アトキンスダイエット

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アトキンス・ダイエットに基づく食事の一例

アトキンス・ダイエット(The Atkins Diet)とは、アメリカ合衆国の医師で心臓病専門医、ロバート・アトキンス(Robert Atkins)が提唱した食事療法の一種である。炭水化物の1日の摂取量を20g以内に抑え、タンパク質脂肪の摂取量を増やすことで、脂肪がエネルギー源として常に消費され続ける状態に誘導する[1]。炭水化物が多いものを避けるか、その摂取量を減らす代わりに、タンパク質と脂肪が豊富な食べ物を積極的に食べる食事法である。「低炭水化物ダイエット」、「ローカーボ・ダイエット」、「低糖質食」、「炭水化物制限食」とも呼ばれ、アトキンス・ダイエットもこの食事法の一種である。

アトキンス・ダイエットの流行[編集]

1972年、ロバート・アトキンスは『Dr. Atkins' Diet Revolution』(邦題:『アトキンス博士のローカーボ(低炭水化物)ダイエット』)を出版した。アトキンスはこの本の中で、「肥満を惹き起こすのは炭水化物であり、これを制限する代わりに、肉、魚、卵、ステーキ、バターのような、タンパク質と脂肪が豊富な食べ物は自由に食べてかまわない。炭水化物が多いものは可能な限り避けなさい」と推奨している[2]。本書の販売数は数百万部を超えた[2]。2003年にイギリスで行われたアンケートによれば、300万人が、アメリカ合衆国においては11人に1人が、アトキンス・ダイエットを試したことがあると推定され[3][4]、アメリカ人の11人に1人がこの食事法を取り組んだという[5]

2000年2月24日アメリカ合衆国農務省は『Great Nutrition Debate』と呼ばれる討論会を主催し、アトキンスとバリー・スィアース(Barry Sears)を識者として招いた[6]

アトキンスもスィアースも、炭水化物の危険性を訴える点で共通していた[7]。この討論会では、アトキンスに対する批判が集中し、アトキンスはその批判に答える形で登壇に立った[8]

2003年には、パスタや米といった炭水化物が多い食べ物の販売額が4.6~8.2%ほど落ち込むことになり、それらの産業界からは数多くの怨嗟の声が上がり、クリスピー・クリーム・ドーナツの販売店からも恨みの声が上がった[9]。著書が売れたことに伴い、炭水化物の少ない特別製品を発売する企業が増えた。

2004年、「これを開始して1年後には頭痛下痢といった副作用もみられ、長期的な安全性は保証できない」と報告された[10]

2004年2月の時点で、消費者の9.1%がこの低炭水化物ダイエットを実行していると答えていたが、同じ年の7月には2.1%に急落した。1989年にアトキンスが設立した法人企業『アトキンス・ニュートリショナルズ』(Atkins Nutritionals)は、連邦倒産法第11章に基づき、会社更生手続きをとった[11]

理論[編集]

炭水化物を摂取して血糖値(Blood Glucose Levels, Blood Sugar)が上昇すると、膵臓からホルモンの一種であるインスリン((Insulin)が分泌される。血中のブドウ糖濃度が高い(高血糖)状態は身体にとっては毒でしかないため、血中に溢れたブドウ糖をかき集めて筋肉や肝臓内のグリコーゲン(ブドウ糖の貯蔵庫)に蓄える[信頼性の低い医学の情報源?][12]。その後、時間が経過するとともに、安静にしていても、運動する際のエネルギー源としてもグリコーゲンは消費されていく。グリコーゲンにも貯蔵しきれないぐらいに血中のブドウ糖濃度が上昇すると、インスリンはそれを全部中性脂肪に合成して脂肪細胞内部に閉じ込める[信頼性の低い医学の情報源?][12]。それに伴い、血糖値が低下するが、インスリンの分泌量が多すぎると、急に空腹を感じたり、急激な眠気が襲ってくる。インスリンは全身の脂肪細胞に強く作用し、摂取した炭水化物を中性脂肪に合成して脂肪細胞内に閉じ込め、脂肪細胞は肥大していく。脂肪細胞は、肥大するにつれて「サイトカイン」( Cytokine, 「炎症性分子」)を放出するようになり、これは全身に有害な影響をもたらす。


