吉開寛二

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本来の表記は「Tsuchiyoshi.svg開寛二」です。この記事に付けられた題名は記事名の制約から不正確なものとなっています。
吉開 寛二
生誕 1973年1月5日(41歳)
日本の旗 日本 熊本県玉名市
国籍 日本
職業 漫画家
活動期間 1991年 -
ジャンル 青年漫画
代表作 緊急出動! SENRi119
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吉開 寛二(よしかい かんじ、1973年1月5日)は、日本漫画家熊本県玉名市出身。東京都在住。血液型A型教員免許を持っている。既婚。

「吉」の正確な表記は「Tsuchiyoshi.svg」(「土」の下に「口」、つちよし)である[1]

概要[編集]

10歳から父の画家吉開繁美[2]と兄、そして尊敬する植田まさしの『コボちゃん』の影響で漫画家を目指す。

南関高校3年のに上京して、『少年マガジン』と『ヤングマガジン』(講談社)、『少年ジャンプ』(集英社)、『少年チャンピオン』(秋田書店)などの4社などに投稿した。どれも吉開の才能を認められず、特に『少年ジャンプ』の編集者は「吉開君…君の漫画は少年誌ではなく、青年誌向けだね」と指摘されたことがある。

それでも吉開はあきらめずに最後の『少年サンデー』(小学館)の第5回コミックグランプリで『変人さんいらっしゃい』を投稿し、19歳で入選しデビューを果たした。その後、九州産業大学芸術学部美術学科に入学したが、念願の掲載には至らなかった。

大学では漫画サークル(漫画研究会)に所属し、1993年夏に『アフタヌーン』に『孤独の音』を投稿して、に「アフタヌーン四季賞CHRONICLEアフタヌーン四季賞)準入選」を受賞したが、これも掲載には至らなかった。

大学を卒業した後はいったん母校の南関高校の教諭となるも、引き続き漫画家としての夢を持ち続け、今度は青年誌に変更して『モーニング』に投稿した『しげんとゆきみで』で「第34回ちばてつや賞大賞」を受賞し、審査員のちばてつやから絶賛された。そのために上京して、本格的な漫画家として活動することになった。

2000年に『モーニング』で『たぢからお』を、翌年は『イブニング』で『思い出の味 大陸食堂』を掲載した。2004年に『MiChao!』で『緊急出動! SENRi119』をネット掲載した。

以後は、日本文芸社に移り、2009年から『食漫』で『丼なモンダイ!』の連載を始め、2011年に終了した。2012年から『漫画サンデー』(実業之日本社)で読切を経て、『感涙食堂』を連載した。

彼の漫画は地元の九州を舞台としたテーマの作品が多いことが特徴である(『思い出の味 大陸食堂』を除く)。

趣味は映画料理。また、中学時代からジョン・ウィリアムズ中島みゆきのファンでもある。

脚注[編集]

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  1. ^ Unicodeでは U+20BB7、「𠮷」。
  2. ^ 著名な画家であり、地元の玉名郡玉東町で絵画教室を開いている。


作品リスト[編集]

関連項目[編集]

関連サイト[編集]