長岡郡

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高知県長岡郡の位置(1.本山町 2.大豊町 薄黄:後に他郡に編入された区域 水色:後に他郡から編入した区域)

長岡郡(ながおかぐん)は、高知県土佐国)の

人口6,999人、面積449.28km²、人口密度15.6人/km²。(2018年4月1日、推計人口

以下の2町を含む。

郡域[編集]

1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記2町のほか、下記の区域にあたる。

  • 南国市の大部分(前浜・下島・久枝・物部・田村・立田・蔵福寺島・堀之内・福船・金地・包末を除く)
  • 高知市の一部(布師田を除く国分川より南東)
  • 香美市の一部(土佐山田町須江・土佐山田町久次・土佐山田町上改田・土佐山田町新改・土佐山田町入野・土佐山田町東川・土佐山田町曽我部川・土佐山田町平山・土佐山田町北滝本・土佐山田町上穴内・土佐山田町樫谷・土佐山田町繁藤・土佐山田町角茂谷)
  • 土佐郡土佐町の一部(田井・上津川・下川・古味・井尻・大淵)

歴史[編集]

古代[編集]

郡の設置時期は不明だが、西大寺旧境内で発掘された宝亀2年(771年)以前の木簡に、長岡という郡の名が見えるので、これ以前にあったことは確実である[1]。また、石神遺跡から出た木簡に、「□岡評」(□は不明な字)と記されたものがあり、この□がだいぶ薄れているが長とも読めそうな形である[2]。もし長岡評なら、制が敷かれた7世紀に設置されたとみなせるが、断定はできない[3]。平安時代には土佐国の国府が置かれた。

式内社[編集]

延喜式神名帳に記される郡内の式内社

神名帳 比定社 集成
社名 読み 付記 社名 所在地 備考
長岡郡 5座(並小)
豊岡上天神社 トヨヲカノ- 豊岡上天神社 高知県南国市岡豊町常通寺島
朝峯神社 アサミネノ 朝峯神社 高知県高知市介良
殖田神社 ウヱタノ 殖田神社 高知県南国市植田
小野神社 ヲノ 小野神社 高知県南国市岡豊町小蓮
石土神社 イハツチ
イシツチ
石土神社 高知県南国市十市
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近世以降の沿革[編集]

御免町[4]、種崎村、仁井田村、池村、吸江村、五台山村、屋頭村、下田村、衣笠村、十市村、浜蚊居田村[5]、里蚊居田村[5]、片山村、大埇村、介良村、高須村、大津村、妙見村、篠原村、野田村、小籠村、芳田村、常通寺島村、江村、八幡村、西野地村、中島村、蒲原村、滝本村、小野村、定林寺村、蓮如寺村、上倉郷[6]、廿枝村、笠ノ川村、国分村、左右山村、比江村、陶村、入野村、新改村、上蚊居田村、久次村、植田村、久礼田村、植野村、領石村、宍崎村、才谷村、戸山村、亀岩村、天行寺村、甫喜山郷[7]、本山郷[8]、豊永郷
  • 明治4年7月14日1871年8月29日) - 廃藩置県により高知県の管轄となる。
  • 明治9年 - 下田村・衣笠村が合併して稲生村となる。(4郷1町49村)
  • 明治12年(1879年1月4日[9] - 郡区町村編制法の高知県での施行により行政区画としての長岡郡が発足。郡役所が大埇村に設置。
  • 明治17年 - 小野村・蓮如寺村が合併して小蓮村となる。(4郷1町48村)

町村制以降の沿革[編集]

