鈴木秋則

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鈴木秋則
別名 ズッキー、アキノリ
生誕 (1974-07-02) 1974年7月2日(44歳)
出身地 日本の旗 日本神奈川県平塚市
職業 キーボーディスト
作曲家
編曲家
音楽プロデューサー
担当楽器 キーボードシンセサイザー大正琴大太鼓ケロミン
活動期間 1995年 -
レーベル ひらつかレコード
共同作業者 センチメンタル・バスSPOOZYS、中村公紀
公式サイト ひらつかレコードオフィシャルページ
ウィーザーラモーンズホッピー神山

鈴木 秋則 (すずきあきのり、1974年7月2日 - )は、日本音楽家音楽プロデューサー作曲家編曲家キーボーディスト。自主レーベル「ひらつかレコード」代表。エキセントリックなライブ・パフォーマンスで知られる。

経歴[編集]

福島県会津若松市生まれ(母の実家近くの病院)、神奈川県平塚市育ち。中学時代にユニコーン奥田民生に憧れて音楽活動を始める。バンドではキーボードを担当。神奈川県立大原高等学校時代にコンピュータ・プログラミングに傾倒し、自宅録音を始める。音楽専門学校卒業後、キーボーディスト、マニピュレーターとして活動。

1996年、専門学校時代の同級生赤羽奈津代らとバンド「タオルズ」を結成。1997年、中学時代からの音楽仲間中村公紀と自宅録音専門レーベル「ひらつかレコード」を旗揚げし、代表の座につく。同時期にタオルズを発展的解消し、「SENTIMENTAL:BUS」と改名。赤羽とのユニットとし、デモテープの製作を開始。まもなくそれがアクシヴの目にとまり、エピックレコードからのデビューが決まる。

1998年初頭からレコーディングとコンスタントなライブを重ねて、同年9月にホッピー神山のプロデュースで「よわむしのぬけがら」でCDデビュー。「Sunny Day Sunday」、「WEED CROWN」の際に、音楽番組(うたばんHEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMPなど)で独特の風貌と大太鼓パフォーマンスでブレイク。のちに、対戦型スポーツ「タオリング」を提唱し、その普及に努めた。

同バンドが2000年12月31日付で解散すると、ひらつかレコードに戻り、スタジオ・ミュージシャン作曲家編曲家エイベックス・アーティストアカデミーの講師など多彩な活動を行なっている。

2001年8月に結成したバンド「TREMOLO FAN」を経て、同年11月からSPOOZYSに正式メンバーとして加入。その他に「モゥリー」、「bite me」、「すゞ喜」、「The Sun calls Stars」などさまざまなバンドで活動している(一部は既に活動停止)。

主要参加作[編集]

レコーディング参加[編集]

ライブサポート[編集]

作曲[編集]

編曲[編集]

  • 大塚愛「ポンポン」(アルバム「LOVE JAM」)(2004年11月17日)
  • Orangestar「キミノヨゾラ哨戒班」(2015年8月19日)
  • SILENT SIREN「Pandora」(シングル「フジヤマディスコ」)(2017年3月1日)

プロデュース[編集]

エピソード[編集]

  • 2001年4月に大野雄二から録音スタジオの機材を譲り受けている。
  • 藤井謙二との作曲ユニット名は”姥捨山”と鈴木本人は名付けて呼んでいるが、藤井からはその名を嫌がられているので正式なクレジットとしてはまだ無い。

関連項目[編集]

参考資料[編集]

外部リンク[編集]