懐中電灯
懐中電灯(かいちゅうでんとう)とは、商用電源のない所で用いるための携帯用照明器具の一つである。方言では電池、棒電池とも呼ばれる。
アメリカ英語では flashlight(フラッシュライト、カメラのフラッシュは「エレクトロニックフラッシュ」が本来の呼称)、イギリス英語では electric torch(エレクトリック・トーチ、直訳すれば電気松明)、また松明が一般的でなくなった現代では単に torch(トーチ)とも。
概要
懐中電灯は、反射鏡やレンズにより光束を集中させ、少ないエネルギーで十分な照度が得られるようすることで携帯が可能なサイズになった照明である。用途は夜間もしくは暗所においての光源であり、災害時などにも威力を発揮する。対象となるものを明るく照らし出すものと、ランタンのように周囲を明るく照らすために利用されるものがあり、以下に述べる光源の種類によって性質が異なる。
従来は光源に豆電球を用いたものが多かったが、近年は消費電力が小さく素子の寿命も長い高輝度LEDを用いた製品も見かけるようになった。これらは光源が点であることから、特定の方向を明るく照らす用途に向く。一方で面的な光源である蛍光灯やエレクトロルミネセンスを利用したものは、周辺を明るく照らす用途に向く。
多くは乾電池を電源としているが、非常用にと普段余り顧みずに放置していると液漏れや自然放電によって、いざという時に使用できない可能性がある。また、非常時には乾電池の入手が困難な場合もあるため、太陽電池や手動の発電機で内蔵した蓄電池を充電する機種もある。
特殊用途として、天体観測で眼が電灯の明るさに慣れて、暗視に必要な視紅素が失われることで暗い星が見えなくなるのを防ぐため、赤色光を発する天体観測用の補助照明がある。また、シュアファイアやストリームライトといったブランドでは軍や警察向けの懐中電灯も発売しており、これらの製品は単に暗がりを照らすだけでなく、高い照度で敵を眩惑させる目的もある。これら軍・警察用を想定した製品は頑強に作られており、鈍器(警棒の類)として使用されるものも存在する。
有名な懐中電灯のブランドとしてはマグライトが挙げられる。他にも総合家電メーカーから多様な製品も発売されているほか、大小様々なメーカーからも発売されており、家電量販店やホームセンター、アウトドア用品店をはじめ、安価なものは100円ショップやコンビニエンスストアでも販売されている。
また、被災時に役立つようラジオ放送が受信できるものや、テレビ受像機が内蔵されているものもある。小型のものでは防犯ブザーと一体化している製品も見られる。なお、2011年7月以降のテレビ放送の地上波デジタル化により、テレビ受像機およびラジオの“テレビ音声受信”の機能は使用出来なくなった。
歴史
1896年に最初の乾電池が発明され、それまでの液体を利用した湿電池に比べて持ち運びの安全性が増したことが懐中電灯開発の背景にある。 1899年1月10日、アメリカン・エレクトリカル・ノベルティ・アンド・マニファクチャリング・カンパニー(現在のエナジャイザー。「エバレディ」ブランドの乾電池で知られる)がイギリスの発明家のデヴィッド・ミゼルから特許(U.S. Patent No. 617,592 1898年3月12日)を取得した[1]。ミゼルの発明品は今日の懐中電灯であり、紙製の円筒の中に乾電池を収め、その終端に電球と真鍮製の反射板を収めたものだった[2][3]。同社は開発した懐中電灯をニューヨーク市警に寄付し好意的な反応を得た[4]。
当初の懐中電灯はマンガン乾電池を使用していたが、安定した電力を供給することが難しく、電流を時々切って休ませないと稼動させ続けることができなかった[5]。しかも電球はエネルギー効率の悪い炭素性フィラメントを用いた電球だったため、短い間隔で電流を切って休ませなければならなかった。こうしたことから初期の懐中電灯は短い時間にパッと光を浴びせることしかできなかったため、「フラッシュライト」の名で呼ばれるようになった[3]。
構造
発光素子(豆電球、高輝度LED、蛍光灯)、電源(乾電池、二次電池、発電機)、スイッチ、反射鏡などから構成されている。構造が簡素な物では頭部を回すことで点・消灯させている。これは、スイッチを別に設ける必要が無く、防水パッキンなどで比較的簡単に防水構造を作れるからである。また、爆発性ガスの充満しているような現場で使うために、極めて気密性の高い構造にしているものもある(防爆型)。そのほか、旅館などで見られる常備灯のようにスイッチが無く、台座から取り外すと点灯するものがある。このタイプは懐中電灯を支える部分が電池と電池の間の絶縁スペーサーも兼ねていて、壁から取り外すと電池が接続されて点灯する。
光源
- 豆電球
- 電球は消耗品だが、キセノンやクリプトンなどの希ガスやハロゲンなどを封入し寿命を延長したものもよく使われる。長時間利用したり点灯中に強い衝撃を与えると断線することがある。照らせる範囲に幅があり、反射鏡を調節することで任意の範囲を照らせるなど融通が利く。反射鏡の形状によっては、光線の照射ムラが発生するため、読書や細かい作業を行う照明に向かないことがある。古くからあるため多様な製品が存在するが、近年はLEDの普及により姿を消しつつある。
- 蛍光灯
- テントの中など広く照らしたい用途向け。面発光であるため、広範囲を照らすことができ、光線のムラが少ないなどの特徴がある。ただ消費電力は大きく、アルカリ電池など容量の大きい電池が必要である。遠くを照らす用途には向かない。消耗品である蛍光灯サイズの制約から中型〜大型の製品が多い。近年はLEDの普及により姿を消しつつある。
