エヴリシング・バット・ザ・ガール
| エヴリシング・バット・ザ・ガール | |
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| 基本情報 | |
| 別名 | EBTG |
| 出身地 | |
| ジャンル | ネオ・アコースティック オルタナティヴ・ロック エレクトロニカ トリップ・ホップ ハウス ラウンジ・ミュージック チルアウト |
| 活動期間 | 1982年-2000年 |
| レーベル | バップ、トイズファクトリー、インペリアルレコード、EMIミュージック・ジャパン (日本) アトランティック・レコード (アメリカ) ブランコ・イ・ネグロ・レコード、ワーナーミュージック・UK、ヴァージン・レコード (ヨーロッパ) |
| 公式サイト | http://www.ebtg.co.uk/ |
| 旧メンバー | |
| トレイシー・ソーン ベン・ワット |
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エヴリシング・バット・ザ・ガール(Everything But the Girl: EBTG)は、イギリスの2人組音楽バンドである。ネオ・アコースティックの代表的なバンドとして知られる。デビュー当時はアコースティックを基調としたシンプルなサウンドであったが、キャリア中期からエレクトリックサウンドを大々的に取り入れ、「クラブの帝王」の異名で知られるようになる。
目次 |
概要 [編集]
それぞれチェリーレッド・レコードから作品を発表していたトレイシー・ソーン(1962年9月26日-、ボーカル)と、ベン・ワット(1962年12月6日-、ギター、キーボード、ボーカル)のふたりが、レーベル企画によって1982年にインスタント・ユニットとして結成されたが、その後永続的に活動するようになり、やがて二人は結婚した。グループ名は「女の子以外は何でも」という意味で、2人が通っていたハル大学の近くにあった家具や雑貨を扱う店の名前(この場合は、女の子以外は何でも売っているという意味)から取られたと言われている。
1984年にブランコ・イ・ネグロ・レコードから発売されたファースト・アルバム『エデン』は、「ポスト・パンクからネオ・アコースティック・ムーブメントへの道を切り開いた作品」と評されている[1]。
そして、映画音楽、ジャズ、AORなどアルバムごとに様々な要素を取り入れ、やがて、ソウル・II・ソウルなどのダンス・ミュージックにも着目するようになり、パーカッションのプログラミングなどに反映されるようになる。しかしながらこの時点では、日本では「お洒落に敏感なOL層」に人気のアーティストといった取り上げられ方であった[2]。
その後も順調にリリースを重ねていたが、1990年にベンが難病(チャーグ・ストラウス症候群)に罹り、病院をたらい回しにされる状態のうちにやがて倒れてしまう。回復はしたものの、生死の境をさまよう状態であった。ベンの療養中に、トレイシーはマッシヴ・アタック等と共演しており、これらの経験が後のサウンド面での変化につながってゆくことになる。
元々、スタジオ録音の印象とは裏腹に、ステージではダンスナンバーも取り上げていた。メンバーは「ただ座って聴いているより踊ってくれたら嬉しい」と発言している。 その姿勢が如実に現れたのが、ベンが復帰してからの1994年のアルバム『アンプリファイド・ハート』発表後にリリースされたシングル『ミッシング』のトッド・テリーによるリミックス・バージョンであり、この曲は全英3位、全米2位[3]まで上昇する大ヒットを記録した。以降、「ドラムンベースは現代のボサノヴァ」と解釈し、ブレイクビーツ、ハウスといったエレクトロニック・ミュージックを全面的に取り入れていくようになる。
1996年の『哀しみ色の街』からはヴァージン・レコードに移籍したが、1999年のアルバム『テンパラメンタル』をリリースしたのちの2000年に解散していたことが、英『ガーディアン』でのインタビューで明らかにされた。解散の理由を、トレイシーは自身の子供と過ごす時間を取りたかったからと語っている[4]。
一方、ベンも2009年の日本向けインタビューで、「15年間もメジャーレーベルで作品をリリースしていたから、何か新しいことにチャレンジしたくて。最終的にはトレイシーが「業界を抜けて家族を持ちたい」と言ったことがキッカケになり、現在に至る道を歩んできたわけさ」と語っている[5]。
