率川神社

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率川神社
Isagawa-jinja, shaden.jpg
社殿
所在地 奈良県奈良市本子守町18
位置 北緯34度40分52.5秒
東経135度49分32.6秒
座標: 北緯34度40分52.5秒 東経135度49分32.6秒
主祭神 姫蹈鞴五十鈴姫命
狭井大神 (御父神)
玉櫛姫命 (御母神)
社格 式内社(小)
大神神社境外摂社
創建 推古天皇元年(593年2月3日
本殿の様式 一間社春日造
別名 率川坐大神御子神社
子守明神
例祭 6月17日(三枝祭)
地図
率川神社の位置(奈良市内)
率川神社
率川神社
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率川神社(いさがわじんじゃ)は奈良県奈良市本子守町にある神社大神神社の境外摂社で、正式名称を率川坐大神御子神社といい[1]、また子守明神とも呼ばれる[2]。『延喜式神名帳』に「率川坐大神神御子神社 三座」と記載される式内小社

由緒[編集]

推古天皇元年(593年2月3日大三輪君白堤勅命により奉斎したとされ[1]、奈良市最古の神社という[2]仁寿2年(852年)、文徳天皇の代に従五位下を授けられ、神封6戸(左京4戸、丹後国2戸)を与えられている[1]

治承4年(1180年)12月、平重衡の乱によって社殿が消失[1][3]中世以降は春日若宮神官により管理され、興福寺とのつながりが大きかった[1]。そのため、中世期の遷宮記録などは、『大乗院寺社雑事記』に度々記録されている[1]。近世には春日大社の大宮外院11社の中にあったが、1877年明治10年)3月、内務省達により大神神社摂社率川坐大神御子神社と定められた[1]

本殿中央に御子神(媛蹈韛五十鈴姫命)が祀られ、父母神(西に御父神・狭井大神、東に御母神・玉櫛姫命)が両脇によりそうような姿で鎮座していることより、古くから「子守明神」とたたえられ、安産、育児等の神として篤い信仰がよせられている[2]。南辺を流れる率川は、よって子守川との俗称もある[1]

境内[編集]

本殿[編集]

奈良県指定有形文化財[1]。一間社春日造の社殿が三殿並立し、障屏により繋がっている[1]。正面にいずれも七級の木階を設け、登高欄に擬宝珠をつける[1]。屋根は桧皮葺で箱棟に千木勝男木を上げており、細部手法から見て江戸時代初期頃の建築と見られる[1]

境内社[編集]

三枝祭[編集]

6月17日に行われる例祭で、一般にはゆり祭りの俗称で知られている[1]三輪山に咲く笹ゆりは古くはさいぐさと呼ばれ、この花が供えられる[1]

供え物は

  • 罇(そん)にしらき・清酒を盛り、缶(ほとぎ)にくろき・濁酒を盛って供え、酒樽の周りをゆりの茎で囲む
  • 折櫃に納めた熟饌を柏の葉で蓋をし、黒木の棚に備える
  • ゆりの花を大きな桶に盛って供える

といった古式に則った様式で供えられ、鎮花祭に因んだ祭りで、悪疫除けの祈願が込められている[1]

祭り当日は、祭神である五十鈴姫の古事に則り、祭典後にゆりをかざした七乙女の行列が町中に展開する[1]大宝令にも記されている古い祭りで、『神祇令』にも「三枝の花を以て酒樽を飾る祭の故に三枝祭という」と記載されている[1]

ギャラリー[編集]

率川阿波神社[編集]

率川阿波神社
Isagawa-jinja, keidaisha.jpg
率川阿波神社 本殿(中央)
所在地 奈良県奈良市本子守町18
位置 北緯34度40分53.2秒 東経135度49分33.3秒 / 北緯34.681444度 東経135.825917度 / 34.681444; 135.825917
主祭神 事代主神
社格 式内社(小)
創建 宝亀2年(771年
例祭 6月17日
主な神事 初戎(1月5日
地図
率川神社の位置(奈良市内)
率川神社
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率川神社末社の住吉神社と春日神社の合間に鎮座する。

率川阿波神社由緒[編集]

宝亀2年(771年)、大納言是公による建立と伝わり、仁寿2年(852年)、従五位下を授けられている[1][4]。『延喜式神名帳』に「率川阿波神社」と記載される式内小社[1]。祭神は事代主命で、一般に恵比須神と言われ、6月17日の例祭とは別に1月5日に初戎が行われる[1]

天文元年(1532年)の土一揆や、松永久秀の兵火にかかって廃滅した[1]江戸時代中期の『奈良坊目拙解』によると、旧跡は西城戸町南側、東方より2軒目の人家の裏にあり、松樹1株を神木とし祀っていたが甚だ廃れていたという[1]明治になってようやく小祠が祀られるようになり、1920年大正9年)に率川神社境内に社殿を遷すこととなった[1]

現在、社殿の前には、旧地から移した「享保3年(1803年)阿波社」と刻まれた四角形石灯籠が1基ある[1]

文学作品での言及[編集]

三島由紀夫は晩年の小説『奔馬』において登場人物の薫の言葉として、率川神社の三枝祭について「これほど美しい神事は見たことがなかった。」と書き記している。

アクセス[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x 奈良市史 社寺編 p.181
  2. ^ a b c 公式サイトより
  3. ^ 玉葉
  4. ^ 文徳実録

参考文献[編集]

外部リンク[編集]