鴨田利太郎

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鴨田 利太郎(かもだ としたろう、1930年1月17日 - 1985年1月16日)は、日本政治家自由民主党衆議院議員(2期)。熊谷商工信用組合理事長。

来歴[編集]

埼玉県熊谷市出身。父は熊谷市長と衆議院議員を務めた鴨田宗一1951年拓殖大学政経学部卒。1955年早稲田大学教育学部卒。熊谷商工信用組合理事長などを経て、1979年(昭和54年)、父宗一の後継者として第35回衆議院議員総選挙埼玉県第3区から自民党で立候補し当選した。1980年(昭和55年)、第36回衆議院議員総選挙でも再選した。しかし、1983年(昭和58年)の第37回衆議院議員総選挙には3回目の立候補したものの、加藤卓二糸山英太郎(無所属)と議席を争ったが落選した。再選を目指したものの婚約不履行で訴えられるなどして政界復帰を断念。1985年に死去した。

その他[編集]

自民党史に残る「四十日抗争」の際は無派閥だったが、浜田幸一らとともに大平正芳に一票を投じた[1]。1982年に英霊にこたえる会が実施した、鈴木善幸内閣総理大臣に靖国神社への公式参拝を求める要望書に松永光らとともに署名した。

脚注[編集]

  1. ^ 四十日抗争

参考文献[編集]

  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』日外アソシエーツ、2003年。