ロンドンブーツ1号2号

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ロンドンブーツ1号2号
LONDONBOOTS 1GO 2GO
メンバー 田村淳
田村亮(謹慎中)
別名 ロンブー、ロンドンブーツ
結成年 1993年
事務所 吉本興業
活動時期 1993年 -
出身 銀座7丁目劇場オーディション
影響 とんねるずダウンタウン
出会い 田村淳の元相方の紹介
旧コンビ名 タムタム
ドドリアン
現在の活動状況 テレビ・ライブなど ※亮は謹慎中(後述)
芸種 コントなど
ネタ作成者 田村亮
現在の代表番組 ロンドンハーツ
過去の代表番組 クイズ☆タレント名鑑
クイズ☆スター名鑑
テベ・コンヒーロ
ロンブーの怪傑!トリックスター
ザ・ベストハウス123
など
同期 COWCOW
DonDokoDon
ペナルティ
バナナマン
小籔千豊
2丁拳銃
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ロンドンブーツ1号2号(ロンドンブーツいちごうにごう)は、田村淳と田村亮から成る吉本興業所属の日本お笑いコンビである。略称は「ロンブー」、「ロンドンブーツ」。お笑い第四世代の代表格に数えられる。

メンバー[編集]

  • 田村 淳(たむら あつし) 主にボケ担当だが、フリートークなどでは進行役を担当するなど、ツッコミのようになっている。ロンドンブーツ2号である。
1973年12月4日生まれ。山口県下関市彦島出身。身長167.2cm、体重59.3kg。血液型はO型。
  • 田村 亮(たむら りょう) 主にツッコミ担当だが、天然ボケであり、つっこまれることもしばしばである。ロンドンブーツ1号である。また、当初はネタ作りも担当していた。
1972年1月8日生まれ。大阪府高槻市出身。身長172.9cm、体重66.8kg。血液型はA型。
2014年12月に詐欺などを行う反社会団体が開いた忘年会に、事務所を介さずに出席していた(いわゆる「闇営業」)として、2019年6月24日から吉本興業より無期限謹慎処分となる(後述)。

亮は大阪出身であるが東京でデビューした為標準語関西弁が半々であり、「それ、あかんだろ」等の東西チャンポンのツッコミは同業者がたまに真似る。デビュー直後、まだキャラクターを模索中の頃は淳も関西弁を使っていた時期があった。

同じ姓であるが、血縁関係はない。

本来のスタイルは淳がボケ、亮がツッコミだが、最近ではボケとツッコミがはっきりしないコンビになっている。

来歴・人物[編集]

東京のインディーズお笑い集団(集団田中)に2人とも所属していたことから出会い、1993年にコンビ結成。渋谷で路上ライブを行い、多数の観客を集めるようになる。当時のネタのひとつに「精子爆裂隊」がある。1994年4月銀座7丁目劇場のオーディションに合格して吉本興業に入る。同期にDonDokoDonペナルティバナナマンなどがいる。大阪NSCでは12期が同期にあたる。初期の頃はロックバンド『KATZE』と同じ事務所に所属していた。

当初は名字が同じことから「タムタム」だったり、「ドドリアン」だった時期もあったが、デビュー後に「ロンドンブーツ1号2号」に変更。コンビ名の由来は最初期の演目のタイトルから取った。ハイヒールに憧れているという設定のロンドンブーツというコンビがネタ終わりのポーズを考えるというコント[1]。「1号2号」はコンビ名としての表現であり、「どちらが1号でどちらが2号ですか?」と聞かれることを狙ったもので、実際に「1号」「2号」の区別がある訳ではない。ただし、結成当初は年上の亮が1号、年下の淳が2号を名乗っていた。

タモリのSuperボキャブラ天国には「ボキャブラ発表会 ザ・ヒットパレード」のコーナーに出演。芸人がネタの評価を競うスタイルが後に人気となるが、その初期の出演者の1組だった。ネタには(オチのフレーズが)長文のものが多く、高評価を得ることもあった。番組内で独自に付けられる芸人別のキャッチフレーズは「くいだおれパンクス」。

