目録学

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目録学(もくろくがく)は、前近代中国図書目録を扱う学問。中国では伝統的に図書目録の制作が盛んだったため生まれた。校勘学や版本学と深い関係を有し、西洋や日本での書誌学図書館学図書館情報学に近い。

名称

西洋の「biography」は、中国では目録学または文献学と訳され、日本では書誌学と訳される。「目録」という語は、前漢末の劉歆が著した最初の目録である『七略』に見え、もとは書目の目次を示す言葉であったが、六朝時代以降、書籍目録を指す言葉として用いられた[1]

書物の目録(書目)が古くから存在する文化自体は普遍的なものであるが、これが学問として独自の発展を遂げたのは中国文化だけであり[2]、「目録学」と概念を全く同じくする英語の訳語は存在しない[3]

目録学は「校讎学」と呼ばれることもある。「校讎」とは、書物と書物を突き合わせて文字の比較校訂をすることを指し、これも劉向劉歆に遡る言葉である[4]

目録

目録とは、「ある書物の篇目と主旨を録すること」を本義とする。この書物の記録は、中国最初の目録である劉歆七略』以来、明確な分類体系の下に組織されて行われたが、その分類法は、その書物の内容が伝統的学問体系の中でどこを占めるかに従うものであった[5]

書物は、「四部」(古くは六部)に分けられ、その内部で「類」に分け、場合によってはさらに細かく分類し、最後にその中で書物を撰者の年代順に配列する。こうして作られた目録は、過去の学術全体を体系的・系統的に反映するものということになる[6]。こうした「目録」を対象にする学問を「目録学」と呼ぶ。

目録学は、狭義では、書籍を分類整理し、解題書録を作成するための学問であるが、そのためには、書物の内容の把握と、その分類の意味の把握をしなければならない[7]。手順としては、まずある一つの書に対して、写本版本を含めた多くのテキストを収集し、校勘を行い、定本を作って内容を把握し、これを解題に記す。そして学問体系のどこに位置づけられるか判定し、記録する[8]。この際に、書物の成立の考証研究、版本研究、書物の校勘、学術史的な知識が必要とされ、校勘学や版本学と深い関係を持つ。

目録学の意義

清代の考証学者の王鳴盛は、目録学の重要性を強調し、以下のように述べている[9]

目録の学は、学中第一の緊要の事なり。
王鳴盛、『十七史商榷』巻一

同じく清代の学者の章学誠は、目録学の意義を以下の二言で要約している。

学術を弁章し、源流を考鏡す。
章学誠、『校讎通義』序

ここでいう「学術」とは、学(学問)と術(技術)を指す。目録学は、学術的伝承の歴史を踏まえ、その源流を考察しながら、書物を整理・分類するものである[10]

目録の体裁

中華民国の学者である余嘉錫は、目録の体裁には以下の三種類があるとする[11]

  1. 分類の説明と、各書物に解題のあるもの。
  2. 分類の説明だけがあって、各書物の解題はないもの。
  3. 分類の説明と解題がともになく、ただ書名だけが挙がっているもの。

歴代の目録が、上の第三類のカタログ形式のものだけではなく、第一、第二の形態を持つのは、劉向劉歆以来の伝統を引いている。劉向『別録』は書物の一つ一つの解題で、その書物の編目、校勘の経過、著者の伝記、書名の意味や著述の由来が記されている。一方、劉歆『七略』は図書の分類に重点が置かれており、その各分類の説明として「輯略」が書かれた。[12]

歴史

古代中国においては、春秋戦国時代、すでに竹木を用いて作られた書物(策書)や布で作られた書物(帛書)が多く流通していた。宮廷の図書館には数多くの図書が所蔵されていたと考えられる[13]

しかし、始皇帝の際、焚書が行われて民間の図書が失われたほか、官府の書物も秦末の争いで多くが失われた。漢代に入ると、書物を集めて献上することが盛んになり、徐々に書物が収集された。前漢末の成帝のとき、あらためて書物を収集するとともに、劉向に命じて書物の校訂整理が行われた。劉向は自身の校勘の成果を『別録』に著した。この作業をもとにして、子の劉歆がその各書物の書目を示したのが『七略』であり、これが最初の目録である[14]

『漢書』芸文志

後漢班固が『漢書』を編纂する際、『七略』を抜粋しながら図書目録を収録した[10]。これが『漢書』の「芸文志」であり、『別録』と『七略』は現存していないため、現存最古の文献目録は『漢書』芸文志となる。『漢書』芸文志は、『七略』に基づき、六部分類法を採用して書物を分類した[15]

