聖霊
聖霊(せいれい、希: Άγιο Πνεύμα、羅: Spiritus Sanctus、英: Holy Spirit、主にカトリック教会やプロテスタントでの呼称。日本正教会では聖神゚:せいしん[注 1][1])は、キリスト教において三位一体の神の位格の一つ[注 2][2][3]。聖霊について論じる神学を聖霊論という。
本項で扱う聖霊に漢字「精霊」を当てるのは誤字(もしくは誤変換)である[注 3][4][5]。
概要
[編集]広く「第三の位格」とも説明される一方で[注 2][2][3][6]、「第三の」といった数え方をせずに「ペルソナ(位格)の一者」[7]「個位(のひとつ)」[1]「神格(のひとつ)」[1]とだけ説明される場合もある。
4世紀に聖霊論を展開した聖大バシレイオス(聖大ワシリイ)は、聖霊に限らず、三位一体の各位格に言及する際に、数を伴わせることに批判的である[8][9][注 4]。
聖霊は愛によって人々を造り、そして幸せへと招いていく役割があるとされる[10]。
前提:共通点と相違点の存在
[編集]キリスト教内の各教派において、聖霊についての捉え方・考え方には、共通する部分と異なる部分がある。
西方教会と東方教会の間には、聖霊が「父(なる神)からのみ発出する」とするか、それとも「父(なる神)と子(なる神)から発出する」とするかを相違点とするフィリオクェ問題がある。正教会の神学者ウラジーミル・ロースキイは、フィリオクェ問題を東西教会の分裂の根源的かつ唯一の教義上の原因であるとしている[11](なお、20世紀末以降、西方教会側で「フィリオクェ」を削除ないし再考[12]する動きが散見される、詳細は後述[13])。
カトリック教会とプロテスタントの間においては、聖霊に関する教理が16世紀の宗教改革において聖書を優先していくプロテスタントの中心にあったとされることがある[14]。当時カトリック教会側においては、枢機卿ロベルト・ベラルミーノから、プロテスタントにおいて聖霊論と関係する教理である救いの確信を、プロテスタントが異端であることの最たるものとする批判があり[14]、またカトリック司祭エドマンド・キャンピオンは、聖霊論にプロテスタントとカトリック教会との根本的な相違があると捉えていた[14]。
このように教派ごとの相違点があり、論者によっては重要な争点と位置付けられる一方で[15]、論者によっては、伝統的な神学では聖霊論は非常に軽視されてきた分野であると評される事もある[16]。
本項では各節において、できる限り幅広い教派に共通する内容を先に述べ、次に各教派ごと(西方教会:カトリック教会・聖公会・プロテスタント、東方教会:正教会)の内容を簡潔に述べる。
神(位格・個位)
[編集]整理された教義(教理・定理)
[編集]カトリック教会[2]、聖公会[17][18]、プロテスタント[15][19][20]、正教会[1]、非カルケドン派[21]において、聖霊は三位一体の一つの位格(個位、神格、希: υπόστασις[注 5], 羅: persona[注 6])であると位置付けられる。
第1ニカイア公会議(第一全地公会、325年)の頃から第1コンスタンティノポリス公会議(第二全地公会、381年)の頃にかけて、こうした三位一体論の定式が(論争はこの二つの公会議が終わった後もなお続いていたが)整理されていった[22][23]。
「異端」とされた考え
[編集]本節では、いわゆる正統派から否定される諸説を概観する。「三位一体そのものを説明するよりも、三位一体でないもの(異端の教え)を説明し、それを否定する方がより正確」とされることがある[24]。
- 三神論(聖霊は「三つの神のうちの一つ」)
- いわゆる正統派によれば、聖霊は神であるが、父なる神・子なる神・聖霊は、三つの神ではないとされ、三位格は三神ではないとされる[24][25][26][27](なお、こうした「異端」が歴史上まとまった形で出現したことはないともされるが[28]、幾つかの事例につき「三重の神性」への傾斜として批判的に指摘されることはある[2])。
- 聖霊は一様式(mode)もしくは「一つの『役』」
- 「子なる神、聖霊は、時代によって神が自分を表す様式(mode)を変えていったもの」「一つの『役』のようなもの」と主張する考えは、様態論的モナルキア主義(英語: modalistic monarchianism)と呼ばれ、いわゆる正統派から否定される[24][29][30][31]。
