人によって引き起こされた核爆発以外の大爆発一覧

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人によって引き起こされた核爆発以外の大爆発一覧(ひとによってひきおこされたかくばくはついがいのだいばくはついちらん)では、人為的な関与がある核爆発以外の爆発事故の一覧。

  • 規模の大きなもの、多数の死者を出したもの、メディアで大きく取り上げられたものなどを列挙する。なお、爆発物の量が爆発の規模に必ずしも相関するものではなく、また爆発の規模が小さくても被害が大きいものや、爆発の規模・被害が小さくてもメディアに大きく取り上げられたものも掲載対象として含まれる場合があり、爆発の規模に関する正確な順位付けを行うものではない。
  • 落雷などの自然現象が引金となって倉庫などの人工物が爆発したようなものを含む。ツングースカ大爆発のように、全く人が関与していないとされるようなものは含まない。
  • テロリズム暗殺手段としての爆破事件は除く。弾薬爆破処分時に大爆発し意図しない被害が生じた事件などは含む。自然地形に対する大規模な破壊手段としての爆破は含まれる。

20世紀以前[編集]

ペンテコステの大爆発1578年10月12日
ブダ城の倉庫に落雷、保管していた粉類が粉塵爆発し、おおよそ2,000人が死亡。
デルフト大爆発en)(1654年5月18日
オランダデルフトで火薬庫に蓄えられていた40tの火薬が爆発、市街の大部分が破壊された。約1,200人が死亡し、1,000人以上の負傷者が出た。
大坂城大爆発1660年7月25日
大坂城の焔硝蔵(火薬庫)に落雷、火薬82tが爆発し29人が死亡、天守や御殿などが損壊。城外でも3名死亡、家屋千数百棟が倒壊。
ブレシア・聖ナザロ教会爆発事故en)(1769年8月18日
イタリアブレシアにある聖ナザロ教会に落雷、通廊に保管されていた80トンの火薬に引火して爆発、都市の1/6が破壊され、3,000人の死者を出す大事故となった。この事故がきっかけでローマカトリック教会は各教会の尖塔避雷針を立てることを許可することとなる。
ロドス島騎士の宮殿爆発事故1856年
ギリシャロドス島において騎士団長の居城とされた宮殿に落雷、地下火薬庫が爆発し4,000人が死亡した。
ワッシュバーン製粉所大爆発1878年5月2日
ミネソタ州ミネアポリスにあるワッシュバーン製粉所で粉塵爆発。18人が死亡。その後製粉所は再建されたが、元の遺構はそのまま保存されている。
ナナイモ鉱山大爆発1887年5月3日
カナダブリティッシュコロンビア州バンクーバー島にあるナナイモ鉱山第1炭坑で、おそらく爆薬を仕掛ける際に何らかの不手際により爆発炎上。炭坑は丸一日炎に包まれ、炭坑夫150名が死亡した。犠牲者のうち53名は中国人労働者だった。

1910年代[編集]

ブラック・トム大爆発1916年7月30日
ニュージャージー州ジャージーシティでジョンソン17号はしけが爆発。これにはヨーロッパへと運ばれる予定の爆発物1,000tが積まれていた。この爆発で自由の女神像が損傷を受け、数名の死者と約100名の負傷者が出た。原因は、軍需品の補給を阻止しようとしたドイツの工作員が放火したことによる。1953年にはドイツ側がこの事件に関して責任を認め、9,500万ドルの賠償金を支払うことに同意した。
イギリス軍によるメシヌの戦いの爆破作戦で破壊されたドイツ側陣地
メシヌの戦い1917年6月7日
第一次世界大戦中の1917年、イギリス第2軍は、ベルギーのメシヌの尾根にあるドイツ軍根拠地への攻撃を計画していた。6月7日、ドイツ軍根拠地の地下にトンネルを掘って埋設された19個の巨大な地雷(総計600t)が爆破され、これによりドイツ兵約10,000名が死亡。爆発の音は遠くダブリンにまで響き、チューリッヒでも振動を感じたとされる。しかし、このとき使用された火薬は全て爆発したのではなく、1950年代に落雷により残った火薬の一部が爆発する事故が発生した。現在でも不発の爆薬が現地の尾根に残されたままだと考えられている。
ハリファックス大爆発(1917年12月6日
カナダハリファックス港で船同士が衝突。そのうち1隻はピクリン酸を主とする2,600tの爆発物を積んでいた。衝突の際に火災が起き、爆薬を積んだまま火のついた船は埠頭へと流れ着いてそこで爆発した。1,600名が死亡し、ハリファックス中心街の大部分が壊滅した。