  1. 六芸略:儒教の経典を集めた部分。春秋論語孝経小学の九類。
  2. 諸子略:諸子百家の思想学説を集めた部分。陰陽縦横小説の十類。
  3. 詩賦略:三類(屈原らの抒情詩を主とする類・陸賈らの説辞を主とする類・荀卿らの物の形容を主とする類)・雜譜(テーマ別の賦)・歌詩の五類。
  4. 兵書略:軍事関係の書物。兵権謀・兵形勢・陰陽・兵技巧の四類。
  5. 術数略:占いや自然科学の書物。天文・歴譜・五行・蓍龜・雑占・形法の六類。
  6. 方技略:医学書。医経・経方・房中・神仙の四種。

六芸略・諸子略・詩賦略は劉向によって校定整理されたが、技術書である下の三部は、兵書略は任宏、術数略は尹咸、方技略は李柱国によって整理された[15]

四部分類への転換

『漢書』芸文志は六部分類法を取っていたが、後漢の紙の発明、また時代とともに増加する歴史書の増加の影響を受け、他の分類方法が試みられるようになった。まず、西晋荀勗が撰した『中経新簿』において、四部の分類方法が試みられた。これは、甲部(経書・小学、もとの六芸略)・乙部(諸子百家、術数、兵書など、もとの諸子略・兵書略・術数略・方技略)・丙部(史記、旧事など)・丁部(詩譜など、もとの詩賦略)の四部に分けるものである[16]

東晋に入り、李充が乙部と丙部を入れ替え、乙部を歴史書、丙部を諸子百家の書とし、これによって「経・史・子・集」をもって称される四部分類が完成し、この形式が現在まで続いている。但し、劉宋王倹が『七略』に倣った『七志』を作るなど、六部分類を取るものも消えたわけではなかった[17]

この頃から仏教道教関係の書物も合わせて分類されるようになる。阮孝緒の『七録』は、内篇の五部(経典・紀伝・子兵・文集・術数)と外篇の二部(仏法・仙道)からなり、全体の分類数としては「七」を意識しつつも、内実は四部分類の一種である。本書は梁代の官撰目録を継承しており、『隋書』経籍志の分類に大きな影響を与えた[18]

『隋書』経籍志

南北朝時代、南北の分裂や侯景の乱などの戦乱を経て、書物の散佚が進んだ。によって中国が再統一されると、牛弘の案によって大規模な蒐書が行われ、宮廷図書館の蔵書が強化された。唐代に入り、令狐德棻の提言のほか、魏徴虞世南顔師古などの働きもあり、蔵書は徐々に蓄積された[19]

『隋書』経籍志はもともと『五代史志』の一篇として編纂されたもので、南朝五朝(南朝の梁・陳、北朝の斉・周・隋)を通じての学術文化史という意味を持つ。もともと令狐德棻によって五代の正史の編纂が提言され、貞観3年(629年)に魏徴らによって『五代史伝』が完成した。しかし、ここには「志」が備わっておらず、于志寧李淳風らによって追加の編纂が進められ、顕慶元年(656年)に完成した[20]

『隋書』経籍志の構成は以下である[21]

  1. 経:春秋孝経論語讖緯小学(十類)
  2. 史:正史・古史・雑史・覇史・起居注・旧事・職官・儀注・刑法・雑伝・地理・譜系・簿録(十三類)
  3. 子:縦横小説・天文・歴数・五行・医方(十四類)
  4. 集:楚辞・別集・総集(三類)
  5. 付:道経・仏経

『隋書』経籍志は、完全な形で現存する第二の目録であると同時に[22]、漢代以来の学術の流れを総括したものであり、その資料的価値は高い[23]。また、『隋書』経籍志は、『漢書』芸文志に次ぐ分類の基準を定め、以後の『旧唐書』『新唐書』などの正史の目録はこれに依拠しながら分類法を定めた[24]。日本の藤原佐世の『日本国見在書目録』も、『隋書』経籍志の分類法を取り込んだものである[25]。以後、『四庫全書総目提要』に至るまで、『隋書』経籍志の定めた基準が細かな改良を加えられながらも用いられ続けた[25]

民間の蔵書目録

宋代に入り、木版印刷が盛んになるにつれて、徐々に書物の量が増え、個人の蔵書家も増えてきた[26]。個人の蔵書家による目録・書物解題として最初のものは,、南宋の晁公武による『郡斎読書志』である。晁公武は、手に入れた本を校勘しながら読み通し、それらの書物の要綱を書いた。これは、ある個人が実際に入手した本をもとに自ら書き記した記録であり、記事の信頼性はかなり高い[27]

