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クールノーとベルトランの要素を両方組み込んだ2段階モデルを考えることもできる。そこでは、企業は第1ステップで生産量を決定し、第2ステップで価格を決定する。
クールノーとベルトランの要素を両方組み込んだ2段階モデルを考えることもできる。そこでは、企業は第1ステップで生産量を決定し、第2ステップで価格を決定する。

==批判==
===消費者の購買行動===
ベルトラン・モデルは、極端な仮定をいくつか置いている。例えば、消費者は最安値の企業から購入すると仮定しているが、製品差別化や輸送コスト、商品検索コストなどが存在する場合はこの仮定は成立しない。同質財のベルトラン・モデルを差別化財のモデルに拡張した場合、価格が限界費用に等しくなるという結果は得られなくなる。検索コストが存在する場合は、独占価格や価格分散が均衡で発生する可能性が生じる<ref>{{cite journal |authorlink1=Steven C. Salop|last1=Salop |first1=S. |last2=Stiglitz |first2=J. |jstor=2296903 |title=Bargains and Ripoffs: A Model of Monopolistically Competitive Price Dispersion |journal=The Review of Economic Studies |volume=44 |issue=3 |year=1977 |pages=493–510 |doi=10.2307/2296903 }}</ref>。

===生産キャパシティ===
また、このモデルでは企業が無限に生産できると仮定されている。企業が単独で市場全体に供給する能力を持たない場合、「価格が限界費用に等しい」という結果は成り立たない。生産キャパシティがあるベルトラン・モデルは、{{仮リンク|ベルトラン=エッジワース・モデル|en|Bertrand–Edgeworth model}}と呼ばれる。生産キャパシティがある場合、純粋戦略のナッシュ均衡は存在しない可能性があり、このことは{{仮リンク|エッジワースのパラドックス|en|Edgeworth paradox}}と呼ばれる。しかし、一般的には、{{仮リンク|ヒュー・ディクソン|en|Huw Dixon}}が示したように、混合戦略のナッシュ均衡が存在する<ref>{{cite journal |last=Dixon |first=H. |year=1984 |title=The existence of mixed-strategy equilibria in a price-setting oligopoly with convex costs |journal=[[Economics Letters]] |volume=16 |issue=3–4 |pages=205–212 |doi=10.1016/0165-1765(84)90164-2 }}</ref>。

===固定費用===
固定費用が存在する場合は、理論的予測は非現実的なものになる。<math>F</math>を固定費用とし、<math>c</math>を限界費用とする。限界費用は生産量に依存せず一定であるとする。このとき、生産量<math>Q</math>を生産するための総費用は<math>TC = F + cQ</math>となる。価格は最終的には限界費用まで引き下げられ、企業の利潤はゼロになり、企業は固定費用を回収することができない。しかし、企業が傾きが正の限界費用曲線を持つ場合、正の利潤が発生し、固定費用を回収できる場合がある<ref name=":3">{{cite book | doi=10.1057/978-1-349-94848-2_571-1 | chapter=Bertrand Competition | title=The Palgrave Encyclopedia of Strategic Management | year=2016 | last1=Bhattacharya | first1=Rajeev | last2=Sherry | first2=Edward F. | pages=1–2 | isbn=978-1-349-94848-2 | s2cid=219346516 }}</ref>。

===共謀===
企業は共謀する誘因を持つ。共謀して独占価格<math>p_m</math>を設定し、市場の総需要を山分けする場合、企業が<math>n</math>社存在する場合は1社あたりの収入は<math>\frac{p_m}{n}</math>となる。共謀せずに限界費用で価格設定することは非協力的な行動の結果であり、このモデルの唯一のナッシュ均衡である<ref name=":3" />。したがって、[[同時手番ゲーム]]から[[繰り返しゲーム]]に移行すると、[[フォーク定理]]により共謀が起こり得る<ref>{{Cite journal |last1=Fudenberg |first1=Drew |last2=Maskin |first2=Eric |date=1986 |title=The Folk Theorem in Repeated Games with Discounting or with Incomplete Information |url=https://www.jstor.org/stable/1911307 |journal=Econometrica |volume=54 |issue=3 |pages=533–554 |doi=10.2307/1911307 |jstor=1911307 |issn=0012-9682}}</ref>。


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==

2023年8月9日 (水) 03:39時点における版

ベルトラン競争(ベルトランきょうそう、: Bertrand competition)とは経済学のモデルであり、寡占市場における企業が他の企業の意思決定を所与に自社の価格を選択するモデルである[1]ミクロ経済学産業組織論の分野に分類される。均衡では、価格は限界費用に一致する[2]。数学者で経済学者のジョゼフ・ベルトランに由来する。