CX深夜の帯番組、ウッチャンナンチャン司会の「UN FACTORY カボスケ」(1995年)にて、たくさん出演していた若手の中から際立った目立ち方をし、ウンナンから引き立てられて売れ始めた。デビュー2年目にしてオールナイトニッポン2部パーソナリティとなる。以後多くの番組で「仕切り」のポジションに立ち、若くして冠番組を多数持つようになる。奇しくも、吉本興業に入った頃のインタビューで淳は将来の夢として「オールナイトニッポンのパーソナリティをやりたい」と語っている。ブレイク時期は淳の赤髪と亮の金髪がトレードマークであり、パンクロック風のファッションも相まって吉本には珍しくとんねるず系の東京芸人の雰囲気をまとった新世代と評されていた。

ブレイク直後は急性吉本炎の企画『BINTA!』という企画を宮迫博之の代わりに行ったらヒットし素人いじりの原型になった。暴ロンブーぷらちなロンドンブーツなどで素人をいじる企画などを得意としていたが、近年は芸能人をいじる企画にシフトしている。かつては、深夜帯の冠番組が好調なのに対して、ゴールデンに出ると2クールで終了していったため、「深夜でしかウケない」と評されていた。

2000年 - 2002年、歌手としてエイベックスから3枚のシングルを発売した。また吉本芸人のユニット「Re:Japan」に参加し、2001年のNHK紅白歌合戦に出場を果たした。コンビ揃って、「新宿暴走救急隊」の主題歌、「」にて歌手デビューもしている。

2015年、「アメトーーク!」にて「ロンブー同期芸人」と題し特集され放送された。

2018年現在はコンビでのレギュラー番組はテレビでは単発を除けば「 金曜★ロンドンハーツ」のみでこの番組は1999年から続く長寿番組となっている。

2019年6月24日、亮が所属事務所である吉本興業より謹慎処分を受けた。2014年12月に宮迫博之雨上がり決死隊)、レイザーラモンHG福島善成ガリットチュウ)、くまだまさし、パンチ浜崎(ザ・パンチ)、木村卓寛天津)、ムーディ勝山、八十島宏行(2700)、常道裕史(同)、ディエゴ(ストロベビー)の10名とともに、入江慎也カラテカ)の仲介で特殊詐欺グループとされる反社会的勢力が主催した会合に事務所を介さずに出席。これはいわゆる「闇営業」と呼ばれるものである。2019年6月7日発売の週刊誌「FRIDAY」によって問題が発覚し、反社会グループと芸人とを仲介した入江は吉本興業との契約を解除された[2]。当初は亮を含む11名は金銭授受はなかったとした上で「詐欺グループとは知らなかった」とし、処分も厳重注意のみであったが[3]、吉本興業が複数回にわたりヒアリングや事実関係の確認を行った結果、金銭の受領が認められたため、吉本興業は11名に対し謹慎処分を下した[4]。これを受け、淳は6月24日深夜にTwitterにコメントを掲載し[5]、「おまえ(亮)を軽蔑する!」「昔の正直者で真っ直ぐなところがなくなったらもう亮じゃない!と叱責しました」などと綴った[6]

出演番組[編集]

テレビ[編集]

現在[編集]

※コンビとしての出演番組を記載。単独での出演は田村淳田村亮を参照。

レギュラー
単発、不定期

過去[編集]

木曜深夜に3局でメイン番組を持ったことがある。(『ぷらちなロンドンブーツ』(テレビ朝日系/1997年10月 - 2002年9月)→『ロンロバ!全力投球・金メダル』(TBS系/2003年10月 - 2004年9月)→『嗚呼!花の料理人』(日本テレビ系/2006年4月 - 2008年9月))

バラエティ・ドラマほか
単発、不定期
ラジオ
声の出演

映画[編集]

(2017年8月5日公開・ゲース・インダベー亮のみ)

CM[編集]

音楽作品[編集]

全てエイベックスより発売。

シングル
  • (2000/12/6、コンビで主演した連続ドラマ『新宿暴走救急隊』(日本テレビ系)主題歌)
  • 声(2001/3/22、花王「ラビナス カラーアピール」 CM曲)
  • 勝(2002/2/27、テレビ東京系アニメ『キャプテン翼』エンディングテーマ)
  • 田村亮/存在(2002/1/30、『倫敦音楽観Lon-Mu』にて、淳がプロデュース・作詞作曲)
  • たむらあつし/もずくん(2002/10/30、『ロンブー龍』より)
アルバム
  • 寿(2006/3/23、シングル曲を全て収録したベスト版)

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]