加藤乙三郎

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加藤 乙三郎 (かとう おとさぶろう、1904年明治37年)7月10日-1987年昭和62年)9月17日)は日本の実業家。中部電力会長電気事業連合会会長、中部経済連合会会長。

略歴[編集]

1904年(明治37年)7月10日、岐阜県多治見市に生まれる。1927年(昭和2年)に法政大学経済学部を卒業し、中部配電に入社する。

経理部長副社長を経て、1969年(昭和44年)に中部電力社長に就任する。のち会長、相談役に就任する。

1971年(昭和46年)に電気事業連合会会長 (-1977年(昭和52年))、1979年(昭和54年)に中部経済連合会会長(-1981年(昭和57年))に就任する。また、戦前に東濃鉄道社長を務めている。

1987年(昭和62年)9月17日に死去、83歳。

家族[編集]

父は多治見電燈創立者の加藤乙三郎 (初代)。なお、乙三郎の襲名前の名は輝三郎。

参考[編集]

  • 『明治大正人物事典Ⅰ』(日外アソシエーツ、2011)
  • 『CD人物レファレンス事典 日本編』(日外アソシエーツ、2002)

外部リンク[編集]