1920年代[編集]

オッパウ大爆発1921年9月21日
ドイツオッパウで4,500tの化学肥料を貯蔵していたBASF社のサイロが爆発し、560名が死亡、160名が行方不明、2,000名以上が負傷した。爆発の規模はTNT火薬で1-2kt程度と推定され、被害は周囲30kmに及んだ。

1930年代[編集]

ニューロンドンハイスクールガス爆発1937年3月18日
テキサス州ニューロンドンのハイスクールでガス漏れから爆発。生徒311名が死亡。これをきっかけとして天然ガス着臭してガス漏れを発見しやすくするようになった。
ヒンデンブルク号爆発事故(1937年5月6日
アメリカ合衆国ニュージャージー州レイクハースト海軍飛行場で発生した、ドイツの硬式飛行船・LZ129 ヒンデンブルク号の爆発・炎上事故。36名が死亡した。
禁野火薬庫爆発事件1939年3月1日
大阪府枚方市(事件当時は枚方町)禁野の陸軍禁野火薬庫で起こった爆発事故。砲弾の解体作業中に発火、倉庫内の弾薬に引火し爆発。近隣集落も飛散した砲弾等によって延焼し94名が死亡、602名が負傷した。

1940年代[編集]

テッセンデルロー肥料工場爆発事故1942年4月29日
ベルギーのテッセンデルローにあるテッセンデルロー化学社の肥料工場で、野積みされていた塩化カリウムの山をダイナマイトで崩そうとして誤って硝酸アンモニウムの山を爆発させてしまった事故。硝酸アンモニウム150トンが爆発し、工員と市民合わせて189人が死亡した。
横浜港ドイツ軍艦爆発事件(1942年11月30日
横浜港内で起こった爆発事故。ドイツのタンカーウッカーマルクが、船倉清掃作業中に火災を起こし、近くの停泊していたドイツの仮装巡洋艦トール他2隻を巻き込んで爆発。ドイツ兵を中心に102名の犠牲者を出し、横浜港内の設備が甚大な被害を受けた。
戦艦陸奥爆沈事件1943年6月8日
広島湾沖柱島泊地で、戦艦陸奥の錨地変更のための作業を行おうとしていたところ、突然に煙を噴きあげて爆発を起こし、一瞬にして沈没した。陸奥の乗員1,121名が死亡した。
ボンベイ埠頭大爆発英語版1944年4月14日
ボンベイのヴィクトリア埠頭に停泊中の汽船フォート・スティキーン号で火災が発生。さまざまな物資とともに積み込まれていた1,400tの爆発物に引火し、爆発が起きた。740名が死亡し、1,800名以上が負傷した。
ポートシカゴの惨事(1944年7月17日
カリフォルニア州ポートシカゴで汽船E.A.ブライアン号が爆発した。爆発は、ヨーロッパへと運ぶ予定の弾薬を積み込んでいる最中に起きた。高性能爆薬・焼夷弾爆雷をはじめとする弾薬4,606tがすでに積み込まれており、貨車上で待機していた残りの429tとともに爆発。これにより船員320名が死亡し、390名が負傷した。死者のうち202名はアフリカ系で、これは第二次世界大戦で死亡したアフリカ系アメリカ人の15%にあたる。
フォールド大爆発英語版(1944年11月27日
イングランド中部スタフォードシャー州にあるイギリス空軍のフォールド地下武器庫で爆発が起きた。3,670tの爆弾が爆発し、公式発表によると78名が死亡した。爆発により、周囲約1.2kmにわたって深さ約120mのクレーターが生じた。1974年に公式の調査結果が発表され、原因は、信管が付いたまま運び出されようとした爆弾が何らかの理由で爆発したものとされた。