アトキンスは、肥満や糖尿病患者が増えた背景について、精製された炭水化物、とくに砂糖が大量に消費されるようになったのが原因と見ていた[信頼性の低い医学の情報源?][13]

  1. 炭水化物および砂糖が多いものを極力避ける[信頼性の低い医学の情報源?][14]
  2. 炭水化物を避けるか、その摂取量を減らし続けると、身体は脂肪を分解してできるケトン体(Ketone Bodies)をエネルギーとして使うようになる。血中にケトン体が増えたこの状態を「ケトーシス」(Ketosis)と呼ぶ。これは糖尿病患者の体内で起こる「糖尿病性ケトアシドーシス」(Diabetic Ketoacidosis)とは別物である。
  3. 結果として、体内の脂肪を燃焼しやすい状態となり、「脂肪だけを効率的に減らせる」という理論である。タンパク質と脂肪が豊富で、炭水化物が少ない食べ物は自由に食べて構わない。満腹感が訪れるまでしっかり食べる[信頼性の低い医学の情報源?][15]
  4. 食べものは有機食品有精卵をすすめている[信頼性の低い医学の情報源?][16]

ケトン体[編集]

この食事法は、後述するケトン食と同じく、炭水化物の摂取を厳格に制限する代わりに脂肪の摂取量は制限しない。この食事法を続けていると、脂肪酸を主要な燃料源として消費するよう身体が適応していく。脂肪酸は、細胞のミトコンドリア(Mitochondria)による酸化作用を通して消費される。これを「β酸化」(Beta Oxidation)と呼ぶ。人体には糖新生(Gluconeogenesis)と呼ばれる経路があり、炭水化物や砂糖を食べずともブドウ糖を自ら生産する機能が備わっている。タンパク質を摂取したあとに体内で合成されるアミノ酸も糖新生の材料として使われる[17]

だが、アミノ酸(Amino Acids)は体の成長と修復に必要な材料となるタンパク質を作る際に欠かせない材料であり、糖新生のためだけに消費されることは無い。脂肪酸はそのままの形では血液脳関門(The Blood–Brain Barrier)を通過しない。肝臓は「長鎖中性脂肪」(Long-Chain Triglycerides, LCT)を材料に、β-ヒドロキシ酪酸(β-Hydroxybutyrate)、アセト酢酸(Acetoacetate)、アセトン(Acetone)、これらのケトン体を合成する。肝臓が合成したこれらのケトン体は脳内に入り、エネルギー源として消費される[18]。また、ケトン体は癲癇(Epilepsy)の発作を抑制する効果もあり、動物実験においては、アセト酢酸とアセトンが発作を抑制したことが確認されている。ケトン食およびアトキンス・ダイエットを続けると、脳のエネルギー代謝を適応的に変化させ、エネルギーが途切れないよう促進される。ブドウ糖に比べると、ケトン体はエネルギーの浪費が起こりにくい燃料となり、ミトコンドリアの増加を促進する。発作が起こっている最中にエネルギーの需要が増加することで、ニューロン(Neurons, 神経組織を構成する1つ1つの細胞)が安定した状態を維持するのに役立ち、それに伴ってニューロンの神経保護作用(Neuroprotective Effect)をもたらす可能性がある[18]

炭水化物の一日の摂取量を「10~15g」と、さらに制限したうえで、タンパク質と脂肪の摂取および食べる量は一切制限しない食事法もあり、これは『修正アトキンス・ダイエット』(Modified Atkins Diet)と呼ばれる。この食事法は、後述のケトン食療法とほぼ同じ作用を身体にもたらすことが分かっている[19]

BMIが30以上の肥満者を対象にした研究では、食べる量を一切制限しない高脂肪食/低炭水化物食の方が、エネルギー制限を行った低脂肪食/高炭水化物食よりもより強い体重低下作用が認められている[20]

食事法[編集]

誘導段階[編集]

  1. 最初の2週間、導入期間として「炭水化物の摂取量を1日20g以下」に抑える。こうすることで、身体がケトーシス状態に誘導される。
    • 炭水化物が10%以上含まれるものは禁止。ケチャップ、蜂蜜やシロップ、大量の砂糖を含む甘いもの全般、甘い果物、米、パン、麺・パスタ、バナナ、栗、豆の状態を保った豆、芋、フライドポテトやポテトチップスも禁止。緑色野菜に含まれる食物繊維は食べて構わない。
  2. カフェインを含む飲み物も制限する。アルコールは禁止。

