宮田雪

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

宮田 雪(みやた きよし、1945年3月3日 - 2011年2月14日)は日本の脚本家、漫画原作者、社会活動家。秋田県出身。早稲田大学文学部卒業

経歴[編集]

大学では「ワセダミステリクラブ」に所属。また、曽根忠穂(のち「奇想天外」編集長)や石上三登志(のち、CM作家、評論家)らと、「OFF」という映画・漫画などを論じる同人誌を作った。

大学卒業後、映画監督鈴木清順に師事し助監督の道へと進むも、その後大和屋竺の薦めで脚本家に転じる。1987年ごろまで数多くのドラマ、アニメ、劇画などの脚本を手がける。一方でブーム前夜にあったニューエイジスピリチュアルの世界にも身を置き、1973年のインド旅行をきっかけに、日本山妙法寺の活動に加わるようになる。

1978年からアメリカインディアンホピ族に接触し、ホピ族らの文化に傾倒。8年がかりで1986年に記録映画を完成させるなど、彼らの文化の紹介に務める他、反原発運動などにも関わる。水木しげるとは1970年頃から師弟関係にあり、漫画原作の提供や、水木をホピ族の村に招くなどしている。

1995年、カリフォルニアで脳内出血で倒れる。一時は絶望視されるも奇蹟的に一命を取り留め、神戸にて療養生活を続けていたが、2011年2月死去。

脚本を担当した作品[編集]

テレビ[編集]

ラジオドラマ[編集]

記録映画[編集]

  • ホピの予言 1986年

漫画原作[編集]

参考文献[編集]