- 聖霊の神性は比較的劣っている
- 聖霊の神性は認めるものの、父なる神(神父:かみちち)、子なる神(神子:かみこ、イエス・キリスト)よりも劣った存在であるとする主張である。この主張を聖霊について採るアリウス派は、子なる神も父なる神より劣ったものとした。アリウス派は第1コンスタンティノポリス公会議でいわゆる正統派から異端とされたが、聖霊の神性が比較的劣っているという教説も併せて否定されている[2][32]。
- 聖霊は神ではない
- 聖霊の神性を否定した人々は「聖霊神性否定論者、プネウマトマコイ」[33][34][35](ギリシア語: Πνευματομάχοι[注 7])、もしくは主唱者であったコンスタンディヌーポリ総主教の名から「マケドニオス主義者」と呼ばれる[34][36]、第1コンスタンティノポリス公会議でいわゆる正統派から異端とされた[34]。「聖霊は神の活動力だ」などと主張する団体もある[37]。
カトリック教会における聖霊信心
[編集]カトリック教会において、「来たり給え、創造主なる聖霊よ」(羅:Veni Creator Spiritus)のような聖霊を賛美するグレゴリオ聖歌は有名であり、また聖霊が使徒らに降った聖霊降臨という祝日が盛大に祝われる[38]。
その祝日に向けて、「聖霊への十日間の祈り」の信心が多くの国では根付いている[39]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 「神゜」は「神」に半濁点の「゜」(ただし厳密には半濁点ではない。詳細は「天の王」を参照。
- ^ a b 神゚は「神」に半濁点の「゜」をつけたもので、唯一神と区別するために付す。
- ^ 希: Άγιο Πνεύμαは「聖なるプネウマ(霊)」、英: Holy Spiritも聖なるスピリット(霊)」であって、「精」の字(「精霊」)は教会で使われないのみならず、語義的にも不適切である。
- ^ 聖大バシレイオス(聖大ワシリイ)は、「第一に、第二に、第三に」「一つには…、二つには…、三つには…」といった数え方・言及の仕方を三位一体に適用することに批判的である。彼はその根拠として、マタイによる福音書28章19節を挙げ、そこでイエス・キリストが「父と子と聖霊」を述べる際に数を伴わせていない事を挙げている。
- ^ (hypostasis):古典ギリシア語再建音からはヒュポスタシス、現代ギリシア語からはイポスタシスと転写し得る。
- ^ 転写:ペルソナ
- ^ (Pneumatomachoi):古典ギリシア語再建音からはプネウマトマホイ、現代ギリシア語からはプネヴマトマヒと転写し得る。
出典
[編集]- ^ a b c d “聖神”. 日本正教会. 2015年9月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月22日閲覧。
- ^ a b c d e “Holy Ghost”. CATHOLIC ENCYCLOPEDIA. 2019年6月22日閲覧。
- ^ a b “Holy Spirit”. ENCYCLOPEDIA BRITANICA. 2019年6月22日閲覧。
- ^ “牧師東西南北( 2002年6月2日 週報より)”. 2014年10月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年6月22日閲覧。
- ^ “キリスト教こんにゃく問答X「聖霊」”. 日本キリスト教団 行人坂教会. 2019年6月22日閲覧。
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- ^ 日本カトリック司教協議会教理委員会 2008, p. 220(685節).
- ^ バシレイオス 1980, pp. 125–126.
- ^ “NPNF2-08. Basil: Letters and Select Works”. Christian Classics Ethereal Library. 2019年6月22日閲覧。
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- ^ Vladimir Lossky (ウラジーミル・ロースキイ) 1997, p. 56
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- ^ 園部 1980, p. 355.
