「最後のストライク」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
m →‎テレビドラマ: 記述の一部修正
7行目: 7行目:


== テレビドラマ ==
== テレビドラマ ==
[[2000年]][[7月28日]]に[[フジテレビジョン|フジテレビ]][[フジネットワーク|系列]]の「[[金曜エンタテイメント]]」枠にて、『'''最後のストライク 〜炎のストッパー津田恒美・愛と死を見つめた直球人生〜'''』のタイトルで放送された。
『'''最後のストライク 〜炎のストッパー津田恒美・愛と死を見つめた直球人生〜'''』のタイトルで、[[2000年]][[7月28日]]に[[フジテレビジョン|フジテレビ]][[フジネットワーク|系列]]の「[[金曜エンタテイメント]]」枠で放送された。


前述の津田晃代夫人による手記を原作として、フジテレビの[[ディレクター]]の熱意で温められた企画がドラマとして放送された。[[ウグイス#その他|ウグイス嬢]]や実況[[アナウンサー]]には、津田が現役当時に務めていた本人が出演し、また当時の津田のチームメイトも、端役として様々なシーンに出演している。
前述の津田晃代夫人による手記を原作として、フジテレビの[[ディレクター]]の熱意で温められた企画がドラマとして放送された。[[ウグイス#その他|ウグイス嬢]]や実況[[アナウンサー]]には、津田が現役当時に務めていた本人が出演し、当時の津田のチームメイトも、端役として様々なシーンに出演している。


なお、本作の脚本を手掛けた[[松原敏春]]は、放送からわずか半年後の2001年2月6日に53歳で急逝している。
なお、本作の脚本を手掛けた[[松原敏春]]は、放送から半年後の2001年2月6日に53歳で急逝している。


=== キャスト ===
=== キャスト ===

2019年2月24日 (日) 23:30時点における版

最後のストライク』(さいごのストライク)は、広島東洋カープ津田恒実の現役時代と闘病生活を描いた、津田晃代著のノンフィクション書籍。および、それを原作にして制作・放送されたテレビドラマ

概要

広島東洋カープの炎のストッパーとして活躍し、「弱気は最大の敵」の言葉を信条とした津田恒実の、選手時代の栄光と病魔に襲われてからの2年以上にわたる闘病生活を、妻であった津田晃代が綴った作品。1995年6月に、勁文社より『最後のストライク - 津田恒美と生きた2年3カ月』のタイトルで発刊された。1998年6月に幻冬舎より文庫化された後、2000年テレビドラマ化されている。メインタイトルの由来は、彼の命日がちょうどオールスターゲームの第1戦当日となった巡り合わせを、死期の「コントロール(制球)」に見立てての称。

テレビドラマ

最後のストライク 〜炎のストッパー津田恒美・愛と死を見つめた直球人生〜』のタイトルで、2000年7月28日フジテレビ系列の「金曜エンタテイメント」枠で放送された。

前述の津田晃代夫人による手記を原作として、フジテレビのディレクターの熱意で温められた企画がドラマとして放送された。ウグイス嬢や実況アナウンサーには、津田が現役当時に務めていた本人が出演し、当時の津田のチームメイトも、端役として様々なシーンに出演している。

なお、本作の脚本を手掛けた松原敏春は、放送から半年後の2001年2月6日に53歳で急逝している。

キャスト

スタッフ