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寺尾 (川越市)

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寺尾
川越市寺尾の商店街。東武東上本線新河岸駅付近。
川越市寺尾の商店街。東武東上本線新河岸駅付近。
寺尾の位置(埼玉県内)
寺尾
寺尾
寺尾の位置
北緯35度53分15.76秒 東経139度30分31.23秒 / 北緯35.8877111度 東経139.5086750度 / 35.8877111; 139.5086750
日本の旗 日本
都道府県 埼玉県
市町村 川越市
地区 高階地区
設置 1889年明治22年)4月1日
人口
2017年(平成29年)10月1日現在)[1]
 • 合計 10,107人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
350-1141[2]
市外局番 049[3]
ナンバープレート 川越

寺尾(てらお)は、埼玉県川越市大字。旧入間郡寺尾村郵便番号は350-1141[2]

地理

川越市の南部に位置し、新河岸川を跨いだ北部を牛子、同じく新河岸川を跨いだ東北部を南田島飛地、東部をふじみ野市川崎、東南部をふじみ野市元福岡、南部をふじみ野市北野、西部を藤間、西北部を及び下新河岸と接する。地域は新河岸川右岸低地及び台地にあたり、農地の散見される住宅地として利用されている[4]。北部は東武東上線新河岸駅が、南部は同線上福岡駅が徒歩圏内にある。

河川

歴史

川越五河岸と新河岸川の位置

古くは三芳野郷仙波庄に属した[5][6]。『北條役帳小田原衆所領役帳)』に「二百貫文寺尾諏訪三河守」とあり、また『北條記小田原記)』 に「武州寺尾の住人諏訪右馬助」とあり、この地に1546年天文15年)の川越夜戦の際に北条氏康の使者として川越城内に入った後北条氏の家臣、諏訪右馬亮の居城があるという伝承を裏付けている[4][5][6][7]。ただし橘樹郡寺尾の支城馬場村、秩父郡寺尾村など異説がある[5][6][7]江戸時代に入ると、諏訪氏家臣だった河野家望月家等がこの地に帰農した[8]。江戸初期から御料所であったが、川越藩主酒井重忠の代に河越城附の村となった[5][6]。『新編武蔵風土記稿』では民戸75[6]。この頃の小名に猫山(根小屋の転訛といわれる)、城山、舟戸、久保、柳下、五反田があった[5][6]。村高は『武蔵田園簿』によれば154、『元禄郷帳』では366石余り、『天保郷帳』では367石余りとされる[4]南田島村牛子村上新河岸下新河岸から入作が行われ、藤間村久下戸村出作が行われていた[4]1798年寛政10年)に書かれた『寺尾川岸ノ由来書』によれば1638年寛永15年)、仙波東照宮が同年1月28日の川越大火によって消失したのち、その再建の際に川越藩主堀田正盛荒川筋老袋河岸及び平方河岸から資材を陸揚げせよと命じたが、春先の渇水のため運送がかなわず寺尾村の五反田から陸揚げすることにした[8]。この際に古市場・難畑(現・富士見市南畑)・引俣引又宿。現・志木市)の3か所の土橋を運送の妨げになるため壊し、下を高瀬舟が行き交えるよう板橋に架け替えた[8]。この時の河岸は再建物資を陸揚げするための臨時に造成されたものであったが、正保年間に川越藩主松平信綱によって改めて恒久的な河岸を開くよう命じられた。この寺尾河岸川越五河岸のひとつとして栄え、1774年安永3年)に船問屋が公認され、明治初年までに中屋・伊勢仙・蔦屋・吉野屋・石川屋・新屋(あたらしや)・洲崎屋の7軒の船問屋が開業された[8]。明治10年代までに船問屋は中屋・伊勢仙・蔦屋・洲崎屋の4軒に減少した。

明治時代に入って1889年明治22年)4月1日町村制施行に伴い、入間郡砂新田連合戸長役場区域内の寺尾村は同区域内の砂村扇河岸村上新河岸村下新河岸村砂新田及び大井町連合戸長役場区域の藤間村と合併し高階村大字のひとつとなった[9]1876年明治9年)の人口は524人[10]。新河岸川の水運は1931年昭和6年)に改修工事の終了及び埼玉県からの通船停止令の発令により廃止され、五河岸全てが廃止された[11]1939年(昭和14年)4月10日には福岡村福岡に一部が編入された[4]1955年昭和30年)4月1日、高階村は川越市に編入され、寺尾は川越市の大字のひとつとなった[9]

世帯数と人口

2017年(平成29年)10月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

大字 世帯数 人口
寺尾 4,468世帯 10,107人

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[12]

番地 小学校 中学校
1〜96
111〜177
181〜182
228〜242
川越市立高階小学校 川越市立寺尾中学校
その他 川越市立寺尾小学校

交通

鉄道

地内に鉄道は引かれていないが、東武東上線新河岸駅が最寄駅になる。

バス

道路

国道、県道は地内に存在しないが、川越市道路愛称選定委員会により「並木通り」と愛称が制定された市道が南部に設置されている[13]

史跡

施設

脚注

  1. ^ a b 川越市 町字別・男女別人口と世帯数”. 川越市 (2017年10月2日). 2017年10月14日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年10月11日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1980年7月。
  5. ^ a b c d e f g 新編武蔵風土記稿巻之百六十六』、「大日本地誌大系(八)新編武蔵風土記稿 第八巻」雄山閣、1957年9月再版所収。
  6. ^ a b c d e f g h i 新編武蔵風土記稿 1929, p. 297.
  7. ^ a b 吉田東伍『増補大日本地名辞書 第六巻 坂東』冨山房、1970年6月増補(1903年10月初版)p429
  8. ^ a b c d 斎藤貞夫『川越舟運=江戸と小江戸を結んで三百年』さきたま出版会、1982年6月、pp27-81。
  9. ^ a b 『埼玉大百科事典 第三巻』埼玉新聞社、1974年11月。
  10. ^ 新編埼玉県史 別編5 統計 付録『町村編制区域表他』埼玉県、1981年3月。
  11. ^ 新河岸川広域景観プロジェクト便vol2
  12. ^ 町名地番別川越市立小・中学校検索”. 川越市 (2015年1月3日). 2017年10月14日閲覧。
  13. ^ 愛称道路-川越市

参考文献

関連項目

外部リンク