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- ^ “なにゆえキリストの道なのか(32)聖書を教える“エホバの証人”はキリスト教ではないのか”. クリスチャントゥデイ (2016年3月20日). 2018年1月1日閲覧。
- ^ “聖霊、私たちを愛へと導く愛”. OPUS DEI. 2018年5月28日閲覧。
- ^ “聖ホセマリアの文章による聖霊への十日間の祈り”. OPUS DEI. 2018年5月28日閲覧。[要ページ番号]
参考文献
[編集]- イラリオン・アルフェエフ著、ニコライ高松光一訳『信仰の機密』東京復活大聖堂教会(ニコライ堂) 2004年
- X. レオン・デュフール(編集委員長)Z. イェール(翻訳監修者)『聖書思想事典』三省堂 (1987年10月20日) ISBN 4385153507
- 『カトリック教会のカテキズム』日本カトリック司教協議会教理委員会(訳・監修)、カトリック中央協議会、2008年6月3日。ISBN 9784877501013。
- 『キリスト教大事典』日本基督教協議会文書事業部・キリスト教大事典編集委員会(企画編集)(改訂新版第二版)、教文館、1973年9月30日。ISBN 4764240025。
- 『キリスト教大事典』日本基督教協議会文書事業部・キリスト教大事典編集委員会(企画・編集)(改訂新版第4版)、教文館、1977年。ISBN 4764240025。
- フスト・ゴンサレス 著、鈴木浩 訳『キリスト教神学基本用語集』教文館、2010年11月。ISBN 9784764240353。
- 園部不二夫記念事業委員会 編『園部不二夫著作集』 第3巻(初代教会史論考)、キリスト新聞社、1980年12月。
- バシレイオス 著、山村敬 訳『聖大バシレイオスの『聖霊論』』南窓社〈キリスト教歴史双書〉、1998年1月。ISBN 9784816501951。
- 久松英二『ギリシア正教 東方の智』講談社〈講談社選書メチエ〉、2012年2月10日。ISBN 9784062585255。
- J.ペリカン (著)、鈴木 浩 (翻訳) 『キリスト教の伝統―教理発展の歴史 (第2巻)』教文館 (2006年12月) ISBN 9784764272576
- ルイス・ベルコフ著、赤木 善光 (訳)、磯部 理一郎 (訳)『キリスト教教理史』日本基督教団出版局 (2008年1月10日、オンデマンド版) ISBN 9784818450745
- モスクワ府主教マカリイ1世著『正教定理神学』正教会編輯局、明22.8
- ドナルド・K・マッキム 編『リフォームド神学事典』石丸新・望月明・村瀬俊夫(監修)、いのちのことば社、2009年4月2日。ISBN 9784264027294。
- アラン・リチャードソン 著、シリル・H・パウルス 訳『キリスト教教理史入門』聖公会出版、1978年5月10日。
- Vladimir Lossky (ウラジーミル・ロースキイ) "The Mystical Theology of the Eastern Church" St Vladimirs Seminary Pr (1997/3/1) ISBN 9780913836316
- Lossky, Vladimir (2001-06-01), Orthodox Theology: An Introduction, St Vladimirs Seminary Pr, ISBN 9780913836439
- “The Orthodox Faith - Volume I - Doctrine and Scripture - The Symbol of Faith - Holy Spirit”. Orthodox Church in America. 2019年6月23日閲覧。
関連項目
[編集]- 三位一体
- 異言
- Pneumatology
- 天の王 - 聖神゚(聖霊)の助けを求める正教会の祈り。
- サロフのセラフィム - クリスチャンの信仰生活の目的は聖神゜(聖霊)の獲得にあると述べたことで知られる正教会の聖人。
- 聖霊のバプテスマ
外部リンク
[編集]- 世界大百科事典 第2版『聖霊』 - コトバンク
- 小高毅「四世紀後半における聖霊論--ディデュモス『聖霊論』を中心にして--」『日本の神学』 1993年 1993巻 32号 p.24-44, doi:10.5873/nihonnoshingaku.1993.24。
- イェルサリム大主教聖キリール教訓/第六講話(ウィキソース)エルサレムのキュリロス著。