歴史

1883年にベルトランによって、アントワーヌ・オーギュスタン・クールノーの著書『Recherches sur les Principes Mathématiques de la Théorie des Richesses』の書評の中で定式化された[3]。クールノー競争モデルは、各企業が競合他社の価格を意思決定を所与に自社の生産量を選択するモデルであるが、均衡で企業が限界費用を上回る価格設定を行うという結果になる[2]。ベルトランは、各企業の価格が限界費用を上回る場合には、競合他社の価格よりも低い価格に変更する誘因があるはずだと考えた。このベルトランのアイディアは、1889年フランシス・イシドロ・エッジワースによって数学モデルとして記述された[4]。現実的には、ベルトラン競争は不況期の過剰生産能力がある場合に成立しやすいとされる[1]

ベルトラン均衡

ベルトラン・モデルでは均衡がナッシュ均衡となる[5]。同質的な企業が2社存在する寡占市場を考える。両企業が限界費用と等しい価格を設定した場合、両企業とも利潤はゼロになる。しかし、一方の企業が限界費用に等しい価格を設定した場合、もう一方の企業が価格を釣り上げても、すべての消費者は価格の低い企業から購入するため、価格を釣り上げた企業から購入する消費者は存在しない。したがって、たとえ利潤がゼロであっても限界費用を価格として設定する状態が均衡となる[5]

両企業が、限界費用よりも高い価格(同じ価格)を設定して市場の需要を二等分するような初期状態を考えたとしても、各企業は競合他社の価格よりも少しだけ安くして市場全体の需要を獲得し、利潤を(ほぼ)2倍にする誘因をもつ。したがって、両企業が限界費用を上回る価格を設定するという均衡は存在しない[5]

相手企業よりも高い価格を設定すると利潤がゼロになるため、2つの企業が異なる価格を設定する均衡は存在しない[5]

したがって、ベルトラン・モデルにおける唯一の均衡は、2つの企業が限界費用を価格として設定し、ゼロ利潤を得るという状態である。これは、企業が完全代替である同質的な財を生産していることから起こる[5]

ベルトラン均衡は弱いナッシュ均衡(Weak Nash equilibrium)である。企業は、競争価格から逸脱しても均衡状態から利潤が減るということはない(いずれにせよ利潤はゼロである)。

クールノー均衡との比較

クールノー・モデルは、各企業が設定した生産量から市場全体の供給量が決まり、市場価格が決まるモデルである。一方、ベルトラン・モデルは、最低価格を提示した企業が市場の需要すべてを獲得すると仮定する[2]

比較すると、ベルトラン・モデルで記述される市場の方がクールノー・モデルで記述される市場よりも競争の程度が激しくなる。クールノー・モデルでは、一方の企業の生産量の増加がもう一方の企業の生産量の減少をもたらすことから、競争の程度がベルトラン・モデルほど激しくならない(生産量が戦略的代替英語版〈Strategic substitutes〉であると表現する)。一方で、ベルトラン・モデルでは、企業は競合他社の価格よりも低い価格を設定することで利潤を増やそうするため、競争の程度が激しくなる(価格が戦略的補完英語版〈Strategic complements〉であると表現する)[6]

クールノー・モデルは、企業が事前に生産量を決め、その生産量を販売することにコミットするような市場に適用できる[7]。ベルトラン・モデルは、生産量を柔軟に調整でき、企業が設定した価格の下で生まれる市場需要を満たす分だけ生産するような市場に適用できる[7]

どちらのモデルも他方のモデルよりも「優れている」というわけではない。各モデルの予測の精度は、各モデルが業界の状況にどれだけ近いかに応じて、業界ごとに異なる。

クールノーとベルトランの要素を両方組み込んだ2段階モデルを考えることもできる。そこでは、企業は第1ステップで生産量を決定し、第2ステップで価格を決定する。

批判

消費者の購買行動

ベルトラン・モデルは、極端な仮定をいくつか置いている。例えば、消費者は最安値の企業から購入すると仮定しているが、製品差別化や輸送コスト、商品検索コストなどが存在する場合はこの仮定は成立しない。同質財のベルトラン・モデルを差別化財のモデルに拡張した場合、価格が限界費用に等しくなるという結果は得られなくなる。検索コストが存在する場合は、独占価格や価格分散が均衡で発生する可能性が生じる[8]

