馬場康夫

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ばば やすお
馬場 康夫
生誕 (1954-08-18) 1954年8月18日(63歳)
日本の旗 日本 東京都
出身校 成蹊大学
職業 著述家実業家映画監督

馬場 康夫(ばば やすお、1954年昭和29年〉8月18日 - )は、日本の制作会社経営者であり、著述家映画監督である。

ホイチョイ・プロダクションズ東京都世田谷区)代表取締役社長。

人物[編集]

東京都生まれ。母方の祖父は、建築家の藤井厚二成蹊大学在学中(安倍晋三とは同期で友人[1])に、同級生らとホイチョイ・プロダクションズを設立[2]、漫画同人誌の発行や8ミリ映画の制作を行った[3]

大学卒業後は日立製作所に勤務し、同社宣伝部に所属していた1981年昭和56年)、漫画雑誌・ビッグコミックスピリッツ小学館)において、4コマ漫画企画「気まぐれコンセプト」の連載を開始した[4][3]。その後はテレビ番組の企画や、著作の出版を行い、1983年(昭和58年)に出版した書籍「見栄講座」(小学館)は、販売部数65万部のベストセラーとなった[3]

1987年(昭和62年)には映画「私をスキーに連れてって」を、映画初監督作品として製作するとともに、日立製作所を退社した[3]。同作品、さらに後年製作された映画「彼女が水着にきがえたら」(1989年)、「波の数だけ抱きしめて」(1991年)はいずれも日本において商業的に成功。馬場が率いるホイチョイ・プロダクションは若者のライフスタイルにおけるイメージリーダーとなった[5]

その後も多くの書籍、テレビ番組、映画等の製作に携わり現在に至っている。

著作の大部分は馬場の個人名義ではなく、「ホイチョイ・プロダクションズ製作」として発表されている。

作品[編集]

映画[編集]

自主制作
  • 「天皇陛下の007」(1971年)※8ミリ/30分
  • 「007/奴らは死ぬのだ」(1972年)※8ミリ/60分
  • 「007/ドクターシン」(1974年)※8ミリ/60分
  • 「ロンググッドバイ」(1975年)※8ミリ/60分
  • 「イパネマの娘」(1981年)※16ミリ/90分
一般劇場映画

ミュージックビデオ[編集]

書籍[編集]

  • 『見栄講座』(1983年)
  • 『気まぐれコンセプト』(1984年)
  • 『OTV』(1985年)
  • 『極楽スキー』(1987年)
  • 『東京いい店やれる店』(1994年)
  • 『エンタメの夜明け』(2007年)
  • 『気まぐれコンセプト・クロニクル』(2007年)

脚注[編集]

  1. ^ 東京人増刊 成蹊学園と吉祥寺の100年 2012年 06月号 「懐かしの吉祥寺再訪(馬場康夫x安倍晋三 対談)」
  2. ^ 登記上の会社設立年月は、1984年2月(同社ウェブサイトによる)
  3. ^ a b c d 馬場康夫プロフィール 馬場康夫監督インタビュー 『Cinema Topics Online』(2007年8月17日) 2010年2月18日閲覧
  4. ^ 馬場康夫プロフィール バブル時代、あのとき僕は 『マイコミジャーナル』(2007年8月24日) 2010年2月18日閲覧
  5. ^ Director: Yasuo Baba International licensing "Messengers", Pony Canyon Inc.(1999), Retrieved on Feb-18-2010

関連項目[編集]

外部リンク[編集]