- LED
- 白色LEDが用いられるが、簡易的なものでは赤や青、緑なども使われる。また、特殊用途向けでは、赤外線、紫外線を発するものもある。豆電球と違って衝撃で断線することがない。また、消費電力が小さいことから長時間使用が可能であり、より小型の電池で利用できることからキーホルダー型など小型の製品も多い。消費電力の小ささから、発電式のものでも一度の発電で長時間点灯できる。発生熱量も格段に小さいため、小型軽量で密閉防水構造の製品も多い。高光量を得るために複数個のLEDを使用したり、高効率のLEDを使用する製品もある。2000年代後半から表面実装の小チップ型LEDの性能が飛躍的に向上し、2010年代以降は小チップ型1枚で1000ルーメン以上の明るさを発揮する製品も数多く登場している。また、豆電球タイプの交換用のLED球も存在しており、口金や端子および電圧が合えば豆電球タイプの懐中電灯を簡単にLED化可能である。
- エレクトロルミネッセンス (EL)
- 上記LEDもELの一種ではあるが、この他に薄膜EL素子(→有機エレクトロルミネッセンス)を使って面発光するものがある。現行では懐中電灯というよりも表示機材の一種ではあるが、将来的には面発光することにより蛍光灯並みの明るさで、遥かに少ない電力で照らせるものの開発も期待されている。
- HIDライト(High Intensity Discharged lamp)
- HID(放電光)を光源としたもので、いわゆるメタルハライドランプもこの一種。動作電圧が高いため電池を電源とする懐中電灯には向かなかったが、従来より自動車ヘッドライトやプロジェクタ光源として利用されており、軍用懐中電灯などで製品化されていた。フィラメントを使用する電球一般より寿命が長く、突然断線するということがない。また、色温度の高い白色光で高輝度を特徴とする。エネルギー効率も高いが、電圧安定器を必要とすることから器具本体が重くなり、価格も高い。放電光ランプの常として発生熱も大きめであり、密閉防水構造が取りにくいことから防水性の高い製品は限られる。近年はLEDの高効率化により姿を消しつつある。
種類
(家電量販店やホームセンターなど広く流通しているもの)
- ペンライト、ポケットライト - 主に筒状の構造で細長い形状をしている。電源には単四形または単三形の乾電池を用いるものが多い。
- キーホルダーライト - アルカリボタン電池またはコイン形リチウム電池を用いるものが多い。
- ヘッドランプ - 頭に取り付けて使用する。両手が自由になるため、暗所での作業全般から、登山や釣りといったアウトドアレジャーまで幅広く普及している。
- ランタン - 360度の全方向を照らす。主にアウトドアや防災用に普及している。
- 常備灯 - 普段は電池を分離するスペーサーが付いた専用の支持台に取り付けられており、そこから取り外すと電池の接点が繋がり点灯する仕組みのものが多い。
- 多機能ライト - ラジオ、時計、非常用サイレンまたはブザー、テレビ、携帯電話の充電器などの機能を搭載。やや大型で“懐中”とは言い難いものもある。
(その他)
- 水中ライト - 完全防水仕様。スキューバダイビングをはじめとした水中用。
- フレキシブルライト - 自在に曲がるフレキシブルパイプの先端に光源が付いている。狭く入り組んだ箇所を照らす機械作業等に用いられる。
- 自動巻発電方式 - 内部にコイルと強力磁石を内蔵しており、本体を振ると磁石が動いて電磁誘導の原理により発電する。自動巻発電腕時計と同じ原理。余った電力はコンデンサやバッテリーに蓄えられる。
- ダイナモライト - 手回し式または弾み車とワインダーを組み合わせて回す発電機を搭載。上述の多機能ライトの機能をいくつか取り込んだものもあり、防災用に多い。
- 非常信号灯 - 懐中電灯から派生した製品。赤色で広範囲を照らせる散光タイプが多い。スイッチ切り替えで通常の懐中電灯として使用できるものもある。自動車向けのものでは、発炎筒の補助や代替用として販売されている。底面に磁石が付いており自動車のボデー等に取り付けて点灯できるものもある。
- コードレス蛍光灯 - 安定器を用いずインバータにより、電池の電圧を昇圧して蛍光灯を点灯させる。そのためグロースタータ(グロー球)の必要性はない。豆電球も内蔵しているものが多い。乾電池は単一電池より小さくなると電池寿命が短い。初期のナショナル製品などでは大ぶりで多機能ライト並みの本体サイズであったが現在では単三電池で照らす方式の場合ポケットに入るサイズにまで小型化されている。
- ウェポンライト - アサルトライフルや短機関銃といった小火器と併せての使用を想定して設計されており、ピカティニー・レールと接続可能なものが多い。暗がりを照らしたり、相手を眩惑するのに用いる。ライトの角度をあらかじめ調節しておくことで、近距離において照らされた範囲に向かって射撃するための簡易照準具としても応用できる。「タクティカル(戦術)ライト」とも呼ばれる。
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キーホルダーライト
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ランタン(パナソニック製)
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コードレス蛍光灯(ナショナル製)
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クリプトン防水ライト(東芝製)
