養命酒

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養命酒(ようめいしゅ)は、養命酒製造株式会社が製造、販売する薬味酒・薬用酒である。

製品概要[編集]

正式な商品名は「薬用養命酒(やくようようめいしゅ)」である。14種類の生薬により、滋養強壮の効能を持つとして販売されている。

なお、生薬の内訳は以下の通り。[1]

  1. 桂皮(けいひ) - 4500 (mg/l)[2]
  2. 紅花(こうか) - 200 (mg/l)[2]
  3. 地黄(じおう) - 1000 (mg/l)[2]
  4. 芍薬(しゃくやく) - 1000 (mg/l)[3]
  5. 丁子(ちょうじ) - 400 (mg/l)[3]
  6. 杜仲(とちゅう) - 300 (mg/l)[3]
  7. 人参(にんじん)(朝鮮人参) - 1000 (mg/l)[3]
  8. 防風(ぼうふう) - 1600 (mg/l)[3]
  9. 鬱金(うこん) - 600 (mg/l)[2]
  10. 益母草(やくもそう)メハジキの葉茎) - 800 (mg/l)[3]
  11. 淫羊藿(いんようかく) - 1900 (mg/l)[2]
  12. 烏樟(うしょう) - 9900 (mg/l)[2]
  13. 肉蓯蓉(にくしょうよう) - 800 (mg/l)[3]
  14. 反鼻(はんぴ) - 200 (mg/l)[3]

上記の生薬を、日局規定のチンキ剤製法に準じて味醂に冷浸して作られる。他にアルコールブドウ糖カラメルが添加されている(先に挙げた味醂も添加物扱い)。

アルコール分14vol%を含有する。

なお、出血中と、乗物・機械類の運転操作を行う場合の服用は禁忌とされている。

販売[編集]

第2類医薬品(>滋養強壮保健薬>薬用酒)として、薬局ドラッグストア等で販売されている。薬事法酒税法の両方の適用を受けるため、パッケージに「薬用養命酒」の表示を付けている。

2009年末までは、酒類販売業者において酒類(>リキュール類>薬味酒)としての「養命酒」も販売されていた。「薬用養命酒」とはパッケージのデザインが異なっていたが、中身は両者とも同じであった。しかし酒系市場における売り上げが減少の一途をたどったことから、販売が打ち切られている。

その後、酒類としての「養命酒」の後継商品として、2010年3月、13種類のハーブを配合したリキュール「ハーブの恵み」の販売が開始された(ベースとなる酒やハーブが見直されているため、「養命酒」とは別種の商品である)。

歴史[編集]

養命酒は、日本産の薬用酒である)[4]。製造元に残る伝承によれば、慶長年間、信州(現在の長野県上伊那郡中川村)に住んでいた塩沢宗閑翁が、雪の中で倒れていた老人を助けた。この老人が塩沢の元を去るときに、礼に薬用酒の製法を教えてくれたものが養命酒の起源だという。1602年製造開始。1603年には徳川家康に献上され、そのときに「飛龍」の印を使うことが許されたという。日本初の商標ともいわれている。

赤穂浪士が養命酒を飲んでいた記録があるほか、1774年刊行の小説、『異国奇談和荘兵衛』に養命酒が登場している。長らく塩沢家で製造されてきたが、1923年には製造元が会社組織になった。東京への進出当初は全く売れなかったが、広告を出した所反響が大きく、一気に販売量を増やしたと言われている。

1930年に東京で本格的に養命酒を売り出そうとした時に試飲した東京の酒類販売業者たちは「こんなものが売れるものか」と大笑いしたという。しかし徐々に売り上げを伸ばし33年後の1963年の東京での売り上げは発売開始初年度の約80倍にまで膨らんでいた[5]

日本国外に知られるようになったのは、海軍大将山本五十六が養命酒の愛飲家で、ロンドン海軍軍縮会議に参加する若槻禮次郎全権大使に同行した際に持っていったのがきっかけと言われている。その後、中国やマレーシア、シンガポール、ブラジルなどに輸出するようになる。タイ王国では、味・効能とも非常によく似たヤーストゥリーが現在も販売されている。

戦後は、『週刊少年サンデー』や『週刊少年マガジン』などの少年少女向けの漫画雑誌にも一時、広告を出していた事があったり[6]、自動車のおもちゃなどの付録をつけて児童に向けても販売していた。当時は虚弱体質の子供が多かったため、滋養用によく「養命酒」が飲まれていたからだとされる。

ただ、アルコールを含み、かつて酒類としても扱われていたことを踏まえると、子供の服用は控えるべきものと言える。事実、現在の「薬用養命酒」の用法・用量は成人のみ表示されている。

イメージキャラクター・出演者[編集]

出典[編集]

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  1. ^ 養命集
  2. ^ a b c d e f 田多井 吉之介 『酒と飲みものの健康学』 p.70 大修館書店 1983年9月10日発行 ISBN 4-469-16357-0
  3. ^ a b c d e f g h 田多井 吉之介 『酒と飲みものの健康学』 p.71 大修館書店 1983年9月10日発行 ISBN 4-469-16357-0
  4. ^ 田多井 吉之介 『酒と飲みものの健康学』 p.73 大修館書店 1983年9月10日発行 ISBN 4-469-16357-0
  5. ^ 朝日新聞・昭和38年7月11日新聞広告記述
  6. ^ まぼろしチャンネル・第13回「通販広告の手法としてのマンガ」の巻

関連項目[編集]

  • 保命酒 - 鞆町が名産の薬用酒。養命酒同様に生薬がとけこんだお酒で、養命酒と同様に冷え症などに効くお酒である。ただし、同酒には、医薬品としての商品は存在しない。
  • 陶陶酒 - 養命酒と並ぶ薬用酒。
  • 塩沢幸一 - 海軍大将。塩沢家の出身で、同期の山本五十六からは「おい養命酒」と呼ばれていた。
  • やしきたかじん - ABCラジオで放送中に「養命酒や、あんなもんなんで効くねん、吐きそうなったわ」と批判的に発言した事で後日、当時「必殺シリーズ」のスポンサーだった養命酒製造より始末書を書かされた。

外部リンク[編集]