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菅原浩志

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
すがわら ひろし
菅原 浩志
別名義 菅原 比呂志
生年月日 (1955-07-04) 1955年7月4日
没年月日 (2025-11-12) 2025年11月12日(70歳没)
出生地 北海道夕張郡長沼町
出身地 北海道札幌市
職業 映画監督・脚本家・映画プロデューサー
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菅原 浩志(すがわら ひろし、1955年7月4日[1] - 2025年11月12日)は、日本映画監督脚本家プロデューサー

北海道夕張郡長沼町生まれ[2][3]札幌市育ち[2]深川市納内町にルーツを持つ[4][5]。クレジットには菅原 比呂志名義も存在する[3]

来歴

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北海道札幌啓成高等学校卒業後、『ゴッドファーザー』のフランシス・フォード・コッポラ監督が映画を学んだカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)芸術学部映画テレビ学科に留学[3]。そこで『フラッシュダンス』『カラーパープル』などのエグゼクティブ・プロデューサーとして知られるピーター・グーバーに映画製作・演出を学び、クームルーデ賞(優秀賞)を受賞し卒業する[3]。その後もロサンゼルスに残り、コマーシャル・フィルムなどの仕事をする[3]

1982年に帰国し、角川春樹事務所に入社[3]。同社初の社員助監督として、『汚れた英雄』(1982年)の助監督を務める[3]。その後、『里見八犬伝』(1983年)、『天国にいちばん近い島』(1984年)等のプロデューサーを務め、1988年に『ぼくらの七日間戦争』で監督デビュー[3]ブルーリボン作品賞、くまもと映画祭監督賞を受賞し、「日本映画100本」の一本に選ばれる。『ほたるの星』(2004年)は第16回東京国際映画祭コンペティションに公式参加した後、世界各国で公開。2004年秋には、皇室主催の園遊会に招待された。浅丘ルリ子主演の『早咲きの花』(2006年)は、第19回東京国際映画祭、豪州シドニー映画祭で公式上映され、国内外で高く評価されている。北海道東川町が舞台の『写真甲子園 0.5秒の夏』(2017年)は第30回東京国際映画祭でワールドプレミア上映され、2019年アラブ・アフリカ世界で最も有名なカルタゴ映画祭から正式招待された。2021年、短編映画『北の残照』とドキュメンタリー映画『ヌプリコロカムイノミ』を監督。2023年には『カムイのうた』を監督[3]

周南公立大学客員教授環境省主催のホタレンジャー審査員。豊橋まつり総合プロデューサー。

2025年11月12日膵臓がんのため死去[6][7]。70歳没。

フィルモグラフィー

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監督

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プロデューサー

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プロダクションマネージャー

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脚注

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出典

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  1. 菅原浩志”. WEBザテレビジョン. 2025年12月3日閲覧。
  2. 1 2 北海道新聞、1997年6月23日夕刊1頁「北海道ひと紀行 工藤栄一・相米慎二・菅原浩志」
  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 菅原浩志 - KINENOTE
  4. 未来担う子どもたちにメッセージ 映画監督・菅原さんが納内で講演 - 北空知新聞 WEB NEWS 2019年09月04日
  5. 北海道新聞、2017年6月7日朝刊空知版19頁「<まち 人>深川発*菅原浩志さん*納内ゆかりの映画監督
  6. 菅原浩志さん死去 70歳 映画監督」『北海道新聞デジタル』北海道新聞社、2025年11月19日。2025年11月19日閲覧
  7. 「ぼくらの七日間戦争」の菅原浩志監督 11月12日に膵臓がんで死去70歳 北海道東川町で遺作「カムイのうた」追悼上映」『スポーツ報知』報知新聞社、2025年12月1日。2025年12月1日閲覧

外部リンク

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