金取遺跡

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金取遺跡(かなどりいせき)は、岩手県遠野市宮守町に所在し、中期旧石器時代に属する日本列島の遺跡である。

なお2003年7月に報じられたところとして、8-9万年前と見られる地層から石器が出土し、日本国内最古との見方も出た[1]が、2009年9月に出雲市砂原遺跡で12万年前のものと見られる石器が出土[2]、こちらが日本最古ではないかと報じられている[† 1]

概要[編集]

1984年、宮守村の建曽部(たつそべ)の土取り場から一点の石器(ホルンフェルス製石器[† 2]:チョッピング・ツール)が民間研究者によって発見され、1985年、地域の研究者達によって発掘調査された[3]。1986年には報告書[† 3]が刊行された。 遺跡は北上山地の小盆地に面した中位段丘上に位置している。

出土物[編集]

旧石器は、II層、III層、IV層に包含されていた。 III層の上部から片面調整石器、チョッパー、このほか剥片、砕片、円盤石核、焼けた礫3点など31点の遺物と多量の木炭粒が出土した。 IV層からは、石器は黒い硬質砂岩や粘板岩で作ったハンドアックスのような両面加工石器やチョッパー、青灰色の良質なチャート製の五角形剥片など8点の石器と木炭粒が検出された。この最下層の出土の石器は人工品であることは間違いない[4]

地質年代[編集]

IV層中から微量の軽石型火山ガラスが検出された。その分析の結果、Ⅳ層は9~8万年前という年代が与えられた金取IV文化は火山灰層序学に照らして地質年代を把握できる日本最古の石器群である。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ この問題に関しては、旧石器捏造事件に絡む日本考古学界の混乱に伴い、前・中期旧石器時代のものと見られていた数多くの出土品が否定され、確認された3万5千年-4万年前の石器を最古と見る説が有力視されていたが、本遺跡などから出土の旧石器時代の遺物が確認されたことを受け、捏造問題の影響と混乱から信頼を回復させる兆しを見せている。
    「国内最古の旧石器を出雲で発見 12万年前、これまでより3倍古く」産経ニュース 2009年9月28日
  2. ^ 岩石がマグマの貫入で熱を受けモザイク状に再結晶した変成岩、ホルンフェルスという石材は、中国山西省の丁村(ディンクン)遺跡で前期旧石器に使われていた。中国では角石と呼ばれる
  3. ^ 菊池強一編『金取遺跡』宮守村教育委員会

出典[編集]

  1. ^ 「岩手・金取遺跡が国内最古 石器出土層9-8万年前」共同通信 2003年7月6日
  2. ^ 「日本最古、12万年前の石器みつかる」読売新聞 2009年9月30日
  3. ^ 松藤和人著 『日本列島人類史の起源 -「旧石器の狩人」たちの挑戦と葛藤-』 雄山閣 2014年 p.106-107
  4. ^ 松藤和人著 『日本列島人類史の起源 -「旧石器の狩人」たちの挑戦と葛藤-』 雄山閣 2014年 p.107

参考文献[編集]

  • 「日本列島の旧石器時代」松藤和人 『日本史講座 第1巻』歴史学研究会・日本史研究会編 東京大学出版会 2004年5月 ISBN 4-13-025101-5
  • 「日本列島の旧石器はどこまで遡る―岩手県金取遺跡第Ⅳ文化層の年代をめぐって―」松藤和人 『考古学に学ぶ(Ⅲ)』(同志社大学考古学シリーズⅨ) 2007年7月10日
  • 松藤和人著 『日本列島人類史の起源 -「旧石器の狩人」たちの挑戦と葛藤-』 雄山閣 2014年 ISBN 978-4-639-02313-5 C0021

関連項目[編集]

外部リンク[編集]