ジョン・バーク爆沈(1944年12月28日
ミンドロ島攻略の為にレイテ湾に停泊していた輸送船「ジョン・バーク」に日本海軍の特攻機が突入し、弾薬を満載していた同船は一瞬の後に大爆発を起こして轟沈。乗船していた68人全員が即死し、周囲の艦船にも多数の死傷者が出た。
戦艦大和沈没(坊ノ岬沖海戦)(1945年4月7日
旧日本海軍の戦艦大和は鹿児島県坊ノ岬沖合で空襲により大火災を起こし横転、弾薬庫内にあった多数の主砲弾が誘爆して撃沈され、乗員2,700名以上が戦死した。
玉栄丸爆発事故(1945年4月23日
鳥取県西伯郡境町(現・境港市大正町)の岸壁で火薬を陸揚げ中だった旧日本軍の徴用船「玉栄丸(たまえまる)」(937トン)が爆発。その後の誘爆によって周辺の家屋431戸が倒壊焼失し、115人が死亡、309人が負傷。陸揚げの途中での休憩中に上等兵が投げ捨てたタバコが火薬に引火したのが原因。日本海新聞2007/5/31
東安駅爆破事件(密山駅爆破事件とも 1945年8月10日
南満州鉄道東安駅で、関東軍が撤退に当たって弾薬を爆破処分。安全確認を怠ったため、ソ連軍進撃により満州を脱出しようとした満蒙開拓移民のグループが巻き込まれる。死亡・行方不明136人以上。
二又トンネル爆発事故(1945年11月12日
福岡県添田町にあった日田彦山線未開通区間の二又トンネルに旧日本軍が保管していた約530tの弾薬を進駐軍の監督下で処分しようとしたところ爆発。トンネルの上の山が吹き飛ばされ、周辺住民147名が死亡、149名が負傷した。
テキサスシティ大災害1947年4月16日
テキサス州テキサスシティの港で汽船グランドキャンプ号が爆発した。この船には8,500tの硝酸アンモニウムが積まれており、爆発により581名の死者と5,000名以上の負傷者が出た。
ヘルゴラント島(1947年4月18日
イギリス海軍の技術者はヘルゴラント島全体を破壊することにより、島に残された旧ドイツ軍の防御設備を一挙に片付けようとした。「ブリティッシュ・バン」(あるいは「ビッグ・バン」)と呼ばれるこの計画では、第二次世界大戦で余剰した4,061t(一説には6,800t)の弾薬が島の各所に配置され、爆破された。防御設備の大部分は破壊されたが、島自体は残った。1952年に島はドイツに返還され、その後は修復を経て、現在では観光地となっている。
爆発事故直後のBASFルートヴィヒスハーフェン工場
ルートヴィヒスハーフェン爆発事故1948年7月28日
ドイツ・ルートヴィヒスハーフェンで操業中のBASF工場で、ジメチルエーテルを積載していたタンク車が爆発。周囲にあった溶剤や化学肥料・塗料に次々と誘爆し、ライン川を挟んだマンハイムにまで被害が及んだ。207人が死亡、3,818人が負傷。
伊江島米軍弾薬輸送船爆発事故(1948年8月6日
米軍統治下の伊江島で、5インチロケット砲弾約5,000発(125t)を積載した米軍の弾薬輸送船が接岸時に爆発、死者107人、負傷者70人を出す米軍統治下で最大の事故となった[1]
プリュム火薬庫爆発事故1949年7月15日
ラインラント=プファルツ州プリュムジークフリート線の爆破解体に使用する予定だった火薬が爆発、プリュム市街地はほぼ全壊し12人が死亡。

1950年代[編集]

