京終駅
| 京終駅 | |
|---|---|
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駅舎 | |
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きょうばて Kyōbate | |
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| 所在地 | 奈良県奈良市南京終町211 |
| 所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本) |
| 所属路線 | U 桜井線(万葉まほろば線) |
| キロ程 | 1.9km(奈良起点) |
| 電報略号 | ハテ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
702人/日(降車客含まず) -2016年- |
| 開業年月日 | 1898年(明治31年)5月11日[1] |
| 備考 | 無人駅(自動券売機 有) |
京終駅(きょうばてえき)は、奈良県奈良市南京終町にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)桜井線(万葉まほろば線)の駅。難読駅名としても知られている。
歴史[編集]
京終駅が存在する区間の桜井線は、初瀬鉄道が免許を受けて建設した。1894年(明治27年)7月に奈良 - 桜井間が本免許され、1897年(明治30年)8月に着工した[2]。しかし、同一地方に小鉄道が独立して存在するのは公共の利益に合致しないとして、京都 - 奈良間を建設した奈良鉄道と合併するべきとの議論が起こり、1897年(明治30年)4月25日に初瀬鉄道と奈良鉄道の合併契約が結ばれ、8月6日に認可を得て、10月1日に建設工事が奈良鉄道に継承された。1898年(明治31年)5月11日に京終 - 桜井間が開通した[3]。京終駅はこの際に開設され、建設に当たっては奈良町在住の乾徳三郎から7反歩の土地の提供を受けた[2]。
その後、奈良駅と連絡する工事が進められた。1899年(明治32年)1月20日に奈良駅における連絡に関して大阪鉄道・関西鉄道と契約が成立し、2月11日(奈良市史では3月11日とする)から貨物の連絡輸送が奈良 - 京終間で開始された。10月14日に旅客輸送も開始して、正式に開通した[3][2]。
1919年(大正8年)には荷物専用のリフトである奈良安全索道が、京終駅から奈良市小倉町までを結び[4]、名産の天然凍豆腐(高野豆腐)や野菜・木炭・木材等を運搬していた[5]。1951年(昭和26年)に奈良安全索道は廃止された[6]。
1898年(明治31年)開業以来の木造平屋建て駅舎が残されてきたが、2017年(平成29年)にJR西日本から奈良市に無償譲渡され[7]、奈良市によって駅舎の復元工事が進められた。2018年(平成30年)3月9日に第一期復元工事が完成し、待合室が供用開始された[6]。
年表[編集]
- 1898年(明治31年)5月11日:奈良鉄道が、大阪鉄道と接続する現在の桜井線桜井駅以北を建設した際、終着駅として開業[1]。
- 1899年(明治32年)10月14日:奈良鉄道が当駅から奈良駅まで延伸、途中駅となる[1]。
- 1905年(明治38年)2月7日:関西鉄道が奈良鉄道を合併。同社の駅となる[1]。
- 1907年(明治40年)10月1日:国有化され、国鉄の駅となる[1]。
- 1909年(明治42年)10月12日:線路名称制定。桜井線の所属となる[1]。
- 1918年(大正7年):奈良安全索道ができる[6]。
- 1951年(昭和26年):奈良安全索道が廃止され[6]、トラック輸送に替わる。
- 1984年(昭和59年)10月20日:桜井線CTC化に伴い駅員無配置化。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる[1]。
- 2005年(平成17年)3月1日:ICカード「ICOCA」の利用が可能となる。
- 2010年(平成22年)3月13日:路線愛称の制定により、「万葉まほろば線」の愛称を使用開始。
- 2017年(平成29年):明治31年築の駅舎が、JR西日本から奈良市に無償譲渡された。奈良市はリニューアル工事に着手[7]。