この期間に、インスリン抵抗性と低血糖症が改善され、異常な食欲が治まる。この食事法を続けているうちに体臭口臭にケトン体が含まれるが、この匂いは時間の経過に伴って薄れていくとされる。

減量段階[編集]

続けていく過程で、体重の増加が確認できるまで、炭水化物の量を徐々に増やしていく。炭水化物をどれだけ摂取すればどれぐらい体重が増えるかを、自分で見極める。

体重維持段階[編集]

炭水化物中毒の状態に戻らないためにも、砂糖を多く含んでいるもの全般は禁止とする[信頼性の低い医学の情報源?][22]。砂糖の代わりにステビアは使ってもよいとしている[22]ジャンクフードは健康を害するだけでなく、炭水化物中毒に戻ってしまうので禁止とする[信頼性の低い医学の情報源?][23]

高果糖コーンシロップ蜂蜜砂糖果糖乳糖、精製された炭水化物の摂取の全般を禁止とする[信頼性の低い医学の情報源?][24]オートミール玄米蕎麦のような精製されていない全粒穀物(※注 玄米も全粒穀物も血糖値を上昇させる)を少しだけ取り入れる[信頼性の低い医学の情報源?][25]。魚、豆腐、野菜、豆から組み立てたメニューは健康的である、としている[信頼性の低い医学の情報源?][26]

安全性[編集]

この食事法に対しては批判も多い。基本的な知識として、炭水化物を制限すると、エネルキー源は脂肪およびタンパク質となる。ここで脂肪が十分に摂取されないとタンパク質が分解されアミノ酸がエネルギー源として使われてしまう。アミノ酸をエネルギーとして利用すると、構成する窒素や硫化物、リンが大量に放出され、腎臓に負担がかかる。心臓を始め、臓器のタンパク質が消費され心不全を始めさまざまな機能不全が起こる。体調不良の原因は、タンパク質と脂肪の摂取が不十分で、それに伴う心機能や腎機能の低下によるものである。

2007年世界保健機関が報告したところでは、「タンパク質の多い食事は腎臓疾患や糖尿病性腎不全を悪化させる」[27]としている。2003年の報告では、「肥満や糖尿病を予防する食べ物」として「全粒穀物」を挙げている[28]国際糖尿病連盟英語版は、糖尿病の治療に対して「グリセミック指数が低い食品が良い」としており、これには全粒穀物も含む[29]

タンパク質の摂取を増やす食事は腎臓に負担をかけ、腎機能を低下させる[30]。高脂肪の食事は「食生活指針」や多くの栄養学者によって「肥満や心臓病の原因となる」として否定されてきたが、『脂肪の摂取を減らせば肥満や心疾患を防げる』という証拠は無い。また、「極度の低糖質・極度の高脂肪な食事」は『ケトジェニック・ダイエット』(The Ketogenic Diet)と呼ばれており、古くは1920年代前半、ミネソタ州ロチェスター市にあるメイヨー・クリニック(Mayo Clinic)の医師、ラッセル・ワイルダー(Russell Wilder, 1885~1959)がこの食事法を開発し[31][32]癲癇患者・肥満患者・糖尿病患者にこれを処方している[33]

アトキンス・ダイエット以前の食事療法[編集]

出典[編集]

