読書

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読書

黒田清輝画 『読書』(1890年頃)

読書(どくしょ)は、を読むこと。特に好んで読む本を愛読書、また本を読む人は読者と呼ぶ。

歴史[編集]

読書の意味は「書を読む事」とされるが、活字の登場以前では、これらは主に裕福層やインテリ層にのみ許された行為であった。活版印刷技術の登場以降、書籍が大量生産されるようになって、大衆識字率は格段に向上し、読書は大衆娯楽(趣味)としても広く受け容れられるようになっていった。

日本では、江戸時代までは、主に四書五経など漢籍音読(おんどく)が行われていたが、明治時代以降になると黙読(もくどく)が主となった。当初黙読がそれほど広まっていない頃には、黙読する人は「何を読んでいるのか分からない」ため気味悪がられ、また、黙読が広まっても、なかなか音読の習慣を止められない人もいたとされる。黙読している間も声を出さずに音読しているのと同じように読む人もいる。また、江戸時代には四書五経のような教養書の他に戯作本(『東海道中膝栗毛』等)が登場して出版業が成立、生活に余裕のある都市住民を中心に娯楽としての読書が広がっていた。当時、日本語の崩した文字に対応するために、木版印刷が広く用いられた。

20世紀になると大衆の教育の広がりと向上により、かつてより書を読む人間が増えて、また出版技術の向上により大量出版の時代となった。日本においては、大正時代から昭和前期における円本の流行が「廉価な本を大量に発行する」という出版形態の発端とされる。しかし、20世紀後半になってテレビやインターネット等他メディアの爆発的な発達により、知識情報獲得手段としての読書の地位が相対的に低下していったため、若者が本を読まなくなったと嘆く人間の間で「活字離れ」「読書離れ」が語られることがある。

読書の様式[編集]

Japanese Reading.jpg

他の読み方としては、要所をピックアップして行くなどして読書速度を上げる速読(そくどく)や、内容をよく理解して更にはその思想までもを汲み取ろうとする精読(せいどく)などがある。本を読まずに大量に積み上げることを「積ん読」(つんどく)とも皮肉って言う。また、書籍に限らないがその原稿を関係者や第三者が読んで問題点を指摘することを査読(さどく)といい、更に問題点を修正したりすることを校正(こうせい)という。

読書にのめり込んで、終始活字を目で追わなければ気がすまないようになった人間は、「活字中毒」とされる。その一方でビブリオマニア(書痴・愛書狂)のように、書籍それ自体をこよなく愛好する向きもあり、書店のみならず古書専門店も根強い人気を得ている。

20世紀末より、インターネットの普及などにより、プレーンテキストデータのみならず、様々な図表も入った書籍データパソコン携帯情報端末 (PDA) 等にダウンロードして、専用ビューワーを利用して読書するなど、その方法は多様化している(→電子書籍)。

本来、内向的な行為とされる読書だが書評読書日記などを通して自己表現として評価されることもある。読書のWebサイトでは、書評ページの「松岡正剛の千夜千冊」に見られるような、様々な書評サイトがある。

読書運動[編集]

「読書する少女」像(長浜市

読書を呼びかける運動を総称して、読書運動と呼ぶ。子どもの情操教育、リテラシー教育、活字離れ対策、出版産業の振興など、さまざまな視点から運動が展開されている。中でも青少年読書感想文全国コンクールは知名度と歴史において際だっている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]