugenhagen)の影響により、街はルター派に属した。

1701年のプロイセン王国の成立後、街はその支配下となった。1718年の火災により大きな損害を受けたが、翌年再建された。第四次対仏大同盟の後、1807年フランス軍に占領された。ナポレオン戦争後、街はFürstenthum DistrictとRegierungsbezirk Cöslinの首都となった。Fürstenthum Districtは1872年9月1日に解体され、同年12月13日にCöslin Districtと置き換わった。

プロイセン王国によるドイツ統一の間の1871年、街はドイツ帝国の一部となった。1858年から1878年までの間、シュチェチンから街を通ってグダニスクまで鉄道が敷設された。1776年フリードリヒ2世によって設立された軍幼年学校が、1890年にChełmnoからこの街に移った。

1920年代のヴァイマル共和政の間、街の名前が"Cöslin"から"Köslin"に変更になった。

姉妹都市 [編集]

外部リンク [編集]