経営者
経営者(けいえいしゃ、business manager)は、民間企業を経営(マネジメント)する役割を担う人(人々)のこと[1]。小規模の会社ではひとりで経営が行われる場合もあるが、会社の規模が大きくなると決断すべきことが多くなりすぎ経営はひとりではできず複数名でチーム("経営陣")を組んで役割分担をして行うので、経営者というのは経営チームの一員である[1]。 英語にmanagerという単語があるが、これは民間企業の経営者に加えて公的組織のマネジメントを行う人まで含まれ[1]、指す範囲が広くなりすぎるので、民間企業のmanagerだけを指す場合はbusinessという単語と組み合わせてbusiness managerと言うことが英語では一般的であり、これは日本語の経営者にほぼ一致する。
概説
[編集]経営者(business manager)とは、従業員の仕事を管理して事業運営を担う人のことである[2]。
歴史
[編集]- 14世紀〜15世紀
フィレンツェのジョヴァンニ・ディ・ビッチ・デ・メディチ(Giovanni di Bicci de’ Medici)は、銀行業を拡大し都市国家経済の中で資本運営を行い、彼の銀行は、当時のイタリア全土だけでなく、ヨーロッパ中に影響力を持ち、ルネサンス期の商業革命を引き起こした。 フィレンツェのコジモ・デ・メディチ(Cosimo de’ Medici)は、銀行の運営を行いつつ都市の経済基盤を統括し政治的影響力を行使した。
- 16世紀
フィレンツェのロレンツォ・デ・メディチ(Lorenzo de’ Medici)は、商業経営と金融を行い、都市経済を支えた。
16世紀に世界初の株式会社、長距離貿易における商業資本の結集であるオランダ東インド会社(VOC)が設立され、株式公開と有限責任の概念を導入し商業経営の新たなモデルとなった。それ以前、オランダではすでにいくつかの貿易会社が活動していた[3]。しかし、これらの多くはイギリスやポルトガルと競争するのではなく、互いに競り合っていた。そのため、オランダの国務議会の顧問であるヨハン・ファン・オルデンバルネヴェルトの助言により、これらの会社をすべて統合し、1つの会社を設立することが決定され、最初は一部に懐疑的な者もいたが、最終的にVOCの中央管理組織は17人で構成されることが決定され、ヘーレン17(Heren XVII)と呼ばれるようになった[3]。これが"経営陣"に相当する。各地から76人(または77人)の「bewindhebbers(監督者)」が選ばれ、監督者は年に数回、中央政策を決定するためにHeren XVIIの会議に出席するための代表者を選出した。後に監督者の数は60人に減らされた[3]。こうして選挙で選ばれる経営者による集団的な経営が行われた。
- 18世紀
イギリスの陶器業者で、産業革命直前における製造業の経営者ジョサイア・ウェッジウッドおよび彼の会社ウェッジウッド社は、大量生産の概念を導入し、近代的な工場経営のモデルを示した。イギリスのアブラハム・ダービー1世(en:Abraham Darby I)は、産業革命を先取りする形で製鉄業に革命を起こし、ダービー家の鉄鋼事業は、後のイギリス工業化に多大な影響を与えた。
- 19世紀
ロバート・オウエンは、近代的な労働環境の確立を目指した経営者であり、イギリスの社会改革者である。「オウエン主義」と呼ばれる労働者福祉制度を提唱し、最も有名な業績はウェールズのニュー・ラナーク工場で労働者の生活環境を改善したことにある。労働者の待遇や教育の向上を重視し、企業社会での倫理的な経営を促進した。[4]
ジェームズ・ワットは、スコットランドのグラスゴーで蒸気機関の改良に取り組んだ発明家で、ワット自身は最初は経営があまり得意ではなく、最初の提携相手のジョン・ローブックを破産させてしまったが、2人目のパートナーであるマシュー・ボールトン(Matthew Boulton)とパートナーシップを結びボールトン・アンド・ワット社を設立してからはビジネスはうまく回るようになり、その後25年間にわたり事業を共同運営した[5]。2人のパートナーシップ経営により、蒸気機関は工業界で広く使用されるようになった。ワットは自身の発明について厳格に特許管理を行い、ロイヤリティ制度を導入し、これが発明による利益を最大化し、他者による無断使用を防いだ[5]。この経営戦略は、蒸気機関の商業化とその普及を加速させた[5]。2人の経営するボールトン・アンド・ワット社はソーホー工場を建設し、この工場は蒸気機関の製造を行い競争力を持つようにするための重要な拠点となった[5]。
種類
[編集]経営者には、所有経営者と、独立専門経営者がいる[1]。いわゆる「オーナー経営者」と「雇われ経営者」がいるのである。