秋葉ダム・ダイナマイト爆発事故1955年2月4日)
静岡県浜松市天竜区・天竜川本川中流部の秋葉ダム建設現場で、不発のまま放置されていた大量のダイナマイトが誘爆した事故。
墨田区花火問屋爆発事故1955年8月1日)
東京都墨田区にある花火工場の倉庫で爆発事故。死者18名、重軽傷者80名以上。
日本カーリット工場爆発事故(1955年8月2日)
神奈川県横浜市保土ケ谷区にある火薬工場にて発生した爆発事故。
リップル・ロック英語版1958年4月5日
カナダのセイモア海峡英語版では、長年にわたりリップル・ロックと呼ばれる岩山が船の航行の障害となっていた。この岩山は1958年4月5日、1,375tの爆薬により爆破除去された。
上郷村花火工場爆発事故1959年5月29日
長野県下伊那郡上郷村にある花火工場にて発生した爆発事故。死者7名、負傷者266名。
東洋化工爆発事故(1959年11月20日)
神奈川県横浜市金沢区にある火薬工場にて発生した爆発事故。死者3名、負傷者多数。
第二京浜トラック爆発事故(1959年12月11日)
神奈川県横浜市第二京浜国道で4トンのTNT火薬を積載したトラックが爆発。乗員4名が即死。負傷者多数。

1960年代[編集]

ニェジェーリンの大惨事1960年10月24日
ソビエト連邦バイコヌール宇宙基地R-16大陸間弾道ミサイルの発射試験中にミサイルが爆発。初代戦略ロケット軍司令官のミトロファン・ニェジェーリン砲兵元帥をはじめとする100名以上(一説には約200名)が死亡した。爆発の炎は50km離れた地点からも観測できたと伝えられる。当時、この事故は政府によって秘匿され、1990年代になってようやく事故事実が公表された。
深川都市ガス爆発事故(1963年1月24日)
午前6時40分頃、午前7時頃、午前9時頃に三度の爆発火災発生。原因は都市ガス用高圧導管の亀裂。死者6名、負傷者21名
三井三池三川炭鉱炭じん爆発(1963年11月9日)
1963年11月9日午後3時12分、およそ1400人の労働者がいた三井鉱山三池鉱業所三川鉱第一斜坑から1.6km地点の斜坑で炭塵が爆発。原因は、石炭を満載したトロッコが火花を撒き散らし暴走。脱線し、炭塵が発生。それに引火爆発したのが原因。大量の一酸化炭素が発生し、爆死の20人以外は全て一酸化炭素中毒で亡くなった。死者458名、救出者940名、その内一酸化炭素中毒患者839名。
品川勝島倉庫爆発火災(1964年7月14日)
1964年東京オリンピックが控える中、敷地内に野積みされていたドラム缶入りニトロセルソースが発火、爆発した。また隣の倉庫内にあったシンナーラッカーにも引火。爆発炎上した。それから一時間後、消防隊員が集う中、敷地内の別の倉庫に無許可で保管されていた、プラスチック硬化剤メチルエチルケトンパーオキサイドが爆発し、消防隊・消防職員19人が殉職、100名以上の消防関係者が負傷する大惨事となった。倉庫20棟中10棟が全焼し、3時間半後に鎮火した。
セーラーハット作戦1965年2月6日4月16日6月19日
部分的核実験禁止条約締結後に行われた模擬核実験。核爆発軍艦に与える影響を調査するためにハワイカホオラウェ島で3度に渡りTNT500トンを爆発させた。アメリカとカナダの軍艦計7隻が実験に用いられた。
N-1ロケット爆発(1969年7月4日
バイコヌール宇宙基地で打上げ試験が行われたN-1ロケット(総重量約2,750t)2号機は発射台を離れた直後に爆発。死傷者数は不明(関連項目:ソ連の有人月旅行計画)。

1970年代[編集]

事故 発生日 発生地 死傷者数 事故内容
天六ガス爆発事故 1970年4月8日 日本の旗 日本
大阪府大阪市北区菅栄町
(現・天神橋六丁目、通称:天六)
死者79名
負傷者420名
地下鉄谷町線天神橋筋六丁目駅工事現場で都市ガスが漏洩。引火・爆発し、多数の死傷者を出した。
裡里駅爆発事故 1977年11月11日 大韓民国の旗 大韓民国
全羅北道裡里市
死者59人
負傷者1343人
ダイナマイトなどの爆発物を輸送中の貨物列車が裡里駅に停車中に爆発。
ロス・アルファケス大惨事 1978年7月11日 スペインの旗 スペイン
カタルーニャ州タラゴナ県アルカナー
死者217人
負傷者200人以上
タンクローリーがキャンプ場のそばを通過中に積荷の可燃性プロピレンが爆発し、キャンプ場にいた多数のキャンプ客が爆発に巻き込まれ、大惨事となった。

