青柳高一

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青柳 高一(あおやぎ たかいち[1]1913年大正2年)2月 - 1976年昭和51年)7月24日)は、日本政治家衆議院議員

来歴[編集]

埼玉県の人。戦後1947年(昭和22年)、第23回衆議院議員総選挙埼玉県第3区から立候補し当選した。日本進歩党民主党民主自由党自由党に所属した。帝国車輌株式会社取締役社長などの要職を歴任した。埼玉3区では荒舩清十郎らと競った。衆議院鉱工業委員会委員、衆議院鉱工業委員会理事、衆議院災害地対策特別委員会委員、衆議院労働委員会理事、衆議院商工委員会委員、衆議院水害地対策特別委員会理事などを務めた。1948年(昭和23年)11月12日の衆議院災害地対策特別委員会では、委員として出席。椎熊三郎を委員長に推挙する動議を提出した[2]

脚注[編集]

  1. ^ 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』12頁。
  2. ^ 衆議院会議録

参考文献[編集]

  • 「ペン偽らず 本庄事件」(朝日新聞浦和支局同人、昭和24年)
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]