今世紀に入り、トレイシーはソロ活動を再開している。ベンはディープ・ハウスと呼ばれるダンス音楽にその活動の分野を完全に移し、自身のDJ活動及びロンドンを代表するパーティーLazy Dogの開催、ディープ・ハウス・レーベルのBuzzin' Flyの運営で大きな成功を収めた。
2012年に、イギリスのバンドであるThe XXの依頼で彼らの楽曲『ナイト・タイム』をトレイシーのソロ名義でカヴァーし、ベンがギターを演奏した[6]。また、同年に初期のアルバム4作をボーナス・ディスクを付けたデラックス仕様で再発したが、トレイシーは「アルバムのプロモーションは行うけど、懐古趣味のツアーをする気はないの。またギターをぶら下げて昔の曲を演奏すると考えただけで怖いわ」と語っており、一連の活動はバンドの再始動を意味するものではないとしている[4]。
ディスコグラフィー [編集]
アルバム [編集]
- エデン Eden (1984年)
- Everything But the Girl (1984年) - アメリカ編集盤
- ラヴ・ノット・マネー Love Not Money (1985年)
- ベイビー、ザ・スターズ・シャイン・ブライト Baby the Stars Shine Bright (1986年)
- アイドルワイルド Idlewild (1988年)
- ランゲージ・オブ・ライフ The Language of Life (1990年)
- ワールドワイド Worldwide (1991年)
- アコースティック Acoustic (1992年) - アコースティック編集盤
- エッセンス&レア 82-92 82-92 Essence And Rare (1992年) - コンピレーション・アルバム (日本編集盤)
- ホーム・ムーヴィーズ-ザ・ベスト・オブ・エヴリシング・バット・ザ・ガール Home Movies-The Best Of Everything But The Girl (1993年) - ベスト・アルバム
- アンプリファイド・ハート Amplified Heart (1994年)
- 哀しみ色の街 Walking Wounded (1996年)
- The Best of Everything but the Girl (1996年) - ベスト・アルバム
- テンパラメンタル Temperamental (1999年)
- ライク・ザ・デザーツ・ミス・ザ・レイン Like the Deserts Miss the Rain (2003年) - コンピレーション・アルバム
- アダプト・オア・ダイ (10イヤーズ・オブ・リミクシーズ) Adapt or Die: Ten Years of Remixes (2006年) - リミックス・アルバム
シングル [編集]
参加作品 [編集]
これまでに、マッシヴ・アタック、アダムF、ディープ・ディッシュなどのアーティストの作品に参加している。
ベンはリミキサーとしても活動しており、シャーデー、マックスウェル、ミシェル・ンデゲオチェロなどの楽曲をリミックスしている。
来日公演 [編集]
バンドとしての活動以外にも、2009年8月15日に、ベンが単独で来日し東京のクラブ代官山 AIRにてDJとしてパフォームした。ちなみに、1997年の来日公演でも、バンドとしての演奏の前にベンのDJタイムが設けられていた。
外部リンク [編集]
- _-_-_-ebtg-_-_-_ - 公式ウェブサイト(英語)
脚注 [編集]
- ^ Amazon.co.jp
- ^ CDジャーナル
- ^ Amplified Heart - Everything But the Girl : Awards : AllMusic
- ^ a b Everything But the Girl: 'You feel like you're listening to a different person' | Music | The Observer
- ^ BEN WATT Interview | クラベリア
- ^ エヴリシング・バット・ザ・ガール、The xxの依頼で再集結する - 宮嵜広司の「明るい洋楽」 (2011/10/19) | ブログ | RO69(アールオーロック) - ロッキング・オンの音楽情報サイト
