広水市

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中華人民共和国 湖北省 広水市
簡体字 广水
繁体字 廣水
拼音 Guǎngshuǐ
カタカナ転写 グアンシュイ
国家 中華人民共和国の旗 中華人民共和国
湖北
地級市 随州市
行政級別 県級市
面積
総面積 2,647 km²
人口
総人口(2004) 89.0 万人
経済
電話番号 0722
郵便番号 432700
ナンバープレート 鄂S
行政区画代碼 421381
公式ウェブサイト http://www.zggs.gov.cn/

広水市(こうすい-し)は中華人民共和国湖北省随州市に位置する県級市

地理[編集]

広水市は湖北省北部に位置し、北は河南省信陽市、東は大悟県、南は孝昌県及び安陸市、西は随州市曽都区と接し、東西約50キロメートル、南北約70キロメートルである。

桐柏山南東、大別山南西に位置し、市内は丘陵地帯により構成される。地勢は北高南低であり、海抜は400から800メートルである。

歴史[編集]

春秋時代の版図であったが、後ににより併呑された。楚を滅亡させたはこの地に南陽郡随県を設置、漢初には江夏郡黽県が設置され、後漢になると新たに平春県が分置されている。平春県は東晋により平陽県と改称、劉宋の時代になると随県より永陽県が分置されている。

583年開皇3年)、 応州が新たに設置されるとその下に平靖県、永陽県が管轄されることとなり、598年(開皇18年)に 永陽県は応山県と改称された。606年大業2年)、 応州の廃止に伴い平靖県は応山県に編入されている。

621年武徳4年、唐朝は再び応州を設置、その下に応山県及び礼山県を設置したが、4年後に応州が廃止になると礼山県は応山県に編入された。開宝年間の吉陽県の廃止に伴い吉陽山以北の地域が応山県に編入され中華民国時代まで沿襲された。

1931年以降共産革命が激しくなると市内には孝北県、応山県、応北県応南県安応県応随県羅応県礼汪県信応県礼南県随南県信応随県などの革命政府が設立された。1949年3月30日に共産党による支配が実施されると5月に応山県が再び設置された。1988年10月11日に県級市への改編にあわせて広水市と改称される。

行政区画[編集]

下部に3街道、10鎮、4郷を管轄する。市人民政府は応山街道に位置する。

  • 街道:応山街道、十里街道、広水街道
  • 鎮:武勝関鎮、楊寨鎮、陳巷鎮、長嶺鎮、馬坪鎮、余店鎮、関廟鎮、呉店鎮、郝店鎮、蔡河鎮
  • 郷:太平郷、城郊郷、駱店郷、李店郷