生産キャパシティ

また、このモデルでは企業が無限に生産できると仮定されている。企業が単独で市場全体に供給する能力を持たない場合、「価格が限界費用に等しい」という結果は成り立たない。生産キャパシティがあるベルトラン・モデルは、ベルトラン=エッジワース・モデル英語版と呼ばれる。生産キャパシティがある場合、純粋戦略のナッシュ均衡は存在しない可能性があり、このことはエッジワースのパラドックス英語版と呼ばれる。しかし、一般的には、ヒュー・ディクソン英語版が示したように、混合戦略のナッシュ均衡が存在する[9]

固定費用

固定費用が存在する場合は、理論的予測は非現実的なものになる。を固定費用とし、を限界費用とする。限界費用は生産量に依存せず一定であるとする。このとき、生産量を生産するための総費用はとなる。価格は最終的には限界費用まで引き下げられ、企業の利潤はゼロになり、企業は固定費用を回収することができない。しかし、企業が傾きが正の限界費用曲線を持つ場合、正の利潤が発生し、固定費用を回収できる場合がある[10]

共謀

企業は共謀する誘因を持つ。共謀して独占価格を設定し、市場の総需要を山分けする場合、企業が社存在する場合は1社あたりの収入はとなる。共謀せずに限界費用で価格設定することは非協力的な行動の結果であり、このモデルの唯一のナッシュ均衡である[10]。したがって、同時手番ゲームから繰り返しゲームに移行すると、フォーク定理により共謀が起こり得る[11]

関連項目

参考文献

  1. ^ a b 小田切宏之『企業経済学』(2版)東洋経済新報社、2010年、138-140頁。ISBN 978-4-492-81301-0 
  2. ^ a b c Qin, Cheng-Zhong; Stuart, Charles (1997). “Bertrand versus Cournot Revisited”. Economic Theory 10 (3): 497–507. doi:10.1007/s001990050169. ISSN 0938-2259. JSTOR 25055054. https://www.jstor.org/stable/25055054. 
  3. ^ Bertrand, J. (1883) "Book review of theorie mathematique de la richesse sociale and of recherches sur les principles mathematiques de la theorie des richesses", Journal de Savants 67: 499–508
  4. ^ Edgeworth, Francis (1889) “The pure theory of monopoly”, reprinted in Collected Papers relating to Political Economy 1925, vol.1, Macmillan.
  5. ^ a b c d e Narahari, Y.; Garg, Dinesh; Narayanam, Ramasuri; Prakash, Hastagiri (2009), Game Theoretic Problems in Network Economics and Mechanism Design Solutions, Springer, p. 21, ISBN 978-1-84800-937-0, https://books.google.com/books?id=S7zxVKFmk24C&pg=PA21 
  6. ^ Brander, James A.; Spencer, Barbara J. (February 2015). Endogenous Horizontal Product Differentiation under Bertrand and Cournot Competition: Revisiting the Bertrand Paradox. Working Paper Series. doi:10.3386/w20966. https://www.nber.org/papers/w20966. 
  7. ^ a b Kirui, Benard Kipyegon (2013). “Reconciling Cournot and Bertrand Outcomes: A Review”. University of Dar Es Salaam, Dar Es Salaam: 3–7. hdl:10419/97305. http://hdl.handle.net/10419/97305. 
  8. ^ Salop, S.; Stiglitz, J. (1977). “Bargains and Ripoffs: A Model of Monopolistically Competitive Price Dispersion”. The Review of Economic Studies 44 (3): 493–510. doi:10.2307/2296903. JSTOR 2296903. 
  9. ^ Dixon, H. (1984). “The existence of mixed-strategy equilibria in a price-setting oligopoly with convex costs”. Economics Letters 16 (3–4): 205–212. doi:10.1016/0165-1765(84)90164-2. 
  10. ^ a b Bhattacharya, Rajeev; Sherry, Edward F. (2016). “Bertrand Competition”. The Palgrave Encyclopedia of Strategic Management. pp. 1–2. doi:10.1057/978-1-349-94848-2_571-1. ISBN 978-1-349-94848-2 
  11. ^ Fudenberg, Drew; Maskin, Eric (1986). “The Folk Theorem in Repeated Games with Discounting or with Incomplete Information”. Econometrica 54 (3): 533–554. doi:10.2307/1911307. ISSN 0012-9682. JSTOR 1911307. https://www.jstor.org/stable/1911307.