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ラジオ付き懐中電灯
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多機能ライト(ツインバード工業製)
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タクティカルライト(シュアファイア製)
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非常信号灯(東芝製)非常信号用で点灯中
電池に関する注意
懐中電灯の能力を正しく発揮するため、機種に適した電池を使用する必要がある。
長期保管を前提とした常備灯などではマンガン乾電池、高光量を求めたものはアルカリ乾電池での使用を想定して設計されたものが多い。
ニカド電池 (Ni-Cd) やニッケル・水素充電池 (Ni-MH) は電圧が低いため、アルカリ乾電池やマンガン乾電池の代わりに用いた場合は十分な光量が得られない場合がある。なお、「エネループ」が普及して以降の新製品にはニッケル・水素充電池 (Ni-MH) に対応し、性能を十分に発揮できるものがある。かつて販売されていたオキシライド乾電池は電圧が高いため、短時間で電球のフィラメントを焼き切ってしまう危険性がある(注意書によると、実験ではフィラメントの高熱で豆電球が溶けた例もある)。そのため、オキシライド乾電池の製造元である松下電器産業(現:パナソニック)では、豆電球を使った機器に使用しないよう呼びかけている。
電池の液漏れによる腐食を防ぐため、長期間使用しない場合は電池を外しておくことが望ましい。常備灯にあっては、定期的な点検を心がけたい。なお、リチウム電池(一次電池)を利用するタイプには長期間放置しても大丈夫なタイプもある。
懐中電灯の使用に関する注意
強力な光を発する懐中電灯全般に言えることだが、注意書きにもあるように、人の顔めがけて照射してはならない(白内障等、視覚障害の原因となるため)。
高出力タイプの中には連続点灯時間が規定されているものがある。これは連続使用による温度上昇で故障する可能性があるためである。電球を使うタイプでは、フィラメントが切れたり電球自体が破損し、短時間で使用不能となることがある。本来長寿命であるLEDを使うタイプでも、大電流で明るさを売りにした製品などは熱による劣化でLEDの寿命が著しく短くなる。また、光源以外に電源回路も熱によるダメージを負う場合がある。詳細は各製品の取扱説明を参照すること。
防水型では、防水性能を維持するため、防水用のOリングなどを手入れすることが重要である。定期的なOリングへのシリコンオイルの塗布やOリング自体の交換を必要とする(通常の機械油ではOリングが劣化・破損する場合があるので注意)。
2017年には、正当な理由なく懐中電灯を隠して持ち歩く行為により、軽犯罪法違反容疑で逮捕された事例がある[6]。
主な懐中電灯メーカー&ブランド名
- パナソニック株式会社(日本) - 東日本大震災以降、常備灯や多機能ライトといった防災を意識した製品を多く発売している。
- 株式会社ジェントス(日本) - 日本国内のホームセンターや家電量販店で販売されている。マーケティングの強さから国内の産業分野・現場での支持が厚い。
- 朝日電器株式会社(日本) - “ELPA”のブランド名で、日本国内のホームセンターや家電量販店で販売されている。
- 株式会社キャットアイ(日本) - 主に自転車用の製品を多く発売している。
- MAG-LITE(米国) - 米国をはじめ世界的に有名。日本国内でも知名度は高く、比較的普及している。
- SureFire LLC(米国) - 20年以上にわたり米軍正式採用の実績をもつ。軍・警察・消防から一般向けの製品まで幅広く手がける。
- Streamlight(米国) - 軍・警察・消防から一般向けの製品まで幅広く手がける。
- Petzl(欧州・米国) - アウトドア向けのヘッドランプが有名。日本国内では主にアウトドア用品店で販売されている。
- Ledlenser(ドイツ) - “LEDLENSER”(レッドレンザー)のブランド名で発売。
脚注
- ^ Patent number: 617592 by David Misell
- ^ History of Batteries (and other things)
- ^ a b Flashlight Museum
- ^ Steve Hathcock. “Give Me a Light”. Island Breeze. 2007年10月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2007年2月5日閲覧。
- ^ Brooke Schumm. “Nonrechargeable Batteries”. The Electrochemistry Encyclopedia. 2013年10月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年12月13日閲覧。
- ^ “理由なく「懐中電灯」持ってると逮捕される 軽犯罪法違反になる意外な物品”. J-CASTニュース (ジェイ・キャスト). (2017年3月12日) 2017年6月11日閲覧。
関連項目
外部リンク
- 懐中電灯 - コトバンク
- パナソニックが考える究極の懐中電灯とは - 家電 Watch(インプレス)