水迫遺跡

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水迫遺跡(みずさこいせき)は、鹿児島県指宿市に所在する15000年前頃の後期旧石器時代の遺跡。

概要[編集]

晩氷期には世界が温暖な気候に向かい、自然環境も人間が生活しやすい環境に変わってきた。そんな中、日本列島の南の端、南九州地域に縄文文化の芽生えが見られた。縄文時代草創期以前と推測される水迫遺跡が発見された。そこでは、竪穴式住居跡、道跡、炉跡、などの遺跡が出土している。しかし、竪穴住居跡と認めない意見も少なくないが、竪穴住居跡である可能性も否定できない。

2000年までに7棟の「竪穴」が発掘されている。 1~2号の「竪穴」は隣接しながらも独立しており、竪穴の周辺におびただしい数の杭柱穴が巡らされている。1号「竪穴」が1.7×1.3メートルと小さい。周辺に19の杭柱穴、2号「竪穴」が2.2×1.8メートルとやや大きく、22の杭柱穴を配している。杭柱穴の中心線はいずれも鉛直方向を示しており、杭柱は内側に傾斜するのではなく、垂直に立っている。「竪穴」の深さは1号が7~10センチ、2号が7~16センチと非常に浅い。これは旧地表面が削平を受けたためである。

このうち西側拡張区の3~7号は複雑に複合しあっており、全体像が明確でない。[1]

脚注[編集]

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  1. ^ 「竪穴住居の構造」浅川滋男 『日本の考古学』奈良文化財研究所編集 学生社 2007年4月

参考文献[編集]

  • 『日本の考古学〈普及版〉上巻』奈良文化財研究所編集 学生社 2007年4月 ISBN 978-4-311-75037-3

関連項目[編集]