はるき悦巳

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

Logo serie manga.png
ウィキポータル
漫画作品日本
漫画家日本
漫画原作者
漫画雑誌
カテゴリ
漫画作品
漫画 - 漫画家
プロジェクト
漫画作品 - 漫画家
漫画雑誌
お知らせ
漫画記事での括弧の使用方法の変更が提案されています。

はるき 悦巳(はるき えつみ、1947年5月28日 - )は、日本漫画家大阪市西成区西萩出身。本名は「はずかしい」ので非公表としている。

第26回(昭和55年度)小学館漫画賞受賞(『じゃりン子チエ』)。

主に人情物を得意とする。つげ義春を深く尊敬している。

目次

[編集] 来歴

中学1年の時に大阪市住吉区に転居。私立浪速高校を経て多摩美術大学油絵科卒業。1年半、マネキン屋でサラリーマン生活を送る。本人曰く「自分は生来の怠け者で、面倒くさいことはいやだ!」というのが持論だという。また、はるき自身はタバコ喫煙するが、下戸であるという。

1978年、31歳で「政・トラぶっとん音頭」(平凡パンチOh!)で漫画家デビュー。その頃に大学の同級生の女性と結婚し、1981年には長男が誕生した。

代表作の『じゃりン子チエ』は、当初は短期連載の設定で『漫画アクション』に1978年に連載が始まった。ところが、はるきの予想に反して、「じゃりン子」は人気が上昇し、19年後の1997年まで連載された。「じゃりン子チエ」は、大阪市に住む小学生・竹本チエとその家族・仲間が取り巻く人情コミックとして、全国的な人気を集め、映画およびテレビでのアニメ化がされ、舞台にもなった。また同様に大阪を舞台とした中篇作品『日の出食堂の青春』もNHKでドラマ化がされている。

「じゃりン子チエ」連載中に当時住んでいた東京の喧騒さに嫌気が差して、家族と一緒に関西に戻り、神戸に移り住んだ。

その後、「じゃりン子チエ」連載終了後に描かれた『帰って来たどらン猫』が単行本化して、そのあとがきによると、「じゃりン子チエ」が19年目で連載を終了したのは、年老いた親の介護問題が深刻化したからだと、はるき自身が述べている。

また、はるき自身はインターネットに疎く、そのためにPCをやらず、携帯電話も苦手であるという。

2005年、双葉社Webマガジンにて「帰って来たどらン猫2」を連載、2006年3月31日完結。全53話。

はるきの漫画の特徴はスクリーントーンを全く使用していないことである(但し、『日の出食堂の青春』では一部のみスクリーントーンを使用している)。また、アシスタントもほとんど使わず、自分一人で作画しているという。

『じゃりン子チエ』に登場する小林マサルは作者自身で、その相棒のタカシは元アシスタントいわしげ孝モデルであるという。はるきは「俺にはマサルの気持ちがようわかるんですよ。まさにその嫌味なキャラは俺自身ですわ」と若い頃にその心情を述べたことがある。

[編集] 作品

[編集] アシスタント

[編集] 外部リンク

他の言語