ISU-152 (自走砲)

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ISU-152
Isu152 Kubinka.jpg
性能諸元
全長 9.18 m
車体長 6.77 m
全幅 3.07 m
全高 2.48 m
重量 46 t
懸架方式 トーションバー方式
速度 37 km/h
行動距離 150 km
主砲 152 mm ML-20S
副武装 12.7 mmDShk(無い物もあり)
装甲 前面上部90 mm 中部60 mm
下部90 mm
側面75 mm
後面60 mm
上面20 mm 下面30 mm
外防盾65 mm + 内防盾60 mm
エンジン V-2-IS 4ストロークV型12気筒
水冷ディーゼル
600 HP/450 kW
乗員 5 名
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ISU-152またはJSU-152ロシア語:ИСУ-152イー・スー・ストー・ピヂスャード・ドヴァー)は、IS-2のシャーシを利用し、ケースメート式に152mm 加農榴弾砲 ML-20 を装備した自走砲である。生産の終了するSU-152自走砲の後継として、1943年12月より量産が開始された。戦闘室はSU-152と類似した構造で、砲を122mmに変更したISU-122自走砲とは、ほとんど同じ車輌である。

本車の生産は戦後の1955年まで継続し、後に近代改修型として1956年にISU-152Kに、1959年にその一部がISU-152Mとなった。また大戦中にポーランド人民軍にも供与され、1960年代にエジプトに輸出もされている。生産数は、大戦中にISU-122系と合わせて約4075輌、大戦後にISU-152が約2450輌であった。

概要[編集]

KV-1S重戦車をベースとしたSU-152が、その火力で敵の重防御拠点や重戦車を破壊可能な成功作となったことから、KV-1Sの後継車でも、そのシャーシを流用した自走砲の開発が求められた。新型自走砲の開発は、ベースとなる新重戦車、後にIS-1と呼ばれるようになるIS-85の開発と併行して行われ、オブイェークト241の名で試作車が完成した。これは1943年夏にGKO(国防委員会)に提示され、ISU-152として採用、12月には同一車体で搭載砲が異なるISU-122と共に最初の35輌が生産された。

ISU-152のレイアウトは成功作であったSU-152のそれをほぼそのまま引き継いでおり、戦闘室形状も酷似しているが、KV系列に比べ新型のIS型シャーシが低いため、逆に上部戦闘室は背が高くなっている。車長および砲手用ハッチは、IS-1/2重戦車のキューポラ上に使われたものとほぼ同形の両開き式となり、後期の生産車では車長用ハッチに機銃架が装着された。この2つのハッチ、および後方の装填手ハッチ上には回転式のMK4ペリスコープが装着され、SU-152で使われていた戦闘室天井周囲の固定式ペリスコープは除かれた。

また戦闘室天井は、全面が溶接されていたSU-152に対し、ISU-152では後半部分がボルト止めに改められている。これは被弾・誘爆時に容易に外れて爆風を逃がすための措置で、前の型のSU-152では誘爆の圧力で完全に破壊される場合でも、ISU-152では再生可能なレベルに抑えることができた。

1944年2月には、軍または方面軍直轄の独立重自走砲連隊(OTSAP)に21輌ずつ配備され、1944年の末からは戦車軍直轄の特別機械化砲兵旅団に65輌ずつが配備された。ISU-152と122は、終戦までにこれらの53の部隊に編成された。重自走砲連隊は1944年夏のバグラチオン作戦から本格的に活躍を開始し、少なくとも14個連隊が投入された。また野戦だけでなく、後のケーニヒスベルクやベルリンのような市街戦でも威力を発揮している。ISU-152はISU-122に比べ砲の発射速度や砲口初速が劣り、対戦車戦闘に最適とは言えなかったものの、当時の中戦車クラスなら炸薬量の多い榴弾でも破壊可能で、徹甲弾がたとえ貫通しなくても装甲内壁を剥離・飛散させ乗員を殺傷したり、弾量効果による衝撃で叩き割ったり、故障をおこさせ戦闘不能に追い込むことができた。

新たなドイツ軍重戦車の出現に備え、より高い装甲貫徹能力をもつ砲を搭載することも試みられた。オブイェークト246(ISU-152-1)として長砲身の152mm砲であるBL-8を搭載したタイプが試作され、同じくBL-10を搭載するオブイェークト247(ISU-152-2)、また口径130mmの海軍砲S-26を搭載するオブイェークト250(ISU-130)も作られているが、どれも量産には至っていない。またIS-3の車台を用いて、前面装甲120mmの避弾経始を取り入れた戦闘室を持つオブイェークト704(ISU-152 1945年型)も作られ採用されたが、やはり本格量産には至っていない。

第二次世界大戦後の実戦参加[編集]

エジプト軍で使用されたISU-152。イスラエルラトルン戦車博物館に展示されている


形式・派生型[編集]

ISU-152
152mm砲装備。1943年から1955年に生産。
ISU-122
122mm砲装備。1943年から1952年に生産。1950年代後期以降、余剰化したISU-122は後述の派生車種に改造された。
オブイェークト246 (ISU-152-1)
長砲身152mm砲"BL-8"を搭載した試作型。
オブイェークト247 (ISU-152-2)
長砲身152mm砲"BL-10"を搭載した試作型。
オブイェークト250 (ISU-130)
長砲身130mm砲"S-26"を搭載した試作型。
オブイェークト704(ISU-152 1945年型)
IS-3の車体から改造された傾斜装甲を持つ152mm砲装備の試作型。
ISU-152K
1956年に改良された型。T-54と同じエンジンへの換装、車長キューポラ追加など。
ISU-152M
1959年に改良された型。暗視装置追加など。
ISU-T
ISU-122/152の主砲を撤去し、野戦指揮車両とした型。
BTT-1
ISU-122/152の主砲を撤去し、装甲牽引車/装甲回収車とした型。
2P4
ISU-122/152の車台をベースにしたFROG-1無誘導地対地ロケット輸送起立発射機。システム名称は2K4 フィリンロシア語版ドイツ語版
8U218
ISU-122/152の車台をベースにしたR-11ロシア語版英語版スカッドA弾道ミサイル輸送起立発射機
2P19
ISU-122/152の車台をベースにしたR-11ロシア語版英語版スカッドA / R-17スカッドB弾道ミサイル輸送起立発射機

登場作品[編集]

World of Tanks
ソ連駆逐戦車ISU-152として開発可能。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]