- 2018年(平成30年)3月9日 :京終駅復元工事(第一期)が完成し、待合室供用開始[6]。
駅構造[編集]
相対式ホーム2面2線を持ち、交換設備を有する地上駅。駅本屋側が下り(天理・桜井方面)ホームであり、地下道を通って反対側が上り(奈良方面)ホームである。数本の保守作業用の側線がある。駅舎隣に位置する下りホームの側線部では、時期によってJR西日本大阪事業所による花の苗の販売が行われている。
王寺鉄道部管理の無人駅であるが、ICOCA利用可能駅(相互利用可能ICカードはICOCAの項を参照)である。近距離用の自動券売機のほか、ICOCA等のICカード読取機(入場用・出場用)が設置されているが、普通乗車券用の自動改札機は設置されていない。
京終駅が開業した1898年(明治31年)建設の木造平屋建て駅舎が残されており、2018年(平成30年)には復元工事が完成した。駅舎面積は145.28平方メートルである[6]。
のりば[編集]
| ホーム | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 駅舎側 | U 万葉まほろば線 | 下り | 天理・桜井方面 |
| 反対側 | 上り | 奈良方面 |
- 上表の路線名は旅客案内上の名称(愛称)で表記している。
- 案内上ののりば番号は付けられておらず、駅自動放送でも「○番のりばに」の部分が「このホームに」と表現される。
利用状況[編集]
「統計なら」によると、近年の1日平均乗車人員は以下の通りである。
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
|---|---|
| 2000年 | 536 |
| 2001年 | 530 |
| 2002年 | 500 |
| 2003年 | 497 |
| 2004年 | 477 |
| 2006年 | 494 |
| 2007年 | 503 |
| 2008年 | 521 |
| 2009年 | 517 |
| 2010年 | 576 |
| 2011年 | 587 |
| 2012年 | 594 |
| 2013年 | 603 |
| 2014年 | 637 |
| 2015年 | 702 |
| 2016年 | 702 |
駅周辺[編集]
奈良市中心部の南の端に位置し、現在も「京終」の名の通り市街地の周縁部となっている。旧天理街道に面する。付近は住宅地だが、かつては物流の拠点だったこともあり、いくつかの企業の本社や工場がある。また、奈良運輸支局が2004年10月8日までこの地に存在したため、近辺には自動車ディーラー各社の店舗が現在も集積している。
- イオンタウン大安寺(ザ・ビッグエクストラ大安寺店)
- 草竹コンクリート工業本社
- 呉竹本社
- コメダ奈良中央店(関西地区初出店の店舗)
- ならまち
- 元興寺文化財研究所(かつてのテイチク本社。その後1989年4月から2011年5月までパナソニックAVCディスクサービス本社工場)
隣の駅[編集]
脚注[編集]
- ^ a b c d e f g 曽根悟(監修) 『週刊 歴史でめぐる鉄道全路線 国鉄・JR』42号 阪和線・和歌山線・桜井線・湖西線・関西空港線、朝日新聞出版分冊百科編集部(編集)、朝日新聞出版〈週刊朝日百科〉、2010年5月16日、23頁。
- ^ a b c 『奈良市史 通史編4』p.146
- ^ a b 『日本鉄道史 中編』p.477
- ^ 1920年に針まで、翌年には小倉までの計17kmほどが開通。動力は電気だった模様。
- ^ 針テラス情報館「奈良安全索道跡」(2014年2月1日)/ニュース奈良の声「大和高原と奈良つないだリフトの再現模型に関心 市美術館、近代の奈良紹介」(2015年11月3日) 現在この模型は大和高原民俗資料館で展示。
- ^ a b c d e f 奈良市にぎわい課 (2018年2月26日). “京終駅復元工事完了に伴う京終駅舎待合室の供用開始について (PDF)”. 2018年3月11日閲覧。
- ^ a b 奈良新聞2018年3月4日1面
参考文献[編集]
- 『奈良市史 通史四 奈良市民頒布版』 奈良市史編集審議会、奈良市、1995年3月20日。
- 『日本鉄道史 中編』 鉄道大臣官房文書課、鉄道省、1921年。