1.後免町 2.西本山村 3.三里村 4.十市村 5.三和村 6.稲生村 7.五台山村 8.高須村 9.大津村 10.介良村 11.大篠村 12.野田村 13.長岡村 14.岡豊村 15.国比左村 16.久礼田村 17.新改村 18.瓶岩村 19.上倉村 20.田井村 21.吉野村 22.東本山村 23.天坪村 24.西豊永村 25.東豊永村(紫:高知市 桃:南国市 赤:香美市 黄:大豊町 橙:本山町 緑:土佐郡土佐町)
  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。(1町24村)
    • 後免町(御免町が単独町制。現・南国市)
    • 西本山村 ← 本山郷[本山村・大石村・吉延村・高津野村・古田村・井ノ窪村・下津野村・木能津村・上関村・下関村・北山村・介藤村](現・本山町)
    • 三里村 ← 種崎村、仁井田村、池村(現・高知市)
    • 十市村(単独村制。現・南国市)
    • 三和村 ← 浜蚊居田村、里蚊居田村、片山村(現・南国市)
    • 稲生村(単独村制。現・南国市)
    • 五台山村 ← 五台山村、吸江村、屋頭村(現・高知市)
    • 高須村大津村(それぞれ単独村制。現・高知市)
    • 介良村(単独村制。現・高知市、南国市)
    • 大篠村 ← 大埇村、篠原村、明見村(現・南国市)
    • 野田村(単独村制。現・南国市)
    • 長岡村 ← 西野地村、廿枝村(現・南国市)
    • 岡豊村 ← 八幡村、笠ノ川村、小蓮村、定林寺村、滝本村、蒲原村、常通寺島村、中島村、小籠村、芳田村、江村(現・南国市)
    • 国比左村 ← 国分村、比江村、左右山村(現・南国市)
    • 久礼田村 ← 植田村、植野村、久礼田村、領石村(現・南国市)
    • 新改村 ← 新改村、入野村、上蚊居田村、久次村、甫喜山郷[平山村・東川村・曽我部川村]、陶村(現・香美市)
    • 瓶岩村 ← 上倉郷[樫谷村・穴内村](現・香美市)、甫喜山郷[四手藤村[10](現・香美市)・成相村(現・南国市)]、宍崎村、天行寺村、戸山村、才谷村、亀岩村(現・南国市)
    • 上倉村 ← 上倉郷[上倉村・中谷村・桑ノ川村・黒滝村[11]・大改野村・奈路村・八饗村・白木谷村](現・南国市)
    • 田井村 ← 本山郷[田井村](現・土佐郡土佐町)
    • 吉野村 ← 本山郷[汗見村・寺家村・坂本村・立野村・屋所村・売生野村・七戸村[12]・沢柿内村(現・本山町)・井尻村・下川村・上津川村・大淵村・古味村(現・土佐郡土佐町)]
    • 東本山村 ← 本山郷[津家村・和田村・穴内村・敷岩村・日浦村・高須村・小川村・杉村・立川上名村・立川下名村・葛原村・谷村・磯谷村・尾生村・川口村](現・大豊町)
    • 天坪村 ← 豊永郷[久寿軒村・戸手野村・馬瀬村・角茂谷村・北川村(現・香美市)・中村大王村(現・大豊町)]
    • 西豊永村 ← 豊永郷[粟生村・梶ヶ内村・寺内村・西久保村・安野々村・川戸村・連火村・桃原村・船戸村・中屋村・庵谷村・黒石村・柳野村・大砂子村・永淵村・大窪村・奥大田村](現・大豊町)
    • 東豊永村 ← 豊永郷[大平村・柚ノ木村・怒田村・下ノ土居村・川井村・筏木村・大滝村・八川村・中内村・南大王村・岩原村・西峯村・立野村・八畝村・西川村](現・大豊町)
  • 明治23年(1890年6月1日 - 西本山村が改称して本山村となる。
  • 明治24年(1891年)4月1日 - 郡制を施行。
  • 明治30年(1897年8月1日 - 国比左村が改称して国府村となる。
  • 明治37年(1904年
    • 4月 - 瓶岩村の一部(樫谷・穴内・繁藤・北滝本)が天坪村に編入。
    • 天坪村の一部(中村大王)が東本山村に編入。
  • 明治42年(1909年)6月1日 - 本山村が町制施行して本山町となる。(2町23村)
  • 大正7年(1918年7月16日 - 東本山村が改称して大杉村となる。
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和17年(1942年)6月1日 - 三里村・五台山村・高須村が高知市に編入。(2町20村)
  • 昭和29年(1954年9月1日 - 新改村が香美郡山田町佐岡村片地村大楠植村明治村と合併して香美郡土佐山田町が発足。(2町19村)
  • 昭和30年(1955年
  • 昭和31年(1956年
    • 9月1日 - 大豊村の一部(上穴内・樫谷・繁藤・北滝本および角茂谷の一部)が香美郡土佐山田町に編入。
    • 9月30日(2町6村)
      • 後免町・上倉村・瓶岩村・久礼田村・国府村・長岡村が合併し、改めて後免町が発足。
      • 大篠村・三和村・稲生村・十市村が香美郡日章村前浜村と合併して香長村が発足。
  • 昭和34年(1959年
    • 10月1日 - 後免町・香長村・野田村・岡豊村が香美郡岩村と合併して南国市が発足し、郡より離脱。(1町3村)
    • 10月7日 - 介良村の一部(伊達野の一部)が南国市に編入。
  • 昭和36年(1961年)4月1日 - 本山町の一部(上津川・下川・古味・井尻・大淵)が土佐郡土佐村に編入。
  • 昭和47年(1972年
    • 2月1日 - 大津村・介良村が高知市に編入。(1町1村)
    • 4月1日 - 大豊村が町制施行して大豊町となる。(2町)

変遷表[編集]

行政[編集]

歴代郡長[編集]

初代 細川是非之助、森新太郎 1878年(明治11年)
2代目 浜口真澄 1881年(明治14年)3月
3代目 細川是非之助 1881年(明治14年)6月
4代目 山崎慎三 1883年(明治16年)1月
5代目 久万裕 1884年(明治17年)9月
6代目 島村笑児 1886年(明治19年)3月
7代目 浜口真澄 1889年(明治22年)1月
8代目 福山宏 1890年(明治23年)3月
9代目 高野正雄 1890年(明治23年)
10代目 呉服絹(くれはかとり) 1893年(明治26年)6月
11代目 浜田厳彦 1895年(明治28年)5月
12代目 徳永秀実 1905年(明治38年)12月
13代目 小松延齢 1906年(明治39年)6月
14代目 佐藤二郎 1908年(明治41年)12月
15代目 西山精一 1911年(明治44年)4月
16代目 藤利兵 1913年(大正2年)8月
17代目 斎藤基良 1917年(大正6年)3月
18代目 谷秀次 1920年(大正9年)2月
19代目 中屋弼馬 1923年(大正12年)3月
20代目 西岡里吉 1924年(大正13年)12月

(『土佐山田町史』1177頁)

脚注[編集]

  1. ^ 山下信一郎「古代土佐国の郡の変遷に関する覚書」623頁。
  2. ^ 『評制下荷札木簡集成』木簡番号246、80頁。
  3. ^ 山下信一郎「古代土佐国の郡の変遷に関する覚書」626頁。
  4. ^ 無高のため「旧高旧領取調帳」には記載なし。
  5. ^ a b 記載は改田村1村。
  6. ^ 記載は上倉村。
  7. ^ 記載は甫喜山村。
  8. ^ 本山村・立川村の2村として記載。
  9. ^ 布達は前年12月6日だが、本項では実施日とした。
  10. ^ 明治22年に北滝本を分立。
  11. ^ 明治22年に中ノ川を分立。
  12. ^ 明治4年に沢柿内村の一部が分立。

参考文献[編集]