小牧次郎

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小牧 次郎(こまき じろう、1958年4月22日 - )は、スカパーJSATホールディングス取締役、スカパーJSAT取締役執行役員専務有料多チャンネル事業部門長兼放送本部長、スカパー・エンターテイメント代表取締役社長。 鹿児島県鹿児島市出身。

来歴・人物[編集]

東京大学教養学部教養学科卒業後、1983年4月、フジテレビジョン(現フジ・メディア・ホールディングス)に入社。

フジテレビ入社後、スポット営業部、営業推進部、編成局編成部、経営企画室、映画部、CS事業部に在籍。深夜番組帯JOCX-TV2」などの番組企画開発や、映画のプロデュースに数多く携わった。また、フジテレビのCS放送にも立ち上げから関わっている。

その間、1991年から1992年には、カリフォルニア大学サンディエゴ校の国際関係論及び太平洋研究大学院へ[1]

1997年から1998年には、フジテレビがイコールパートナーとして経営参加したジェイ・スカイ・ビー(JスカイB)(1998年5月、日本デジタル放送サービス(スカイパーフェクト・コミュニケーションズ→現スカパーJSAT)と合併)に出向[1]。1998年に行われたフランスW杯期間中、スカパー!で『ワールドカップだけのための500時間』を企画、自ら司会も務めた[2]

2001年から2002年には、スカイパーフェクト・コミュニケーションズにコンテンツ事業本部副本部長としてふたたび出向[1]日韓W杯中継の制作責任者を務めた[3]

2003年6月にはフジテレビCS事業部企画担当部長、2005年6月にはCS事業部長。2007年6月にはCS事業部が組織改編によりペイ事業センターとなり同室長。2009年6月にはペイTV事業担当局長。2010年6月にはクリエイティブ事業局統括担当局長。

2010年12月、マルチメディア放送(現mmbi)に常務取締役として出向。2012年4月に開局した「NOTTV」の番組編成責任者となる[4]

2013年6月、mmbiを離れ、スカパーJSAT執行役員常務放送事業本部長に就任。

2015年6月1日付で、スカパーJSAT有料多チャンネル事業部門長、スカパー・エンターテイメント代表取締役社長に就任。6月26日付でスカパーJSATホールディングス取締役、スカパーJSAT取締役執行役員専務に就任[5]

企画・プロデュース[編集]

テレビ番組[編集]

フジテレビ
フジテレビNEXT

映画[編集]

出典・脚注[編集]

  1. ^ a b c d e フジテレビCSの挑戦”. セミナーズ. 2015年5月29日閲覧。
  2. ^ a b c テレビ数百チャンネル時代の快楽(全4回)第1回 CS放送だからできたこと(『婦人公論』 1998年9月22日号)”. ほぼ日刊イトイ新聞. 2015年5月29日閲覧。
  3. ^ “語り継ぐテレビ60年 【有料多チャンネル時代の番組】生き残りへ独自制作に力”. YOMIURI ONLINE (読売新聞). (2013年11月14日). オリジナル2013年12月16日時点によるアーカイブ。. http://megalodon.jp/2013-1215-1219-06/www.yomiuri.co.jp/entertainment/tv/60years/talk/20131107-OYT8T00819.htm 2015年5月29日閲覧。 
  4. ^ 新・フジテレビ批評 クリティック・トーク 開局1カ月で見えた 「NOTTV」現状と課題” (2012年4月28日). 2015年5月29日閲覧。
  5. ^ 当社及び子会社の役員人事並びに子会社の組織変更のお知らせ (PDF)”. スカパーJSATホールディングス (2015年5月13日). 2015年5月29日閲覧。
  6. ^ 小公子セディ”. 日本アニメーション. 2016年6月4日閲覧。
  7. ^ 元々はドラマ『if もしも』の1作品。

関連人物[編集]

  • フジテレビの同期入社には、吉田正樹小川晋一牧原俊幸らがいる。吉田は東京大学の同期でもある。
  • TBSドラマプロデューサーの貴島誠一郎は、鹿児島ラ・サール高等学校の1期先輩であり、現在も親交がある。

外部リンク[編集]