また、同じく南宋の陳振孫による『直斎書録解題』も著名であり、書物の解説を「解題」と称するのはこの本に始まるとされる。それぞれの書物の入手経路なども合わせて書かれている点に特色がある[27]

四庫提要

解題を含めた目録の決定版として、清代に乾隆帝の命令で作られた『四庫全書総目提要』がある。これに対する補訂として、余嘉錫の『四庫提要弁証』、胡玉縉の『四庫提要弁証補正』などがある[28]

参考文献

日本語文献

単著

  • 清水茂『中国目録学』筑摩書房、1991年。ISBN 4480836055 
  • 興膳宏; 川合康三『隋書經籍志詳攷』汲古書院、1995年。ISBN 4762924814 
  • 井波陵一『知の座標 中国目録学』白帝社、2003年。ISBN 9784891746346 
  • 井波陵一『漢籍目録を読む』研文出版、2004年。 
  • 余嘉錫 著、古勝隆一ほか 訳『古書通例:中国文献学入門』平凡社〈東洋文庫〉、2008年。ISBN 9784582807752 
  • 余嘉錫 著、古勝隆一ほか 訳『目録学発微:中国文献分類法』平凡社〈東洋文庫〉、2013年。ISBN 9784582808377 
  • 程千帆; 徐有富 著、向嶋成美ほか 訳『中国古典学への招待 : 目録学入門』研文出版、2016年。ISBN 9784876364091 
  • 古勝隆一『目録学の誕生 劉向が生んだ書物文化』臨川書店、2019年。ISBN 9784653043768 

論文・概説

  • 服部宇之吉 著「目録学概説」、慶応義塾望月基金支那研究会 編『支那研究』岩波書店、1930年。 
  • 倉石武四郎 著、東京大学東洋文化研究所附属東洋学文献センター刊行委員会 編『目録学』岩波書店、1973年。 
  • 武内義雄 著「支那学研究法」、慶応義塾望月基金支那研究会 編『武内義雄全集 第九巻』角川書店、1979年。 
  • 勝村哲也「目録学」『アジア歴史研究入門3』同朋舎出版、1983年。 
  • 井上進 著「史資料を読むために 目録学—読書の門径」、礪波護[など] 編『中国歴史研究入門』名古屋大学出版会、2006年。ISBN 978-4-8158-0527-2 
  • 狩野直喜「目録學大要」『漢文研究法 : 中国学入門講義』平凡社〈東洋文庫〉、2018年。ISBN 9784582808902 

中国語文献

  • 姚名達『中國目録學史』商務印書館、1938年。 
  • 余嘉錫『古書通例』上海古籍出版社、1985年。ISBN 7805233403 
  • 余嘉錫『目録学発微:中国文献分類法』巴蜀書社、1991年。 
  • 程千帆; 徐有富『校讎広義-目録編』河北教育出版社、2000年。 

脚注

  1. ^ 勝村 1983, p. 1-2.
  2. ^ 古勝 2018, p. 7-8.
  3. ^ 清水 1991, p. 3-4.
  4. ^ 古勝 2018, p. 19-21.
  5. ^ 井上 2006, p. 318.
  6. ^ 井上 2006, p. 319.
  7. ^ 清水 1991, p. 4.
  8. ^ 井上 2006, p. 319-320.
  9. ^ 勝村 1983, p. 2.
  10. ^ a b 古勝 2018, p. 32-34.
  11. ^ 清水 1991, p. 13-14.
  12. ^ 清水 1991, p. 14-15.
  13. ^ 清水 1991, p. 12.
  14. ^ 清水 1991, p. 12-13.
  15. ^ a b 清水 1991, p. 15-18.
  16. ^ 清水 1991, p. 26-28.
  17. ^ 清水 1991, p. 29-30.
  18. ^ 興膳 & 川合 1995, p. 27-30.
  19. ^ 興膳 & 川合 1995, p. 30-32.
  20. ^ 興膳 & 川合 1995, p. 32-33.
  21. ^ 興膳 & 川合 1995, p. 33-35.
  22. ^ 興膳 & 川合 1995, p. 1.
  23. ^ 興膳 & 川合 1995, p. 36.
  24. ^ 興膳 & 川合 1995, p. 43.
  25. ^ a b 興膳 & 川合 1995, p. 44.
  26. ^ 清水 1991, p. 52.
  27. ^ a b 清水 1991, p. 57-58.
  28. ^ 井上 2006, p. 320-322.

関連項目

外部リンク