1980年代[編集]

事故 発生日 発生地 死傷者数 事故内容
静岡駅前地下街爆発事故 1980年8月16日 日本の旗 日本
静岡県静岡市
死者15人
負傷者223人
静岡駅北口の地下街の飲食店で地下の湧水処理漕に溜まっていたメタンガスにガスコンロの火が引火しガス爆発が発生、さらにその爆発によりビル内の都市ガスが破損し、都市ガスが漏洩し爆発、多数の死傷者を出した。事故後、地下街に関する保安基準が厳しくなり、1987年川崎アゼリアまでしばらく新設が認められなかった。
シベリア横断ガスパイプライン大爆発 1982年6月 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
シベリア
なし ガスのパイプラインが爆発。アメリカの情報機関の推定によると爆発の規模はTNT火薬で3kt相当だったとされるが、遠隔地での爆発だったため死傷者は出ていない。後に、CIAが故意に欠陥のあるシステムをソビエトに売り込んで爆発を起させたとの報道がなされたことがあった。これに対しパイプラインの計画責任者は、爆発の原因は単なる設計上のミスであるとして、CIA関与説を否定している。
チャレンジャー号爆発事故 1986年1月28日 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
フロリダ州ブレバード郡メリット島
ケネディ宇宙センター
死者7人 スペース・シャトルチャレンジャー号が射ち上げから73秒後に分解し、7名の乗組員が犠牲になった。
ペプコン大爆発 1988年5月4日 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ネバダ州ヘンダーソン
死者2名
負傷者372人
PEPCONロケット燃料工場で火災が発生。チャレンジャー事故によるスペースシャトル計画凍結のため、出荷されずに工場建物内に保管されていた過塩素酸アンモニウム3,900トンが乾燥過程において炎上爆発した。この爆発はコロラド州の国立地震情報センターでマグニチュード3.0〜3.5の規模の地震であると観測され、工場から16km離れたラスベガス市街地にも被害を及ぼした。

1990年代[編集]

事故 発生日 発生地 死傷者数 事故内容
湾岸戦争におけるイラク空軍基地への空爆 1991年1月28日 イラクの旗 イラク
タリル空軍基地
湾岸戦争での多国籍軍の空爆開始から12日目に、イラク南東部のタリル空軍基地に対して、アメリカ空軍所属のF-111(F型)がレーザー誘導爆弾による空爆任務を実施。それにより弾薬庫の誘爆が起こり、その爆煙は30000フィート以上に達し(9000メートル以上)、静止軌道上のDSP衛星からも観測され「航空攻撃による(核を除く)最大の爆発」と確認された。
グアダラハラ爆発事故 1992年4月22日 メキシコの旗 メキシコ
グアダラハラ
死者206名
負傷者約500名
パイプラインの腐食によりガソリンが漏出、水道管や下水管に流入し、30℃を超す高温により揮発、引火し爆発。約15,000名が家を失った。
長征3Bロケットの爆発 1996年2月14日 中華人民共和国の旗 中国
四川省涼山彝族自治州
西昌衛星発射センターから打ち上げられた長征3Bロケットが制御不能となり、同センターに隣接する作業員宿舎地区に墜落・爆発した。強い腐食性を持つ非対称ジメチルヒドラジンが一帯に飛散し、一帯は壊滅。当局は現場を封鎖して証拠隠滅を図ったが、すぐに世界の知るところとなった。死者は公式発表によれば約90名(実態は約500名あるいはそれ以上だろうとされている)、負傷者数は不明。

2000年代[編集]