- 所有経営者とは、その企業を「所有」つまり、自身が主たる出資者で株式の過半数などを所有するなどして支配しており、なおかつ自身で経営(マネジメント)も行っている人である。
- 独立専門経営者とは、「企業の所有と経営の分離」という現象・制度によって現れた存在であり、資本家(出資者や株主)が別におり(自身は基本的に出資をしておらず)、その資本家から委任される形で、自身が持っている経営管理の専門的知識や技術を活用して、企業を経営することを担当する人である。
日本の企業の場合
[編集]日本企業の場合、従来の(大手の株式会社の)経営統治機構は、株主総会の下に取締役会と監査役会をおく構成になっており、監査役会には監査役、取締役会には多段階の役位を置き、一般的にはそれらの人々を総称して経営者と呼んでいる[6]。経営の仕事を分割して分担をしていることも多いので、経営集団のひとりとして)経営の役割を担当している人[7]。商業(経営)に関する学術団体については、1951年4月21日、日本商業学会が慶應義塾大学教授向井鹿松を初代会長として設立された[8]。
役位の階層の設定のしかたは企業ごとに異なるが、取締役、常務、専務、(代表取締役)社長 などを置くのはかなり共通性がある[6]。一方、会長、副会長、副社長などの役位については設置しない企業もある[6]。
なお日本の企業の数は、上場企業に限っただけでも2018年時点で3759社におよび[9]、非上場の中小企業なども含め法人全般となると264万社におよび(2015年の統計)[10]、それらの法人にそれぞれ経営者がいる。
- 各役位の役割
一般的に、取締役は特定部門の上端に位置し執行責任を持つ役位である[6]。一方、社長は全社経営の統括責任をもつ役位である[6]。それらに対して副社長、専務、常務などはそれら(社長と取締役)の中間的な役位としてとらえることができる[6]。
上場企業などの経営者の役位構成
[編集]- 日本の上場企業などの経営者の役位別構成
東洋経済新報社の『役員ファイル』は、企業の役員の役位や学歴などの個人情報を集めたデータベースであるが、その1999年版の1部上場企業、二部上場企業、地方単独上場企業、非上場生損保の2573社分のデータによると(に限ったデータによると)、企業一社あたりの役員の数の平均は15.56(人/社) であり、そのうち常勤役員は12.78(人/社)であり(全役員の82,1%)、非常勤役員は2.78人であり(全役員の17.9%に相当)、およそ8割が常勤で2割が非常勤という構成になっている[6]。
副会長は一社平均0.03人しか置いておらずとても珍しく、会長も0.38(人/社)なので2社に1社も置いていない。それ以外にも相談役取締役というのも例外的な存在である[6]。
経営者の一般的な役位としては、取締役が41%、常務21%、専務9%、社長が8%、監査役13%という構成になっている。主要な役位の人数比は、取締役4に対して常務が2で専務や社長が1という比率になっている[6]。(つまり経営者の中では、特に別の役位名がついていない「取締役」の人数比が一番高い)
日本で上述のデータベースに掲載されるような企業の平均では、取締役と中間役位の人数がほぼ同数になるような構成になっている[6]。
脚注
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d 「経営者」『ブリタニカ国際大百科事典』。 エラー: {{Cite Kotobank}}の使用で
|access-date=が指定されていません。 - ^ “business manager”. 2025年12月6日閲覧。
- ^ a b c “Heren Zeventien (VOC)”. 2025年12月16日閲覧。 エラー: 閲覧日が未来の日付です。(説明)
- ^ “Robert Owen”. Encyclopedia Britannica. 2025年12月5日閲覧。
- ^ a b c d “James Watt”. 2025年12月6日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j 今野浩一郎「日本企業における経営者の構成とキャリア」学習院大学経済研究所年報 第15巻(2001年12月)
- ^ ブリタニカ国際大百科事典、経営者
- ^ “学会HP”. 日本商業学会. 2022年1月23日閲覧。 個人会員1,072名,賛助会員11社・団体,購読会員32件 (2019年7月現在)
- ^ “02_01.pdf”. 証券統計ポータルサイト. 2022年9月4日閲覧。
- ^ “国内の法人数、前年より2万5000社増えて264万社に〜黒字企業の増加と赤字企業の減少〜 | 27,800円で一般社団法人設立【KiND行政書士事務所:東京】全国対応!”. shadan-houjin.jp. 2022年9月4日閲覧。