  1. ^ ロバート・アトキンス 2005, pp. 68–69.
  2. ^ a b Gary Taubes (2002年7月7日). “What if It's All Been a Big Fat Lie?”. The New York Times. 2009年3月30日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月14日閲覧。
  3. ^ Three million follow Atkins diet”. BBC News (2003年9月1日). 2004年2月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月14日閲覧。
  4. ^ Vanessa Barford (2013年4月17日). “Atkins and the never-ending battle over carbs”. BBC News. 2014年4月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月14日閲覧。
  5. ^ Kaufman, Wendy (2005年8月3日). “Atkins Bankruptcy a Boon for Pasta Makers”. NPR. 2013年4月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月14日閲覧。
  6. ^ Millennium Lecture Series Symposium on The Great Nutrition Debate” (PDF). cnpp.usda.gov. THE UNITED STATES DEPARTMENT OF AGRICULTURE (2000年2月24日). 2015年4月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月14日閲覧。
  7. ^ Little Accord in a Round Table of Diet Experts - The New York Times”. The New York Times (2000年2月25日). 2010年12月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月14日閲覧。
  8. ^ 「ご飯を食べるダイエット=○」『日経ヘルス』2000年6月、33-36頁。 
  9. ^ Schooler, Larry (2004年6月22日). “Low-Carb Diets Trim Krispy Kreme's Profit Line”. NPR. 2012年12月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月14日閲覧。
  10. ^ Arne Astrup,Thomas Meinert Larsen,Angela Harper, "Atkins and other low-carbohydrate diets: hoax or an effective tool for weight loss?" The Lancet 364(9437), 2004 Sep 4-10, P897-9. PMID 15351198
  11. ^ Howard, Theresa (2005年8月1日). “Atkins Nutritionals files for bankruptcy protection”. USA Today. 2013年12月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年11月14日閲覧。
  12. ^ a b ロバート・アトキンス 2005, pp. 60.
  13. ^ ロバート・アトキンス 2005, pp. 34-35、41-42.
  14. ^ ロバート・アトキンス 2005, pp. 304–305.
  15. ^ ロバート・アトキンス 2005, pp. 217.
  16. ^ ロバート・アトキンス 2005, pp. 182.
  17. ^ Kerndt PR, Naughton JL, Driscoll CE, Loxterkamp DA. Fasting: the history, pathophysiology and complications. West J Med. 1982 Nov;137(5):379–99. PMID 6758355
  18. ^ a b AL, Gasior M, Vining EP, Rogawski MA. The neuropharmacology of the ketogenic diet. Pediatr Neurol. 2007 May;36(5):281–292. doi:10.1016/j.pediatrneurol.2007.02.008. PMID 17509459
  19. ^ Freeman JM, Kossoff EH, Hartman AL. The ketogenic diet: one decade later. Pediatrics. 2007 Mar;119(3):535–43. doi:10.1542/peds.2006-2447. PMID 17332207
  20. ^ 脂質 (PDF) 」『日本人の食事摂取基準」(2010年版)』pp77-108
  21. ^ ロバート・アトキンス 2005, pp. 105.
  22. ^ a b ロバート・アトキンス 2005, pp. 236–237.
  23. ^ ロバート・アトキンス 2005, pp. 238–239.
  24. ^ ロバート・アトキンス 2005, pp. 239.
  25. ^ ロバート・アトキンス 2005, pp. 236.
  26. ^ ロバート・アトキンス 2005, pp. 230–231.
  27. ^ 『タンパク質・アミノ酸の必要量 WHO/FAO/UNU合同専門協議会報告』日本アミノ酸学会監訳、医歯薬出版、2009年05月。ISBN 978-4263705681 邦訳元 Protein and amino acid requirements in human nutrition, Report of a Joint WHO/FAO/UNU Expert Consultation, 2007
  28. ^ Report of a Joint WHO/FAO Expert Consultation Diet, Nutrition and the Prevention of Chronic Diseases 2003
  29. ^ 食後血糖値の管理に関するガイドライン』国際糖尿病連合
  30. ^ 食事 栄養の概要 MSDマニュアル家庭版
  31. ^ Dana Sparks (2015年1月16日). “A Line in the Sand – Mayo Clinic’s Role in Early Insulin Research”. Mayo Clinic News Network. 2019年10月28日閲覧。
  32. ^ Beth Schultz (2019年4月11日). “Feeding our brains to reduce memory loss”. The Associated Press. 2019年10月28日閲覧。
  33. ^ Wheless JW. History and origin of the ketogenic diet (PDF). In: Stafstrom CE, Rho JM, editors. Epilepsy and the ketogenic diet. Totowa: Humana Press; 2004. ISBN 1-58829-295-9.

参考文献[編集]

  • Dr. Atkins' Diet Revolution 1972年 ISBN 978-0553142235(邦題:『アトキンス博士のローカーボ(低炭水化物)ダイエット』 荒井稔・丸田知美 (翻訳)、橋本三四郎(監修) 同朋舎 2000年10月 ISBN 978-4810426441
  • ロバート・アトキンス『アトキンス式低炭水化物ダイエット』河出書房新社、2005年6月。ISBN 978-4309280141 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]