事故 発生日 発生地 死傷者数 事故内容
エンスヘーデの惨事英語版 2000年5月13日 オランダの旗 オランダ
エンスヘーデ
死者22人
負傷者947人
不正に花火を大量に保管していた倉庫が火災により爆発。
ブラジルロケット爆発事故 2003年8月22日 ブラジルの旗 ブラジル
マラニョン州アルカンタラ射場
死者21人 ブラジル宇宙機関VLS-1(VLS-1 V03)ロケットが爆発。
龍川駅列車爆発事故 2004年4月22日 朝鮮民主主義人民共和国の旗 北朝鮮
平安北道龍川郡
死者161人以上
負傷者1,200人以上
硝酸アンモニウム石油を積んだ貨物列車同士が衝突し、線路脇の電柱が倒れて電線がショートしたことにより炎上爆発。

2010年代[編集]

事故 発生日 発生地 死傷者数 事故内容
コスモ石油千葉製油所火災 2011年3月11日 日本の旗 日本
千葉県市原市
負傷者6人 東北地方太平洋沖地震・茨城県沖地震により、コスモ石油千葉製油所のLPGタンクが爆発、炎上し3月21日まで燃え続けた[2]東日本大震災の災害の一つ。
ブラザヴィル弾薬庫爆発事故 2012年3月4日  コンゴ共和国
ブラザヴィル
死者250人以上
負傷者1500人以上
軍の弾薬庫が爆発。
テキサス州肥料工場爆発事故 2013年4月17日 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
テキサス州マクレナン郡ウエスト
死者15人
負傷者300人以上
化学肥料工場の爆発。放火または故意による爆発と断定されている。
ラック・メガンティック鉄道事故 2013年7月6日 カナダの旗 カナダ
ケベック州ラック・メガンティック
死者40人
行方不明者7人
原油を積んだ貨物列車がブレーキの解除により無人状態で暴走、脱線し、原油に引火し爆発。
2013年福知山花火大会露店爆発事故 2013年8月15日 日本の旗 日本
京都府福知山市由良川河川敷
死者3人
負傷者59人
ガソリン携行缶の取り扱いが不十分であり、露店のベビーカステラ店の発電機ガソリンを給油中、ガソリンが飛散し大爆発が発生。
高雄ガス爆発事故 2014年8月1日 中華民国の旗 中華民国台湾
高雄市
死者32人
負傷者321人
市内の地下に通るプロピレンガスのパイプラインからガスが漏出、複数個所で爆発が発生。
2015年天津浜海新区倉庫爆発事故 2015年8月12日 中華人民共和国の旗 中国
天津市浜海新区
死者165人
負傷者798人
行方不明者8人
天津港の港湾地区内の危険物倉庫でニトロセルロースが発火、近隣の他の危険物にも引火し大爆発が発生した。
メキシコシティ花火市場爆発火災事故英語版 2016年12月20日 メキシコの旗 メキシコ
トゥルテペック英語版メキシコシティ近郊)
死者42人
負傷者84人
行方不明者12人
花火市場での爆発、火災[3]
札幌不動産仲介店舗ガス爆発事故 2018年12月16日 日本の旗 日本
北海道札幌市豊平区
負傷者52人 不動産仲介店店員が約120本の消臭スプレーを廃棄処理のため店内で同時に噴射した後に、その場でガス湯沸かし器を操作したことにより引火、隣接する飲食店などの近隣の建物を巻き込んで爆発した。
高槻市倉庫爆発事故 2019年7月6日 日本の旗 日本
大阪府高槻市
死者3人
負傷者1人
産業廃棄物処理工場にて、未開封のスプレー缶3000本を処理中に爆発。少なくとも200m圏内に被害が発生[4]

脚注[編集]

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  1. ^ 伊江島米軍弾薬輸送船爆発事故関係資料”. 沖縄県公文書館. 2009年6月18日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2013年4月10日閲覧。
  2. ^ 千葉製油所の火災・爆発事故について”. コスモエネルギーホールディングス. 2016年12月21日閲覧。
  3. ^ メキシコの花火市場で爆発 死者29人に、負傷者72人”. CNN.co.jp. 2016年12月21日閲覧。
  4. ^ 爆発事故、死者2人に ほかの2人も重体 大阪・高槻:朝日新聞デジタル” (日本語). 朝日新聞デジタル. 2019年7月8日閲覧。

関連項目[編集]