福島県立郡山商業高等学校

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福島県立郡山商業高等学校
Koriyama Commercial High School.JPG
過去の名称 郡山実業補習学校
福島県郡山商工学校
福島県郡山工業学校
福島県立郡山商業学校
国公私立の別 公立学校
設置者 福島県
校訓 自治・勤労・感謝
設立年月日 1920年(大正9年)4月1日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 流通経済科
会計科
情報処理科
高校コード 07118J
所在地 963-8862
福島県郡山市菜根五丁目6番7号
北緯37度23分4.9秒東経140度21分43.9秒
外部リンク 公式サイト
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福島県立郡山商業高等学校(ふくしまけんりつ こおりやましょうぎょうこうとうがっこう)は、福島県郡山市菜根にある県立高等学校。略称は「郡商(ぐんしょう)」。

概要[編集]

歴史
1920年(大正9年)創立の「郡山実業補習学校常設部」を前身とする。実業学校を経て1948年昭和23年)の学制改革により、新制高等学校となった。2010年(平成22年)に創立90周年を迎えた。
郡山市内の県立高等学校としては、福島県立安積高等学校(1884年(明治17年)創立)・福島県立安積黎明高等学校(1911年(明治44年)創立)に次いで歴史が長い。
設置課程・学科
全日制課程 4学科
  • 国際経済科 - 2013年(平成25年)生徒募集、2015年(平成27年)3月閉科
  • 流通経済科
  • 会計科
  • 情報処理科
校訓
「自治・勤労・感謝」
校章
「学問」を表すペン先3本と、「商業」を表すマーキュリー(商業神)の羽根を組み合わせたものを背景にして中央に「商高」の文字(縦書き)を置いている。
校歌
商業学校時代の1937年(昭和12年)に制定。作詞は土井晩翠、作曲は青柳善吾による。歌詞は2番まである。

沿革[編集]

旧制・実業学校時代
  • 1894年(明治27年)から - 毎年冬季に金透尋常小学校で「青年夜学会」と称して補習教育を行う。
  • 1918年大正7年)1月10日 - 「郡山実業補習学校」が設立され、季節限定で夜間授業を行う。
  • 1920年(大正9年)4月1日 - 修業年限2年の常設部を設置。
  • 1923年(大正12年)5月31日 - 「郡山実業専修学校」に改称。修業年限を3年とする。
  • 1924年(大正13年)4月1日 - 郡山金透尋常高等小学校との併設を解消し、郡山市内鐘堂の造林署跡に移転。
  • 1925年(大正14年)7月27日 - 担場郡山煙草専売局収納所に移転。
  • 1926年(大正15年)7月28日 - 実業学校令により、「福島県郡山市立郡山商工学校」(商業科・工業科)を設立。農業科を廃止。
  • 1932年(昭和7年)
    • 2月17日 - 同年4月1日から商業科の修業年限を5年とし、工業科を昭和9年限りで廃止する件が認可される。
    • 4月1日 - 商業科の修業年限を5年とする。工業科の募集を停止。
  • 1934年(昭和9年)4月1日 - 工業科を廃止し、「福島県郡山商業学校」(郡山市立)と改称。定員を500名とする。
  • 1936年(昭和11年)4月11日 - 郡山菜根屋敷92番地に新校舎が完成し移転を完了。
  • 1937年(昭和12年)4月1日 - 校歌を制定。
  • 1943年(昭和18年)4月1日 - 実業学校令の施行により、この時の入学生から修業年限が4年となる。
  • 1944年(昭和19年)4月1日 - 教育ニ関スル戦時非常措置方策により、「福島県郡山工業学校」(郡山市立)に転換。
  • 1945年(昭和20年)
    • 4月1日 - 学校での授業が停止される。ただし勤労動員は継続される。
    • 9月 - 終戦により授業が再開される。
  • 1946年(昭和21年)4月1日 - 商業科が復活し「福島県郡山商工学校」(郡山市立)に改称。修業年限が5年となる。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 商業科が福島県に移管され、「福島県立郡山商業学校」に改称。工業科は福島県郡山工業学校(郡山市立のまま)として分離独立。
新制・商業高等学校

進路概況[編集]

部活動[編集]

体育系
文化系

交通[編集]

著名な出身者[編集]

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]